なぜ、浅野健一さんの異常な言動を諫めないのか? 出版差し止めを司法権力の手を借りてやることが「ジャーナリスト」として自殺行為であり、出版界に悪弊を残すことを、なぜ気づかないのか?

鹿砦社代表 松岡利康

周知のように浅野健一さんが、あけび書房から出版予定だった山上徹也公判記録本をめぐって、意見の齟齬で あけびはあけびで、浅野さんは三一書房から各々出版されることになりました。これはこれで、二つの本が出ることになり、内容で勝負すればいいだけの話で、読者にとっても一つの事件で二つの見方、考え方の本が出ることは選択肢が広がっていいことだと思います。日本国憲法は言論・出版の自由を高らかに謳っているわけですから。

しかし、浅野さんは一方のあけび書房本に対し出版差し止め(浅野さんの言葉では「出版禁止」)の仮処分を申し立て、続いて本訴も準備されているとのことです。仮処分は去る4月16日に申し立て、本訴は当初5月のGW明け、延びて5月じゅうに提訴するということでした。仮処分は申し立てながらも、いまだにあけび側には裁判所からの特別送達が届かず、また本訴も同様のようです。

私はシンプルに、みずからが過去5度出版差し止めを食らい、この経験からも、これは今後出版界に悪弊を及ぼすので即刻取り下げるべきだと再三訴えてきました。

私事ながら、4月13日に同居してきた高齢の母親が急逝し、自覚するしないに関わらず精神的に動揺、疲弊しつつも、この問題には関心を持って見てきました。この過程で、本来ならば喪に服すべきところ、ことは出版差し止め、双方の主張に注目してきました。

しかし、浅野さんによるあけび本著者・辻井彩子さんに対する、決裂以前からのハラスメントが在り続けていることを知り(その一端は浅野さんのFBを溯って見ていくだけでも解ります)、ここまでして意見の対立するに至った相手方を、まさにネットリンチと言っても過言ではないほど攻撃し、出版を阻止する必要があるのか、素朴に疑問に感じました。これまでさんざん訴訟を争ってきた私たちでも裁判所の封筒で特別送達が届けばビクッとするものです。まだ裁判所からの書類が届いていないとはいえ、「訴訟するぞ訴訟するぞ」と威嚇され続けば、「素人」(浅野言)の、娘さんを育てながら一所懸命に生きる市井の生活人の辻井さんは、日々ナーバスになってきたはずです。これだけでも、俗に「人権派」などといわれている浅野さんに、他人に対する人権意識などないことが解ります。ヤクザでも「素人衆には手を出すな」と言うそうですが、素人を徹底的にイジメる浅野さんはヤクザ以下といえるでしょう。

こうしたケースに遭遇したら私は、事案の内容にかかわらず基本は弱者の側に立つことを信条としています。今回は、浅野さんによる辻井さんへの連日の威嚇、ネットリンチ攻撃が続く限り辻井さんを支援します。まさか威嚇やネットリンチ攻撃をする者を支援するわけにはいかないでしょう。

また、当初は浅野さんに事実確認のやり取りを行ったにすぎない黒薮哲哉さんに対して、(これは今になっては明らかにしていいと思いますが)私との関係回復の仲介を依頼し不調に終わるや一転、攻撃に回りました(他にも仲介を依頼されていますが、こちらも不調に終わっています)。

浅野さんによる攻撃は日に日にエスカレートし、あけび書房・岡林信一代表、著者・辻井さん、帯を書いた鈴木エイトさん、そして黒薮さん、私松岡、これを最近では「5人組」と称して、相次いで訴訟を起こすと宣言されています。まさに訴権の濫用! いやしくも「ジャーナリスト」を自認し、実際に長年ジャーナリズムの現場、研究の場で一筋に歩んで来たみずからの軌跡を否定するような有様です。「ジャーナリスト」は、司法の場ではなく、原則は言論で勝負すべきではないのか!?

皆様、私の言っていることは間違っていますか? そうした浅野さんの異常な言動を、浅野さんの取り巻きの方々はなぜ諫めないのでしょうか? 大いに疑問です。

◆浅野さんに「なぜ取材しないのか」だって!?

浅野さんは、みずからに「取材」しないことについて私を詰られています。普通ならそうでしょうが、今の浅野さは到底取材できる状態ではありません。その理由は、 ──
 1に浅野さんが私に対し異常な敵意を持っていること、2に浅野さんの最近の精神状態、言動の異常性、3に複数の方に関係修復の「仲介」を依頼していることから、「取材」をそのきっかけにしたいという意図が感じられることなどです。お会いするには、まずは出版差し止め(出版禁止)仮処分を取り下げ、本訴も取り止め、さらには私にとって恩人の故・山口正紀さん(浅野さんにとっても恩人のはずですが。文春のセクハラ報道直後、絶望的情況の浅野さんを、浅野さんの自宅に何日も泊まり慰め激励したことを忘れましたか?)に対する生前の数々の暴言、誹謗中傷を反省、謝罪することなどが前提になります。

そんなに、「取材しろ、取材しろ」と言うのなら、わかりました、かつてよくやった「自宅へのアポなし直撃取材」をやらせていただきましょうか? 

◆ちょっとしたコメントにまで針小棒大に非難する異常さ

過日(6月2日)の浅野さんのFBにて、またしても浅野さんによる私への誹謗中傷が記されています。

浅野さんが自分の「自宅住所、電話番号をSNSで晒した」とあけび書房・岡林代表を激しく詰り、三一書房の小番代表もこれに付和雷同 ── どんなことやらと調べたところ、先の浅野さんの沖縄での講演会の案内の「問い合わせ先」に宮川元一さんという方の住所・電話番号などが記され、これに抗議の電話ががんがん掛かってきて迷惑を被った宮川さんは当然浅野さんに抗議しますよね。それを「さくらフィナンシャルニュース」というメディアが報じ、この際、人権と報道・連絡会の連絡先(宮川さんから聞いたのかどなたから聞いたのか)に浅野さんの自宅住所・電話番号を記載し、これを岡林さんがそのままリポストしたわけですが、これをあたかも針小棒大に喧伝してはいませんか? 岡林さんはすぐに消去したそうですが、なんでもかんでも岡林さんのせいにする浅野さんと、これに追従する人たちに、私もささやかに異議を言うためにちょっとコメントした次第です。これも浅野さんらは針小棒大に喧伝、ここまで来ると阿呆としか言いようがありません。

以下に、くだんの人権と報道・連絡会のチラシと私のコメントを再録しておきます。どういう経緯で、浅野さんを代表世話人とする人権と報道・連絡会のチラシに宮川元一さんの住所・電話番号などを掲載するに至ったのか判りませんが、きちんとした連絡先を記載しないので、掲載された宮川さん本人が迷惑を被ったわけですから、この責任は、常識的に言えば、人権と報道・連絡会の代表世話人の浅野さんにあるのではないでしょうか? 浅野さんは被害者意識が強く、全部自分が被害を被ったと言わんばかりに他人のせいにするのはやめるべきでしょう。

私のコメントは、次の通りです。

「Toshiyasu Matsuoka
中尾進さんに非難されている鹿砦社・松岡です。コレ、もともと人権と報道・連絡会の案内に宮川元一氏の住所が連絡先として記載され、宮川氏が迷惑を被り、人権と報道・連絡会と浅野さんに抗議し、それをさくらフィナンシャルニュースが、以前に人権と報道・連絡会の連絡先とされていたのを、変更されたものと気づかず浅野さんの自宅住所を記載し、それを岡林さんがそのままリポストしたにすぎないわけでしょう。浅野さんが代表の人権と報道・連絡会が当初から宮川さんの住所を連絡先に記載しなければよかったわけでしょう? なにか責任を、なんでもかんでも岡林さんが悪いと岡林さんに責任転嫁してはいませんか?」

◆他人の会社の人事にも口を出す浅野さん

同日の浅野さんのFBでは、「『あまりにもエキセントリックな理由』(中川志大編集長)で、昨年4月、業務命令で私(浅野さん)を排除」だって!? 昨年4月発行の『紙の爆弾』で浅野さんが書いた記事に強い抗議が相手側弁護士から抗議があり、浅野さんはこれに対してきちんとした態度を取らず逃げましたよね? 私と中川は相手側弁護士とやり取りし、次号で反論を掲載するというメディアとしての原則的態度で対応しました。浅野さんはいまだに相手側に対応してませんよね? いい加減なことを言わないでいただきたい。『紙の爆弾』は、基本的に別会社の編集・制作で創刊号から中川を編集長に据え、さほど私が口出すことはありませんが、こういう法的な問題や訴訟沙汰になった場合は私の出番となります。

