◆なぜ、広島の政治は全国でも群をぬいて保守的なのか? 長年の疑問

わたくし、さとうしゅういちは1975年に広島県福山市に生まれましたが、その後は東京で育ちました。2000年に広島県庁に入庁。11年近く、主に県内の山間部の介護や・医療などの行政を担当してきました。2011年にあの河井案里さんと