ついでながら申し述べると、山口正紀さんへの浅野さんの誹謗中傷攻撃が増し、その後しばらくして山口さんが無念の死を遂げられました。この時点で、さすがに「浅野を切れ」という声が、従前から浅野さんと付き合いのある方々から私にありました。以前にも述べましたが、それでも私は「中川にも考えがあって浅野さんの原稿を掲載しているので、もうしばらく様子を見てやってください」と浅野さんの寄稿を黙認してきました。本当は、死の直前まで、裁判の準備書面や陳述書の案文をじっくり読まれ、添削、加筆してくれた大恩ある方、そしてこの方に対して誹謗中傷を繰り返す方……そんな私も昨年4月の件では怒り心頭になりました。それを中川が「エキセントリック」と言ったかどうか、彼も記憶にないそうですが、皆様、私の気持ちをお察しください。私が「エキセントリック」なら浅野さんはファナティックといえましょう。山口さんは、弱者にやさしく、温厚な中にも内に激しい権力への怒りを秘められた方でした。山口さんの最期の大仕事は、黒薮さんも書籍にまとめられた滋賀医科大学教授の去就問題(『名医の追放: 滋賀医科大病院事件の記録』緑風出版刊)でした。山口さんは末期がんの身を押して再三現地を訪れ患者さんらと共に闘われました。

さらに同日の浅野さんのFBでは、なんと株主でもなんでもないのに他人の会社の人事にまで口を出しています。

「読者のことを考えず、雑誌を私物化する松岡社長は今すぐ退任し、『紙の爆弾』の中川志大編集長が社長になるべきです。」

鹿砦社の資本金は2400万円、全額私が持っています。この金額を集めるのにどれだけ苦労したか ── 浅野さんは1株も持っていません。株主でもないのに他人の会社の人事に口を出すな! 私が鹿砦社の代表に就いて40年ほどになります。自分で言うのも僭越ですが、人一倍に山あり谷あり、天国も地獄も味わいました。私が今「退任」して会社がやっていけるのであればすぐにでも「退任」しますが、そうもいかないのが会社というものです。浅野さんは会社経営などやったことがないので現実を知らず、簡単に仰いますが、小なりと雖も、人知れず苦労は大変なものです。今回の当事者、一人出版社のあけび書房も、個人企業の辻井さんの会社も、また激しい労働争議を潜り抜けた三一書房も、経営者は日々、資金繰りや運営に苦慮しているはずです。

◆今、出版社同士、また社会運動に関わる者同士、潰し合いをやっている場合ではない!

出版界は従前から構造不況業種で、このかんのコロナ禍で更に不況の深度は深まっています。また、社会運動も、長らく〈冬の時代〉が続いています。

こうした中で、例えば岡林さんが神戸時代から20年余りもやっておられる「市民社会フォーラム」は、リベラル系の市民運動を中心として、新左翼系や共産党離脱組も含め、今では全国の社会運動のセンターの役割を担っている感があります。これに参集する方々も、今回の騒動を注目しています。私の思い込みかもしれませんが、おそらくほとんどがあけび書房と辻井さんを支持していると思われます。いくらなんでも司法権力の手を借りての出版差し止め(出版禁止)などを企てる人を支持する人はいないでしょうから。

尊敬する大口昭彦弁護士が、出版界に今後悪弊になる出版差し止めに手を貸さないことを願います。私たちは、全国の刑務所・少年院を回り500回以上も獄内ライブを行ってきた女性デュオ「Paix2」(ぺぺ)の活動を長年支援してきましたが、大口弁護士が代表弁護士を務められる「救援連絡センター」は、数年前の総会で予定されていた、そのライブをドタキャンし、私は抗議の意味で長年出して来た広告を取り止め、一歩距離を置いてきました。センターの機関紙『救援』に浅野さんは連載を持たれていますが、彼らによって出版差し止めや濫訴がなされたならば、遺憾ながら私たちはさらにもう一歩距離を置かざるをえなくなります。

繰り返しますが、「ジャーナリスト」として自殺行為になり、出版界に悪弊となる出版差し止め(出版禁止)は、仮処分も本訴も直ちに取りやめるべきです。 (2026年6月4日記)

山上徹也公判記録書籍問題 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

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山上徹也公判記録本をめぐる紛争について、あらためて思う──

浅野健一さんは、あけび書房本著者・辻井彩子さんに対するネットリンチ攻撃を即刻やめてください!
今後の出版界に悪弊となる危険性がある「出版禁止仮処分申請」を即取り下げてください!
当事者双方は、お互いに「盗用」を言い合い罵り合うのではなく、証拠を提示し読者にわかりやすく説明してください!

鹿砦社代表 松岡利康

このかんの山上徹也公判記録本をめぐっては、浅野健一/三一書房vsあけび書房/辻井彩子間の諍いが、沈静化するどころか激しくなってきています。

あけび/辻井側が具体的な「盗用」箇所を指摘し、一件落着するかと思ったところ、これまで傍観者的立場を取っていた三一書房があけび書房に「申入」書を弁護士名で送り(5月19日)、あけびvs三一間での非難の応酬が勃発、これまで声高にあけび/辻井側を非難していた浅野さんも相変わらず吠えておられ、泥沼に入りつつあるかのような感がします。

◆辻井彩子さんが孤立しないように支えよう!

あけび本の著者・辻井さんはひとり、その都度コメントをされていますが、日々の生業もあってか、他の方々とは違う位相に在るようです。

しかし、出版の「素人」(浅野言)である辻井さんは、まさか地元で起きた事件について、みずからの宗教三世としての体験と山上さんの心情を重ね合わせ書き連ねた「私記」が、これほどまでに大きな騒ぎとなり、あろうことか、みずからも「出版禁止仮処分」の「債務者」として提訴されたり、さらに本訴を提起されようとは、思ってもいなかったでしょう。本訴となれば、2年、3年の月日を費やさざるをえませんが、おそらく娘さんと必死に日々の生活を生きる市井の一私人として不安と恐怖の日々を送っておられるものと察します。

加えて、浅野さんからネットリンチともいえる激しい攻撃を受け精神的にも厳しい情況のようです。同情を禁じえません。本件紛争の内容は別として、私は辻井さんを応援します。このまま、善意で山上さんの事件への想いを綴ったにすぎない一私人を孤立させてはなりません。私は、2つの本をめぐって、どちらが「盗用」したしないの問題以上に、辻井さんの精神状態が気がかりです。みなで辻井さんを支えましょう!

◆大学院生リンチ事件との共通点

私(たち)は、10年前、俗に「しばき隊リンチ事件」といわれる、大学院生リンチ事件について、今回のように偶然に、激しいリンチを受けた被害者の大学院生(当時、某国立大学大学院博士課程在学)が、どこに行っても相手にされず、人を介し私の元に尋ねて来て、最小限の資料を呈示し事件の内容を説明し支援を要請されました。私は彼の言を信じ、気軽に支援を引き受けましたが、それが今に至るまで続いています(1件が最高裁の判断待ち)。私の元に来るまで彼は、多くの人たちや、メディア、弁護士などにアプローチしましたが、まったく相手にされず、絶望的に途方に暮れていました。私は、彼の言葉に嘘はないと信じ(嘘があったら即撤退)、支援を約束し、真相究明の調査・取材を開始しました。損害賠償請求の訴訟も手伝い、「鹿砦社、つぶれたらいいな」とか「ヘイト出版社」とかバッシングされたり返り血も浴びました。しかし、後悔はありません。そのまま被害者を放置していたら、絶望して自死をも懸念され、一人の大学院生を救っただけでもよかったと思ってきました。

ちなみに、浅野さんは、その時に加害者側に付いた金正則という男をみずからの講座に講師として招き、さらには金正則が選挙に出るや、応援演説を買って出ています。呆れます。

この事件は、日頃「暴力反対」とか言っていた人たちが、現実に集団リンチという暴力に接するや、いかに対処するかという問題を突き付けました。何かを怖れ、多くの人たちが、逃げたり口をつぐんだりしましたが、山口正紀さん(元読売記者。かつての浅野さんの仲間。浅野さんが文春のセクハラ報道にショックを受けた際には、浅野さんの部屋に数日泊まり込んで叱咤激励され、浅野さんとの共著も数冊あります。温厚な中にも、内にひと方ならぬ正義感を持っておられる方でしたが、のちに浅野さんと決別され、今でも時折浅野さんは山口さんを非難されています。くだんのリンチ関係の裁判で山口さんは、裁判所に長文の意見書を提出され、末期がんを押して死の直前まで準備書面の添削を手伝ってくださいました)、黒薮哲哉さん、森奈津子さん(作家)、北村肇さん(故人。元『週刊金曜日』発行人)らが、被害者や私たちの声に耳を傾け応援してくださいました。今でも山口さんや北村さんがご存命であれば……と思うことがあります。

弱い者(ここでは辻井さん)いじめに対しては、言い分がどうあれ、弱い者の側に付くのが私の信条です。先の大学院生リンチ事件と同じく──。

◆浅野さんの唯我独尊の態度に多くの方が離れました

私たちの出版社・鹿砦社が21年間発行している月刊『紙の爆弾』に、みずからの唯我独尊的な態度で、ほとんどのメディアからパージされた浅野さんにも、昨年4月までは寄稿のページを割いてきました。昨年4月、ある記事で強い抗議があり、浅野さんが真正面から対応しなかったことを機に、浅野さんの寄稿はご遠慮いただいています。これを浅野さんは、このかんの彼のFBで「雑誌の私物化」などと仰っていますが、なにをかいわんやです。

これに至るまでに、多くの方(名前を出せば浅野さんがショックを受ける方々)から「いいかげん浅野を切り、若手を起用したほうがいい」といったお声がありました。私は、山口さんとの一件がありつつも、編集長の中川が浅野さんの寄稿を続けることには異議を唱えませんでしたが、昨年の事件で、多くの方々のお声に従うことにしました。これらの方々は、かつては浅野さんと懇意で共著がある方もおられます。今回のことについても、みなさん私を支持してくださっています。

上記の大学院生リンチ事件では、多くのメディア人、知識人らに厳しい質問書を送り、リンチをどう考えるのかと問い詰めたことで、少なからずの方と疎遠にもなりましたが、私は間違ってはいないと確信しています。

10年間のサラリーマン生活を辞め、人よりも遅れて出版の世界に入った私の出版人生も、山あり谷ありで、そろそろフェイドアウトしようかと思ってもいたところ、旧知の浅野さんが出版差し止め仮処分を申し立てるというので「諫め」の文を書きましたが、ここまで深入りするとは思ってもいませんでした。

この間に、浅野さんは私、および浅野さんに異議を唱える方々に対し激しい非難中傷を行ってきていることはご存知の通りです。非難される方々、特に辻井さんらの人権への配慮など浅野さんにはあるのでしょうか?

◆トラブルの元は何か?

この件でトラブルの元になっているのは何でしょうか? それは、黒薮さんも指摘しておられますが、雑な原稿や資料をゴーストライターや編集者に渡せば、なんとか本にしてくれるだろうといった浅野さんの安直な考えと態度ではないでしょうか。

私も、バカはバカなりに40年余り出版人としてやって来て、いろいろな方の原稿や校正紙を見てきましたが、やはりしっかりした方の原稿や校正紙もしっかりしているな、ということを常々感じてきました。

一例を挙げれば、反原発情報誌『季節』昨年夏・秋合併号で、私たちの世代のカリスマ・山本義隆さんの講演録を掲載させていただきましたが、その校正紙に編集長は「まさに芸術品、家宝にします」と言っていました。

畢竟、浅野さんが、他人任せにせず、ご自分でしっかり記述し、しっかりした完全原稿を入れておけば、こういう問題は起きなかったのではないかと思います。

いずれにしろ、偶然ながら乗りかかった舟、これもなにかの縁、本件の推移を見続けていきたいと思っています。また、子連れで頑張る辻井さんが孤立しないように微力ながら勝手連的に応援していきたいと考えていますので、読者の皆様、よろしくお願いいたします!

(5月23日記)

山上徹也公判記録書籍問題 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

「公開されない裁判」への違和感 ―― 外国人記者が見た日本司法の閉鎖性

黒薮哲哉

本稿は5月19日付メディア黒書の続編である。浅野氏の講演に先立って行われた西村カリン氏の話のうち、特にわたしの印象に残った箇所を紹介する。19日付記事については、次の記事リンクからアクセスできる。

浅野健一氏の「『石ころを石礫に』講演会で見えた元大学教授の本音」

西村カリン氏は、山上徹也裁判の公判を初回から判決まで傍聴した唯一の外国人記者である。外国人の視点から、日本の裁判制度がどのように見えるかを語った。(なお、以下の内容は『世界』〈2026年4月号〉に西村氏が執筆した記事と重なるため、より正確な記述にするため同誌も参考にした。)

西村氏によると、フランスでは注目度の高い裁判を行う際には、なるべく多くの人が傍聴できるよう、傍聴席を増設するという。仮設法廷を設けたり、複数の法廷をインターネットで結んだりして会場を設営する。「2015年12月のパリ同時多発テロで生存したテロリストが被告人となった裁判では、500席もの仮設法廷が設置された。それでも席数が足りないとの判断から、さらに11の法廷を利用し、ビデオリンクと大画面スクリーンの設置により、数千人規模の傍聴が可能になった」という。

ところが、山上徹也裁判における傍聴席は、記者席が32席、一般傍聴席も32席だった。しかも、大手メディアは速記録を取る必要があるため、一人の記者が全公判を傍聴することは実質的に不可能だ。録音も撮影も許可されていない。フランスの法廷では、その両方が認められている。さらに、被告人が腰縄を付けて入廷することにも違和感を持ったという。

裁判の進行も形骸化していて、あらかじめ準備した書面を読み上げるだけで、裁判官も裁判員もほとんど質問しない。フランスでは、むしろ「シナリオ」にないアドリブが重視されるという。

◆中米グアテマラの裁判の様子を見て受けた衝撃

傍聴席が少ないのは、日本の裁判に限ったことなのかどうかは不明だが、数年前、わたしはインターネットで中米グアテマラの裁判の様子を見て、衝撃を受けたことがある。言葉で説明するよりも、次の動画を見れば、日本の法廷といかに異なるかが判然とする。

この裁判は、1980年代前半に先住民族に対するジェノサイドを繰り返した元大統領リオス・モントを裁くものである。犠牲者の遺族が傍聴席を埋め尽くしている。

リオス・モントによる犯罪は国際問題にもなり、大きな注目を集めていたため、大規模な法廷が設置されたらしい。

※判決はリオス・モント被告に対する有罪判決。禁錮80年。

西村氏も指摘するように、日本では重大事件の裁判ですら傍聴が制限される。さらに最近では、インターネットで弁護士事務所と裁判所を結んで裁判を行うケースも多く、傍聴そのものができない事件が増えている。日本は先進国でありながら、司法制度にはなお多くの改善点があるのである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月20日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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浅野健一氏の『石ころを石礫に』講演会で見えた元大学教授の本音

黒薮哲哉

浅野健一氏の新刊書『石ころを石礫に』の出版を記念する講座が、5月16日に東京の神保町界隈で開かれた。山上徹也事件の裁判員裁判を初回から判決まで傍聴した浅野健一氏と、フランスのジャーナリストで、やはりこの裁判を最初から最後まで傍聴した西村カリン氏が講演した。浅野氏は、これまでの自身の仕事や新刊書について語った。西村氏は、傍聴を通じて感じた日本の裁判の在り方などを批判した。後者については示唆に富む内容だったので、20日付の「メディア黒書」で改めて紹介したい。

わたしが浅野氏の出版記念講座に参加したのは、浅野氏とあけび書房の係争について、当事者から何らかの言及がなされることを期待してのことだった。メディア黒書でも報じてきたように、浅野氏は、あけび書房から出版された『石ころの慟哭』(辻井彩子著)の出版差し止めを裁判所に申し立てた。同書の著者であり、浅野氏の法廷取材をサポートした辻井彩子氏が、浅野氏の『石ころを石礫に』(三一書房)の記述を自著に盗用したというのが、浅野氏の主張である。

辻井氏は、資料や文章の作成などを担当し、その成果物を浅野氏に提供していた。浅野氏は当初、自著をあけび書房から出版する予定だったが、急遽、三一書房に変更した。そこで辻井氏は、浅野氏に提供したデータ資料などを使って『石ころの慟哭』を執筆し、あけび書房から出版した。これに対し、浅野氏が激怒して出版差し止めを申し立てたのである。

◆浅野氏に「押し紙」についての見解を問うてみた

浅野氏は講演の中でこの件について触れなかった。裁判の中で明らかにするというのである。その裁判(仮処分ではなく本訴)は、5月中に提訴するとのことだった。

※仮処分申し立てについては、申し立て日が4月16日だが、まだ審尋が開かれていない。

裁判の中であけび書房との係争について、自身の公式見解を明らかにするというのであれば、この場であえて問いただす必要もないと、わたしは考えた。そこで、講演者への質問として、浅野氏の「押し紙」についての見解を問うてみた。次の質問を書面で行った。

「浅野さんはメディアについて提言されてきましたが、新聞社の『押し紙』について批判されないのはなぜでしょうか」

「押し紙」とは、ABC部数をかさ上げして広告料金を高く設定する新聞社の販売政策である。たとえば、3000人しか読者がいない販売店に対して5000部の仕入れを強要する手口である。差分の2000部によって生じる販売店の損害を相殺するために、新聞社が販売店へ補助金を提供していることが、最近の調査で明らかになっている。明らかな詐欺だが、タブーされていて、だれもふれない。

ここ数年に起こされた「押し紙」の損害賠償を求める裁判では、中央紙において、搬入される新聞のうちおおむね30%から50%が「押し紙」になっていることが明らかになっている。

「押し紙」は50年以上前から水面下の社会問題となっているが、日本のメディアにおける最大の汚点であり、日本新聞協会は、「販売店が自主的に買い取ったものであり、新聞社側の問題ではない」と主張してきた。読売新聞の代理人で、人権派として有名な喜田村洋一自由人権協会代表理事も、「読売には1部も『押し紙』は存在しない」と主張してきた。

【参考記事】中央紙の年間の「押し紙」収入420億円から850億円──内閣支持率82%? マスコミ世論調査を疑う背景と根拠

◆機会があるごとに「押し紙」問題に言及してきたという浅野氏だが……

実は10年近く前、浅野氏がまだ同志社大学の教授だった時期に、わたしは浅野氏から、同志社大学で「押し紙」について講義してほしいという依頼を受けた。わたしは浅野氏の要望に応え、おそらく100人を超える学生を前に、プロジェクターを使って「押し紙」について説明した。「押し紙」を回収している場面を撮影したビデオも上映した。

ところがその後、浅野氏が「押し紙」について言及したという話を聞いたことがなかったので、『石ころを石礫に』の講演の場で質問してみたのである。講演の中で浅野氏は自身のメディア論も語っていたので、「押し紙」についての質問は突飛なものではなかった。

これに対する答えは意外だった。自分は機会があるごとに「押し紙」問題に言及してきたというのである。わたしはまったく聞いたことがなかった。そして最後に、さらに驚くべき言葉を口にした。同じ講演会に参加していた鈴木エイト氏を名指しし、2人で協力して「押し紙」問題に取り組むよう「アドバイス」したのである。

この時、わたしは、やはり10年近く前に上智大学の田島ゼミ(田島泰彦教授)で「押し紙」について講義したことを思い出した。講義の後、田島氏はわたしを近くの喫茶店へ誘った。そこには、新聞労連執行部に所属する新聞記者が待っていた。田島氏はこの記者をわたしに紹介し、「今後、自分は『押し紙』問題には関わらないから、この記者とコンタクトを取って問題を解決してほしい」と述べたのである。

◆そもそも自分で単行本を書き下ろさなかったことに端を発している

わたしは昔から、新聞の研究者なるものを信用していない。唯一の例外があるとすれば、「押し紙」問題にも積極的に言及してきた創価大学の故・新井直之氏だけである。

大学教授には、自分のゼミから学生を新聞社へ就職させる役割がある。そのため、新聞ジャーナリズムを考えるうえで避けては通れない「押し紙」問題を、あえて回避しているのである。この問題を避ければ、新聞研究者としての資質を問われかねないのだが。そこで、わたしに「押し紙」について講義させることで、自分は「押し紙」問題を避けていないというアリバイを作ったのである。

あるメディア研究者がこんな話をしていた。日本新聞協会が入居するプレスセンター最上階のレストラン「アラスカ」へ行くと、定年が近づいた新聞記者が大学教授と会食している光景を目にすることがあるという。再就職に向けた活動である。新聞社から大学への再就職を念頭に置いた人脈づくりなのだ。無論、筆力のある新聞記者は文筆業を続ける。

『石ころを石礫に』をめぐる今回の事件は、そもそも浅野氏が自分で単行本を書き下ろさなかったことに端を発している。週刊誌の記事やフェイスブックの記事を組み合わせ、編集者やゴーストライターに渡せば本が完成する、といった安易な考えは、とんでもない思い違いである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月19日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

《山上徹也公判記録書籍問題》『石ころの慟哭』版元・あけび書房/著者・辻井彩子さんら反撃開始! 浅野さんは相手方の「盗用」指摘に真摯に答えてください!

鹿砦社代表 松岡利康

この問題、浅野健一さんからの、これでもかこれでもかというネットリンチとしか言いようのない攻撃に、あけび書房と著者の辻井さんは耐えに耐えてきた感がありますが、出版差し止め(出版禁止)仮処分が進展しない中、あけび書房と辻井さんは反撃を開始いたしました。2日続けての岡林あけび社長のFBを転載させていただきました。浅野さんは、これに真摯にお答えいただきたい。これまでは、双方とも仮処分の進展を睨みながら問題点を公開しないで来たようですが、あけび側は先手を打って公開に打って出たようです。

また、浅野さんは当事者のあけび書房と著者・辻井さんのみならず、あけび本の帯を書いた鈴木エイトさんに対しても「共犯者」として訴訟をちらつかせ、さらに出版差し止め(出版禁止)仮処分申し立てを批判し即刻取り下げるように諫めた私・松岡や、さらには黒薮哲哉さん、浅野本の原稿整理や編集を一時手伝ったМさんまでも提訴すると言ってきました。まさに訴権の濫用としか言いようがありません。

いやしくも「ジャーナリスト」が、これほどまでに司法権力に頼り切るということに、果たして問題はないのでしょうか? ジャーナリストであれば、言論には言論で勝負すべきではないでしょうか?

浅野さんは、俗に「人権派」と言われていますが、このかんの浅野さんによる、特に辻井さんに対するネットリンチ攻撃は異常で、とても人権派とは言えず、“反人権派”としか言いようがありません。みなさん、そう思いませんか?

ところで、仮処分の書面と呼び出りがいつまで経っても来ないことに業を煮やしたのか、あけび書房/辻井陣営は、「盗用」疑惑の箇所を公開してきました。浅野さんは、これに対して、どう答えるのか? みずからが売った喧嘩でしょうから、きちんと答えないといけません。

また、浅野さん/三一書房陣営も、5月16日、都内で出版記念会を開き、参加者20名ということでした。もっと集まるものと想像していましたが、意外に少なかったようです。辻井さんの味方と思っていた寮美千子さんも電話で参加されたとのことです。鈴木エイトさんや岡林あけび書房社長らも参加するように言っていましたが、浅野さんのFBを見ると参加されなかったのでしょうか。

実は、会場のたんぽぽ舎は、鹿砦社東京編集室の二軒隣にあり、同舎とは、もうすぐ創刊12年になる反原発雑誌『季節』で、創刊時から協調関係にあり、ここのスタッフの方々は、いわば善人ばかりです。下手すれば怒号が飛び交うような集会を、こんな所でするなよと言いたいところです。正直、事を荒げて欲しくなかったのですが、まあ、平穏に終了したようでホッと一安心です。

【浅野健一氏の出版妨害について ① ゲラ盗用疑惑】
5月16日付け岡林信一あけび書房代表のFBよりhttps://www.facebook.com/plugins/post.php?href=https%3A%2F%2Fwww.facebook.com%2Fokabaya%2Fposts%2Fpfbid02Sss4zmo8UB2kKci8e3yEtswkytYtFR6rdRMzAYtgy4x8km7okefuLyG3Vni8b44l&show_text=true&width=500

【浅野健一氏の出版妨害について ②大量のコピペ】
5月17日付け岡林信一あけび書房代表のFBより https://www.facebook.com/plugins/post.php?href=https%3A%2F%2Fwww.facebook.com%2Fokabaya%2Fposts%2Fpfbid02mPXFqpMn6TzrWmJf5huYdrjtYvniiGzFnctSovpxkoZXKBiX3hoeS8thtps3o26yl&show_text=true&width=500

【追記】5月16日の浅野健一さんの出版記念会ですが、浅野さんのFBでは、鈴木エイトさんらの「参加」などなく平穏に開催され何のトラブルもなく終了したかのように書かれていますが、実際には鈴木エイトさんとの激しい応酬があったようです。詳しくは、
https://www.facebook.com/share/1EEoZd6gvP/?mibextid=wwXIfr
をご覧ください。

それにしても、なぜ浅野さんは何もなかったかのように装うのでしょうか?いつもなら「妨害だ!」と大騒ぎするのに……。ここでは、その一部を引用しておきます。

〈終了後に直撃、間違いを認めず抗弁
そこで、講座終了後、浅野氏に声を掛けた。
―― 書籍の内容にかなり誤りがあり、事実誤認についてすり合わせをしてくれと小番さんに言われたのですが。
浅野氏「あなたとすり合わせをするつもりはありません」
── 私もするつもりはないのですが、それならきちんと質疑応答で質問を読むべきではないですか? 少なくとも山上被告は「2003年ごろから、統一教会幹部と政治家の襲撃を考え始めた」「安倍氏を襲いたいという気持ちは2006年頃からあった」などと法廷でひと言も言っていませんが?
浅野氏「言っています」
── いえ、そんな発言してないです。どうやってファクトチェックされましたか?
浅野氏「公判記録を見ればどちらが間違っているか判ります」
―― 公判記録を見たんですか?
浅野氏「まだ見てないです」
── 見ていないですよね。彼はそんな発言していませんから。
浅野氏「あなたは間違っています。私の質問に答えていない」
―― 答えたのにデマを書きましたよね? あなたの思い込みを書いているだけですよ。
浅野氏「あなたは間違っています」
―― それはすべてあなたの思い込みです。山上被告が「2003年ごろから、統一教会幹部と政治家の襲撃を考え始めた」「安倍氏を襲いたいという気持ちは2006年頃からあった」と法廷で何度も発言したと書いてあるのは、間違いです。
浅野氏「あなたが間違っています」
―― 公判記録になかったらあなたの妄想ということですね
浅野氏「あなたが勝手にやればいいじゃないですか」
―― あなたの主張だと奈良地裁の公判記録に山上被告が「2003年ごろから、統一教会幹部と政治家の襲撃を考え始めた」「安倍氏を襲いたいという気持ちは2006年頃からあった」と被告人質問に対し供述したといことが何度も出ているんですね?
浅野氏「そうですね、出てきますよ」
―― わかりました。ご自分の発言に責任を持ってくださいね。
浅野氏「あなたは間違いを認めなさいよ」
―― 何をですか?
浅野氏「あなたは間違っているじゃないですか」
―― あなたの本の中で私について書いてあることはデマばかりです。あなたが自分の思い込み、妄想を書いているだけです。
浅野氏の代理人「問題ですね、事実でないことはよくない」
浅野氏の代理人弁護士も来ていたので声を掛けた。
── 本の中に私に関して事実に反するデマが多々あります。
浅野氏の代理人弁護士「それはじゃあご指摘いただいて」
── 指摘したのにデマをそのまま書籍に書いているんです。
浅野氏の代理人弁護士「ああ、そうなんですか」
── 山上被告が公判で発言していないことを恰も、彼が発言したように鍵括弧で書いているんです。
浅野氏の代理人弁護士「それは問題ですね、事実でないことはよくないですね」
── 浅野氏は先ほど私に「公判記録を見れば判る」と言ってましたが、私は法廷で山上被告の全発言を聴きましたがそんな発言(山上被告が「2003年ごろから、統一教会幹部と政治家の襲撃を考え始めた」「安倍氏を襲いたいという気持ちは2006年頃からあった」)はしていないし、あらゆるメディアがそんなことを報じていません。
浅野氏の代理人弁護士「たしかにそこの点は問題ですね」
── 浅野さんは自分が間違っていないと言い張ってますが、山上被告がそんな発言を法廷でしていたら各メディアは必ず報じますから。
浅野氏の代理人弁護士「そこの点はきちっとしないとですね、事実かどうかは」
浅野氏の代理人でさえ、苦言を呈していた。
浅野健一氏は事実でないことを事実であると思い込む傾向があるようだ。〉
「鈴木エイトの調査報道ファイル」(5月16日号)より

《山上徹也公判記録書籍問題》https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

浅野健一さんは、憲法21条の精神に則り、出版差し止め(出版禁止)仮処分申し立てを即刻取り下げよ! 訴権の濫用をやめよ!

鹿砦社代表 松岡利康

日本国憲法第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

「釈迦に説法」でしょうが、私たちは、あらためて憲法21条に立ち返りたいと思います。またまた、くだんの山上徹也公判記録本をめぐる紛糾問題についてです。

私は、浅野健一さんが、あけび書房刊行書籍『石ころの慟哭』に対し、出版差し止め(申請書面では「出版禁止」)仮処分を申し立てるということを知って、これだけはダメだと諫める文を書きました。いやしくも「ジャーナリスト」を自称他称される者が、相手方の出版や言論を司法権力を使って封殺することを考えること自体が自殺行為です。直近(5月12日付けFB)で浅野さんは、岡林信一あけび書房社長を「出版界から永久追放します」とまで言っています。かつて共に仕事をした者として、あらためて警告します。こんな傲慢不遜な姿勢だから、ほとんどの名の有る雑誌から「永久追放」され書く場を失くしたと言ったら言い過ぎでしょうか。さらには、教え子のほとんどが離れていったり距離を置いています。

私はあと数カ月で後期高齢者の仲間入りで、この期に及んで面倒な諍い事に介入するつもりはなかったのですが、浅野さんが出版差し止め(出版禁止)仮処分を申し立てるということで、やむなく警告しました。これが出版差し止めでなく一般的な民事訴訟だったら口出しするつもりはありませんでした。なぜ私が警告しているのかと言えば、標記の憲法21条に違反しますし、5度も出版差し止めを受けた私だからこそ、出版差し止め(出版禁止)の危険性を身をもって知っていますので、あえて警告したわけです。いやしくも浅野さんは、わが国を代表する通信社・共同通信で20年、これを退社後、同志社大学(新聞学専攻、のちにメディア学科)で20年、われわれには到底及びもつかない輝かしい経歴です。そんな方が出版差し止め(出版禁止)を申し立てるとは……。

出版差し止め(出版禁止)を、為政者や権力者、大手企業などが行う場合は、なにか不祥事やスキャンダルを隠蔽するためでしょうが、浅野さんは、いつから為政者や権力者になったのでしょうか?

ところで、私は出版差し止め(出版禁止)の危険性を身をもって感じたからこそ、その危険性、憲法21条に違反することを訴えたかったわけですが、今声高く相手方を攻撃する浅野支持者の方々も、一方のあけび書房に近い方々も、双方が「盗作」疑惑で応酬し合っていて、出版差し止め(出版禁止)の問題については、ほとんど語られません。まったく遺憾です。それどころか、浅野さんは、あけび書房・岡林代表や著者の辻井彩子さんのみならず、帯を書いた鈴木エイトさん、やはり疑問を持たれた黒薮哲哉さん、私松岡、さらには編集を手伝ったМさんにまで「法的措置」を公言し、訴権の濫用を行使しようとしています。いやしくもジャーナリストであれば、訴訟という手段ではなくペンで勝負すべきではないでしょうか。浅野さん、またこの文章を読んでいるみなさん、私の言っていることは間違っていますか?

特に、出版の「素人」(by浅野さん)で最初の出版でみずからの宗教三世という立場と山上さんの心情を重ね合わせて必死に取り組んだ辻井さんに対して連日攻撃し、さらには浅野支持者を焚きつけ、これでもかこれでもかと攻撃する……こういうのをネットリンチと言うのでしょうが、辻井さんの人権などおかまいなしです。私たちが10年関わって来た大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)被害者支援で、あろうことか被害者やこの支援者に対し激しいネットリンチがなされましたが、これと似ています。少なくとも日頃、たとえ犯罪者であっても人間としての人権を尊重することを口にされる浅野さんは、みずから率先垂範で相手方への人権無視の攻撃をやめ、また支持者が口汚く辻井さんらを攻撃するのを戒めないといけません。そうではないですか? 辻井さんもよく耐えてきたものだと思いますが、同情を禁じえません。

直近では、辻井さんを庇う立場にあると思われていた(私が勝手に思っていたのかもしれませんが)寮美千子さんまで辻井さんを批判する立場に転じています。寮さんと言えば、受刑者問題に取り組んでおられ、遠くから畏敬の念を覚えていたのですが、失望しました。というのも、私は日本中、網走から沖縄まで、すべての刑務所を回り、さらには少年院などの矯正施設で、これまで四半世紀、550回も「プリズン・コンサート」といって獄内コンサートを継続してきた女性デュオPaix2(ぺぺ)を20年来支援してきたからです。本も2冊出しています。私の会社主催でのミニ・ライブも何度も行い、会社のイベントでもたびたび歌っていただきました。最近では、昨年7月12日、地元西宮で開いた『紙の爆弾』創刊20周年/反原発情報誌『季節』10周年の「反転攻勢の集い・関西」に駆け付けていただき歌っていただきました。

まだ仮処分は、決定どころか、裁判所からの呼び出しも、双方の意見を聴く審尋(しんじん)さえも行われていないということですが、双方がチェックリストなどを作成されているとのことですので、「盗用」問題は早晩明らかになると思います。誤解を恐れず申し述べれば、私の予想するところでは、おそらく双方に、意図するしないにかかわらず多かれ少なかれ瑕疵があるんじゃないかと思っています。問題は、そこに悪意があるかないか、間違いを指摘されたら潔く認め、謝罪や訂正、場合によれば修正版を出版する、ということではないでしょうか。円満な解決を望みます。

しかし、浅野さんは、出版差し止め(出版禁止)仮処分と訴権の濫用は即刻やめるべきです。半世紀余りのジャーナリスト経験を持つ浅野さんが、それらの問題や危険性を知らないはずはないと思いますが、ジャーナリストとして自殺行為だからです。

最後におことわりしておきますが、私は、浅野さんが邪推されるように、どちらかに強いつながりがあるわけでもなく(辻井さんには、メールのやり取りは少ないながらありますが、いまだに会ったことも電話で話したこともありませんし、鈴木エイトさんに至っては会ったことも電話で話したこともメールや手紙でやり取りしたことさえありません)、当初は公平に距離を置いて“高見の見物”をするつもりでしたが、岡林あけび書房社長や著者の辻井さんらにファナティックなまでの攻撃を行い続け、私がちょっと警告すると浅野さんは私に対しても異常なまでの非難を行ってきました。まあ、私は、かの大学院生リンチ事件などでも、被害者の大学院生を庇い支援したことで、この種の非難はどうってことはありませんが、「素人」の辻井さんはそうもいきません。理不尽なネットリンチに耐えて来た辻井さんの心情はいかばかりでしょうか。大学院生リンチ事件など、常に弱者の側に立つことを旨としている私としては、浅野さんとその支持者から理不尽なまでのネットリンチ攻撃を受けている辻井さんを応援します。辻井さんの人権を守れ!

(2026年5月14日記)

※上記画像は、辻井さんによる浅野本のファクトチェックの様子。辻井さんのFBより。

※大学院生リンチ事件(しばき隊リンチ事件)については、これまで出版してきた6冊の関連出版物や「デジタル鹿砦社通信」の過去記事を参照してください。

《山上徹也公判記録書籍問題》https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

黒薮哲哉さんが、2冊の山上徹也公判記録本を書評! 双方に距離のある黒薮さんこそ第三者的に読解できる人だ!

鹿砦社代表 松岡利康

くだんの2冊の山上徹也公判記録本が発売になりました。双方が「盗用」を叫び、浅野さんは、もう一方の本の出版差し止め(浅野さんによれば「出版禁止」)仮処分を申し立てています。仮処分は強度の緊急性が必要なのに、いまだに裁判所から特別送達が来ていないそうです。私の経験では、仮処分の決定には双方から意見を聴く場(審尋)がありますが、それもまだ未定のようです。

このかん、浅野さんは異常なまでにアジテートしています。あけび書房とこの著者に出版差し止め等を求め、さらに帯を書いた鈴木エイトさん、他に私、黒薮さん、さらには編集を手伝ったМさんらにも「法的措置」を通告しています。

私は、浅野さんとあけび書房の間の紛争に介入するのではなく、名の有る「ジャーナリスト」が出版禁止という法的手段を取ると公言されたことで声を挙げたのですが、恩のある故・山口正紀さんに対する浅野さんの態度に不快感を覚えていたこと、さらには私や山口さんが必死に取り組んだ大学院生リンチ事件で加害者側に立った金正則を講演に招いたり選挙で応援演説したりしたこと等も伏線としてあって、いささか「エキセントリック」(浅野さんによれば『紙の爆弾』編集長の中川が言ったというが、私が中川に確かめたところ言っていないということでした)になりましたが、このかんの浅野さんの異常さほどではないと思っています。

おそらく双方とも訴訟対策で表に出さないのかもしれませんが、相手方が「盗用」しているとするチェックリストが出来上がっているとのことで、2冊の本が出たからといってすぐに照合できません。

こうした中、浅野さんに「法的措置」を通告された黒薮さんが2冊の本の書評を、みずからが主宰するサイトMEDIA KOKUSYOに書かれています。

私は、浅野さんとは1980年代から知り、あけび書房・岡林信一代表とも2010年から知っていて、双方知っているので、上記の山口さんらの件もあり、利害関係がないとも言えないのですが、黒薮さんは浅野、あけび双方にほとんど付き合いもないので(浅野さんとは忘年会や新年会で会った程度、あけびとは今回初めてではないかと思います)、第三者的にものが見えると思っています。

私見を繰り返しますが、浅野さんは今からでも出版禁止仮処分申し立てを取り下げ、また訴権の濫用はやめるべきだとの考えは変わりません。

さらには、私の青春時代にかなりの数の刺激的な本を出版され、ずいぶん熱心に読んだ三一書房たる名前も歴史もある出版社が、「ジャーナリスト」として自殺行為にもなりかねない浅野さんの出版禁止仮処分申し立てや、今後続くとされる訴権の濫用をたしなめないのか、不思議でなりません。

◇     ◇     ◇     ◇

【書評1】書籍の制作ノウハウに疑問符、元同志社大学教授の浅野健一著『石ころを石礫に』
MEDIA KOKUSYO 2026年5月2日号より転載

2日、ジャーナリストで同志社大学元教授の新刊本を購入した。喫茶店に入り、すぐに読み始めた。難解な本である。というよりも、分かりにくい。冒頭に事件の概略が記述されるのかと思えば、統一教会の内部資料である「TM特別報告書」に関する記述や挿入されていたり、浅野氏の専門である記者クラブ制度への批判が展開される。全体として、この章で何を伝えたえのか、さっぱり分からない。まるでピントの外れた写真である。

肝心の山上裁判に関する記述は、歴史の年表のように単調で、著者が何をクロースアップしているのかさっぱり分からない。

私は、本書の記述から防犯カメラの延々と続く映像を連想した。防犯カメラは、レンズの先にある場面を、同じ角度・同じ密度で延々と記録する。ジャーナリストは、その膨大な記録の中から重要な部分をクローズアップしなければならない。本書は、その作業を怠っているように感じられた。

複雑な事件を順序立て、秩序立て、整理して、読者に何が問題なのかを分かりやすく伝える書籍の役割を軽視しているように思える。本のページ数が多いことが書籍の価値ではないだろう。量より質である。浅野氏の集大成とはいえ、正直なところ最初の50ページで、嫌気が差す本だった。

◇     ◇     ◇     ◇

【書評2】 脱会した宗教3世の視点が照らす「山上裁判」──『石ころの慟哭』
MEDISKOKUSYO 2027年4月24日号より転載

『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の書店販売が20日から始まった。本書は、浅野健一氏(同志社大学元教授)が出版差し止めを求めて裁判所に仮処分を申し立てているルポルタージュであり、裁判所が浅野氏の言い分を認めた場合、入手困難となる可能性がある。浅野氏が申立書を公開していないため、現時点では公式な差し止め理由は明らかになっていない。

辻井氏は、いわゆる「宗教3世」である。安倍首相殺害事件があった場所と同じ校区で育ち、事件に強い衝撃を受けて教団から脱会した。同時に自身が洗脳された状態にあったことに気づき、事件の取材を始めたのである。記者経験はなかったものの、それを補って余りある強みがあった。自らが宗教団体の被害者であるという点だ。

さらに、その境遇は山上氏と類似している。暗い影が兆した家庭に育った点である。辻井氏の兄は小学生のとき、友人に首を絞められ、半年にわたり「歩くことも、言葉を話すことも、字を書くこともできなくなった」。後遺症は、その後も長く続き、家族は暗たんとした日々を送った。

こうした体験は本書にも色濃く反映されており、単なる「報告」の域にとどまる新聞記者の記述とはかなり異なる。本書は、15回にわたって行われた山上氏の裁判員裁判を時系列で解説しつつ、同時に自身の体験に照らして論評する構成をとる。たとえば第11回公判では、山上氏の兄の自殺がテーマとなる。辻井氏は事実関係を整理したうえで、次のように考察する。

私の兄と同じように、山上さんのお兄さんは、「このままではいけない」と自分を奮い立たせる一方で、前に進めない、大学進学の夢を奪った統一教会をゆるせない自分に悩んでいたのではないだろうか。(略)お兄さんが大学にこだわったのは、大学へ行き、就きたい職業で働き、身体にハンディキャップをもちながらでも堂々と働いて、支えてくれた兄妹にせめてもの恩返しをしたいという思い、統一教会で苦しんでいる子どもたちを救いたい思いがあったからかもしれない。

本書は、実際に発生した事件を、宗教3世がどのように受け止めたのかを知るうえで、貴重な記録である。

なお、浅野健一氏が刊行を予定している『石ころを石礫に─安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』(三一書房)は、4月28日に発売される。読者には、山上裁判をテーマとしたこの2冊の新刊を読み比べることを勧めたい。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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ゴーストライター原稿をめぐる著作権問題、浅野VS辻井、過去には「現代のベートーベン」佐村河内守の事件でクローズアップ

黒薮哲哉

『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めをめぐる事件の続報である。この事件の争点は、同志社大学の元教授でジャーナリストの浅野健一氏が、2人のアシスタント(編集者とゴーストライター)の協力を得て制作した原稿の著作権が誰に帰属するかという点にある。浅野氏は出版を取りやめた後、ゴーストライターは、原稿を改編して、あけび書房から自らの名義で出版した。これに対して浅野氏は、出版差し止めの仮処分を裁判所に求めた。

一方で浅野氏は、同じテーマの本を三一書房から出版する予定である。タイトルは『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』。4月末には書店に並ぶ見込みだ。この本に、ゴーストライターの辻井彩子氏が執筆した原稿(以下、「元原稿」)の一部が使用されている可能性は、次の記述からも読み取れる。

「辻井氏は、2025年11月ごろから本年2月9日ごろまで、幻となった私のあけび書房傍聴記本の取材協力者で、私は10数万円の労働対価を支払い、取材経費も支払っています。辻井氏はその金銭を返却していません。
 辻井氏の書いたものが、(黒薮注:浅野氏の書いた)三一書房の『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』(5月1日発売)に掲載されるのは当然です。助手が書いた文章は、著者が自由に使えます。助手がそれを自身の論稿に使うのは、著者の了解を取るべきです。」

◆浅野氏が「著作権侵害」を主張する根拠

浅野氏は、「元原稿」の著作権が自らにあるという前提に立ち、辻井氏が書いた文章を自著に使用できると主張している。実際、辻井氏の著書の出版差し止めを求めた申立書の中にも「著作権侵害」という文言が見られる。申立書は、浅野氏に著作権があるという前提で書かれている。

「著作権侵害」を主張する根拠は、おそらく上記引用にある「私は十数万円の労働対価を支払い、取材経費も支払っています。辻井氏はその金銭を返却していません」という点にあるのだろう。自分が辻井氏を雇ったから、辻井氏が書いたものは、自分の所有になるという論理のようだ。

◆2014年の佐村河内守事件

ゴーストライターによって書かれた文章の著作権は、ゴーストライターに帰属するのか、それとも依頼者に帰属するのか。この問題を考える上で格好の例がある。2014年に発覚した佐村河内守事件である。

佐村河内守は「現代のベートーベン」の異名を持ち、国際的にも知られた「作曲家」だった。しかし実際には、ゴーストライターの新垣隆が作曲者であることが明らかになった。

その後、佐村河内は新垣に対して名誉毀損などで提訴したが、訴えは棄却された。この裁判では、著作権(財産権)は佐村河内に帰属し、著作者人格権は新垣にあるという前提で審理が行われた。

著作権(財産権)とは、著作物から生じる経済的利益に関する権利である。したがって、CDの売上などの収益は佐村河内に帰属する。

一方、著作者人格権とは、著作物を創作した本人が有する権利であり、公表権や同一性保持権などを含む。浅野氏が進めている出版差し止めは、この著作者人格権に基づくものである可能性が高い。申立書が、浅野氏を著作権者とする前提で構成され、金銭ではなく、出版の禁止を求めているためである。

ちなみに著作者人格権は、譲渡が認められていない。著作権法第59条は、次のように定めている。

第五十九条 著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。

◆両者が共同著作者として著作者人格権を有している可能性もある

元原稿は、単純に考えれば辻井氏の著作物であり、辻井氏が著作者人格権を有する。しかし、浅野氏も制作に深く関与しているため、両者が共同著作者として著作者人格権を有している可能性もある。少なくとも辻井氏は、この権利を有している。
そうであるならば、辻井氏が執筆した文章を浅野氏が『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』に組み込んでも問題ないという話にはならない。共同著作物の場合、権利の共有者の同意を得なければならない。著作権法は次のように述べている。

「第六十五条 共同著作物の著作権その他共有に係る著作権(以下この条において「共有著作権」という。)については、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。

2 共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。

3 前二項の場合において、各共有者は、正当な理由がない限り、第一項の同意を拒み、又は前項の合意の成立を妨げることができない。」

当初、この問題に巻き込まれたのはあけび書房だったが、三一書房もまた当事者となった。今後、展開によっては、反訴もありうる。訴権の濫用がクローズアップされる可能性もある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月28日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

浅野健一さん、あけび書房刊/辻井彩子著『石ころの慟哭』こそ、みずからの原稿を「盗用」していると主張! 「いま、チームを組んで、辻井氏本の盗用・無断引用・無断転載を総点検中」で、「出版してはならない本」と決めつけ「絶版」と「回収」を要求!

この問題の結果次第で浅野さんのジャーナリズム生命に関わることなので、一片の虚偽もなく「総点検」の内容を公開してください!

問題の発火点となった出版禁止仮処分申請を即刻取り下げよ! 訴権の濫用をやめよ!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野さんは4月24日、長い文章をみずからのフェイスブック(以下FBと記します)に掲載され、相変わらず自著『石ころから石礫へ』(三一書房刊)の自画自賛と、あけび書房本『石ころの慟哭』を「出版してはいけない本」と非難し「直ちに本を絶版にし、回収すべき」と述べられています。

一方の辻井さんは、浅野さんが「盗用」している箇所をマーキングする作業をされているようです。仮処分の呼び出しが来て審尋(しんじん。非公開の審理)までには3部(裁判所、相手方、債務者側各々1部)も提出しないといけませんので大変です。どうせやらないといけない作業ではありますが、仮処分申請や提訴されなければ、やらなくてもいい作業ですから難儀な話です。ようやく本が出来上がり書店販売も始まったというのに面倒なことです。

私が22日夜に浅野さんのFBに書き込んでから、この件については返答ありませんでしたが(だから24日朝から原稿書き始め、夕方に私のFB、25日午前零時に「デジタル鹿砦社通信」に投稿し批判したのです)、行き違いで24日に、あけび書房本こそ「盗用」していると主張されています。浅野さんにブロックされていますので、すぐには読めません。あとになってから、知人らがこの部分を送ってくれましたが、かなり時間差がありました。

また、浅野さんは23日のFBの文章では、盗用問題には触れられず、ほとんど私への非難に費やされました。1日空けて24日になって触れられましたが、この間に「総点検」の「チーム」を組まれたり、善後策を考えられたのでしょうか。

どちらの言っていることが真実なのでしょうか? どちらの言っていることが真実なのかによって、特に辻井さんの言っていることが真実で、浅野さんが意図的に辻井さんのほうが盗用していると強弁しているのなら、浅野さんのジャーナリスト生命はなくなります。

逆に辻井さんが盗用していたら、辻井さんは嘘つき女として今後出版などできなくなるでしょう。

こうした意味で極めて重要な問題ですので、拙速に判断せず、浅野さんの「総点検」と辻井さんのマーキングの結果が公表されることを俟ちたいと思います。

今のところ浅野本は、アマゾンに注文していますがまだ届かないので読めません(浅野さんが100%浅野さんの側に立っていると勝手に自慢する『紙の爆弾』編集長・中川には献本送付され届いていますが。苦笑)。辻井本は、サブタイトルに「私記」とあるように、地元で起きた事件で、宗教三世としてのみずからの生きて来た道のりと重ね合わせ書き綴ったもので、一市民の立場から率直な想いを述べていて、好感が持てる文章です。浅野さんは、辻井さんの職業がメディアに関わる者でないことをなにかしら差別されているようで、このことはいただけません。

浅野さんは、わが国を代表する通信社で20年、同志社の新聞学専攻(現・メディア学科)で20年、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられましたので、元々位相が異なりますが、浅野さんの文章は雑で難儀するとは浅野さんの文章を編集したことのある人が異口同音に仰います。若くして『犯罪報道の犯罪』で一躍論壇に登場しエリートコースを歩んで来られたので、書き殴った文章を担当編集者に振り、ある意味致し方のないことかもしれませんが。

原稿や校正紙を見れば、私にでも、ある程度、その方の人となりや人間性がわかります。

ちなみに、昨年、私たちが11年余り発行している反原発情報誌『季節』に、われわれの世代にとってはカリスマの山本義隆さんの長大な講演録を掲載しましたが、編集長は、その論理展開や校正にほれぼれし校正紙を「家宝にします」と言っていました。むべなるかなと思った次第です。

◆あけび書房・岡林社長は「素人の」辻井さんを「騙して、実際は岡林氏」が「原稿の大部分を書いた」のか?

浅野さんは、よほど岡林社長が憎いのか、辻井さんを岡林社長に「騙され」「著者に祭り上げられた被害者」とも言い、「辻井氏の本の大部分を書いたのは岡林社長だ、と私は推測しています」とまで述べています。

ここまで言いますかね。まだ外国に行くことが難しい頃の少年時代から海外留学し超難関校・慶應義塾大学を卒業後は共同通信を経て同志社大学新聞学教授と、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられた浅野さんの頭の中の小宇宙は、常人には計りしれません。

さらには、「私は岡林氏から嫌がらせを受けたが、私が彼に嫌がらせをしたことはありません」とはいかに? 出版禁止の仮処分が決定どころか裁判所から呼び出しも来ていないのに、大手書籍取次会社・トーハンや日販に配本するなと申し入れることは「嫌がらせ」ではないのか? 浅野支持者に、あけび書房に直接訪問することをそそのかしているのは「嫌がらせ」ではないのか? 実際に複数人が行き写真までアップしています。ひっそりと営業している「一人出版社」にそこまでやるのか?

ちなみに、本件について、浅野さんの著書『石ころを石礫に』の出版を引き受けられた老舗出版社「三一書房」にも、お互いに「盗用」していると言い争っていますので、版元として責任をもって「盗用」しているのかどうかの「総点検」にあたられることを願います。

また、出版禁止仮処分という、出版やメディアに関わる者にとって重大問題を浅野さんが企てられたことについて、三一書房の方々は傍観されていることに苦言を呈します。出版禁止は、こと浅野VSあけび書房の間の問題ではありませんので。

「三一書房」といえば、われわれの世代にとっては伝説的な出版社で、今でも私はかなりの数の書籍を持っています。一時は労働争議で出版活動の停止を余儀なくされましたが、頑張っていただきたいものです。この意味からも、本件については責任ある態度で臨んでいただき、今後に禍根を残さないようにお願いいたします。

◆何度も繰り返します、出版禁止仮処分を即刻取り下げ、訴権の濫用をやめよ!

元々、私が本件に異を唱えたのは、浅野VSあけび書房間のトラブルに介入するとか、浅野さんを排斥するとかいった問題ではなく、浅野さんがあけび書房本に対して出版禁止の仮処分を申請するということに、これは明らかに憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に抵触するもので、一老いた出版人として危惧を抱き、こんな危険なことはやめるべきだと警告する目的からでした。

そうしたら浅野さんは、私、鈴木エイトさん、黒薮哲哉さんにも「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと、まさに訴権の濫用を行使すると恫喝されています。

何度も申し上げますが、出版禁止仮処分、別途諸法的措置など訴権の濫用は、出版界にとって悪弊と禍根を残すのみならず、将来にわたり黒歴史となるでしょう。

(2026年4月26日記)

浅野健一さんの著書に、著作権侵害等で出版禁止仮処分を求めているあけび書房刊行書籍の著者の原稿を盗用した疑惑発生! 浅野さんはこれに答えるべきです!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんは、彼のFacebookから松岡らをブロック!
浅野さんともあろう方が姑息な策を弄すべきではない!

去る4月22日夜半、私は浅野健一さんのFacebookに次のような投稿を行いました。

「浅野さん、浅野さんに『法的、道義的責任』を問われている松岡利康です。浅野さんのフォロワーの皆様にもお読みいただきたいので、浅野さんのフェイスブックに投稿させていただきます。
 御著、浅野さんが出版禁止の仮処分等を申し立てておられる本の著者・辻井彩子さんにも献本送付されたとのこと、ご立派です。
 辻井さんはすぐに紐解かれ、浅野さんの著書に辻井さんの文章がそのまま使われている(つまり盗用されている)ことに驚き、三一書房に辻井さんの著書を添えて手紙を出されたそうです。また、私にもその旨、メールにてご連絡いただきました。
 浅野さんの著書はアマゾンに注文していますが、まだ届いていないので、辻井さんのおっしゃることが事実かどうかわかりません。もし辻井さんの仰ることが事実であれば、すべての前提が壊れます。このかん自信満々に辻井さんを罵倒するかのように強く非難されておられるので、まさかとは思いますが、辻井さんの仰っているのは事実でしょうか? それとも、デマでしょうか? 重要なことですので、明らかにしていただけないでしょうか。切によろしくお願いいたします。」

そうしたら、翌日(4月23日)朝一番、盗用疑惑についての釈明ではなく、浅野さんのFacebookから私をブロックすることなどの内容がアップされました。どなたかがそのスクショを送ってくださいました。以下にアップしておきます。

ざっと読ませていただくと、浅野さんもかなり苛立っておられるようで、盗用しているしていないの回答ではなく、私のブロックを宣言されました。

著作権侵害を訴えておきながら、みずからが盗用していたんでは冗談にもなりません。なにしろ出版やメディアの世界で最も重大な出版禁止(出版差し止め。浅野さんが仮処分の表題にされた言葉が「出版禁止」ですので、今後は出版禁止という言葉を主に使います)、つまり「言論・出版の自由」「表現の自由」を保障した憲法21条に係る問題ですので、まずは、問いかけているこの件について回答いただきたいものです。

もし辻井さんが仰ることが事実ならば、出版禁止仮処分の前提が壊れます。人は問題の核心を衝かれたら話題を逸らすといわれますが、なにかそんな気がします。そうでないと言うのであれば、浅野さんはみずからの著書に辻井さんの原稿を使ったのか使わなかったのか、明言されるべきではないでしょうか?

◆浅野さんのFacebookでの発言について

浅野さんは冒頭から『紙の爆弾』編集長・中川が、あたかも100%浅野さんの側に立っているかのように書かれています。本当であれば、それは結構なことです。

浅野さんによれば、このかんの私の「諫め」の文が「あまりに『エキセントリック』」だと中川が言っているとされていますが、中川はこういう言葉は使ってなく、またこの件で浅野さんに連絡(返信)などしていないということでした。

昨年4月発売の『紙の爆弾』5月号に掲載の浅野さんが書かれた記事に対して抗議があり、私や中川は相手方の弁護士に真摯に対応し次号に反論を掲載するということで一応の妥結をしました。この際、浅野さんは私たちの対応に不満だったようで、問題の解決から逃げた恰好で相手になんら対応されませんでした。今も放置されているようです。

『紙の爆弾』に書けなくなったのは、私が「業務命令で、浅野に書かせるなと命じています。」とされています。しかし、私は浅野さんの頑なな態度に業を煮やし、「こんなことでは、しばらく浅野さんの寄稿は掲載できないな」と中川に申し述べました。「業務命令」で書かせなかったわけではありません。そうではないですか、問題が起きた際に相手方に真摯に対応しなかった人の原稿を載せれますか? 浅野さんが仰るように、中川が「業務命令で、浅野に書かせるな」と認識したのであれば、私の言葉足らずでした。すみませんねぇ。

浅野さんほどの経験と学識があれば、『紙の爆弾』のような毀誉褒貶の激しい雑誌でなくても、もっとグレードの高い雑誌への寄稿を求められたほうがいいのではないでしょうか。

亡くなった方をこんな問題に引き合いに出したくはありませんが、これまでの浅野さんによる山口正紀さんに対する酷い中傷がありながらも中川が浅野さんの寄稿を掲載してきたのは、あまり愉快ではありませんでしたが、中川にも考えがあってのことだと思い受容してきました。本当は、山口さんへの浅野さんの酷い態度はいろんな人からさんざん聞いていましたので、以前から「業務命令で、浅野に書かせるなと命じ」たかったのですが、あえてそうしませんでした。

AさんやBさんはじめ少なからずの方々から「浅野を外せ」と再三言われても「中川にも考えがあってのことでしょうから、しばらく様子を見てやってください」と言ってきたんですよ。しかし、昨年5月号の『紙の爆弾』の浅野さんの記事についての浅野さんの対応には不愉快でした。

中川が果たして「100%私(注:浅野さん)の側に立っていました」のであれば、浅野さんは中川と共に新規に出版社を立ち上げられたらいいでしょう。おそらく、浅野さんの唯我独尊とパワハラ体質、スタ官(スターリニスト官僚)体質ですぐにおじゃんになるでしょうが。

また、どなたかに「仲介を頼みました」とありますが、誰一人、「仲介」を申し出た人はいませんでした。なので、私が「協議を拒否」できるわけがありません。「仲介」の申し出自体がなかったわけですから。いい加減なことを言わないでいただきたいです。

さらに浅野さんは、私がこの間、「名誉毀損・侮辱・出版妨害」をやったことで「本訴を準備」していると記されています。私の文のどこが「名誉毀損・侮辱・出版妨害」になるのかご指摘していただきたいですが、おそらく浅野さんは自らの意に沿わない文はすべて「名誉毀損・侮辱・出版妨害」にあたると仰るのでしょう。

「最後に再度呼び掛けます。」として浅野さんは手前勝手に、近畿に来て「説明させてください」ということですが、山口正紀さんの件で長らく我慢してきて、昨年4月の件、そして今回の件で、もう無理だと思います。過日の母親の急逝から気持ちが重くなったことも重なり、浅野さんとの関係修復に尽力するエネルギーがありません。今はAさんやBさんらの進言に従い、あえて浅野さんと義絶させていただきます。訴訟をちらつかせて恫喝するような人とまともな「協議」などできるわけがありません。

もう一つ。私が浅野さんによる出版禁止仮処分申し立てや訴権の濫用に対して、その危険性を強く申し述べ批判したからと言って、「メンタルのこと」を持ち出して被害者意識丸出しに私をブロックされるということですが、あけび書房や辻井さんに、人格批判や罵詈雑言の限りを尽くしながら、みずからがちょっと強く批判されたからと言って「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと高らかに宣言しつつも、自分が不利になると、「私に説明させてください」「私の言い分を聞いてください」と泣き落としに出る……やめていただきたいものです。

さらには、「一人出版社」の零細出版社であるあけび書房を尋ねるように支持者をそそのかし、実際に何人かは尋ねて行き、まるで鬼の首を取ったかのように“成果”をFB画面にアップされていますが、公的機関でも公人でもないあけび書房と代表者にとってはたまったものではありません。浅野さんが、逆の立場だったら、どうでしょうか? それこそ天地がひっくり返るほどの大騒ぎをされるでしょう。こんなこともやめるべきです。

◆浅野さんに求めること

① 辻井さんが仰る、辻井さんの文章を掲載しないと言いながら掲載(盗用)したのかどうか、明らかにしてください。ここは重要なところです。辻井さんはすでに三一書房にも、みずからの文が掲載(盗用)されている旨知らせたということですが、この件は三一書房にも説明責任があります。もし浅野さんの著書の文に辻井さんの文が使われていなかったら(すなわち浅野さんのオリジナルな文であれば)、それこそデマであり、辻井さんは嘘つき女となります。

② 辻井さんの著書『石ころの慟哭』出版禁止仮処分を取り下げてください。憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に違反しますので。浅野さんが堂々と出版禁止仮処分を申し立てるということなので私は警告したのですが、これがなかったら、よく見聞きする版元と著者との紛争として“高見の見物”をしていたでしょう。あけび書房のような「一人出版社」であれ、『週刊文春』(2004年に大騒ぎになりました)のような大手出版社であれ、出版禁止を宣告された場合の諸問題は、5度の出版禁止を受けた私だからこそ言えることもあるので、あえて警告した次第ですが、浅野さんには私の真意をご理解いただけず、逆に「名誉毀損・侮辱・出版妨害」と認識されたようです。

◆繰り返し警告します!「バカなことをやめろ!」と。

10日ほど前に母親が亡くなり、本来なら喪に服し大人しくしていなければならないところ、重要な問題ですので、みずからに鞭打ち、拙稿を書いてきました。

浅野さんは私の文を「読みたくない」ということですので、お読みにならなくても構いませんが、出版差し止め=出版禁止、あるいは訴権の濫用という問題は、出版社やメディアにとって極めて重大問題ですので、誰に何を言われようと、また浅野さんに「名誉毀損・侮辱・出版妨害」と詰られ「法的措置」をとられ「法的、道義的責任」を問われようと強く警告しておきます。

この私の警告文をお読みの皆様方! 浅野さんが企てておられる出版差し止め=出版禁止仮処分の重大性、危険性を認識され、浅野さんに「バカなことをやめろ!」と叱責してやってください。私の言っていることは間違っていますか?

以上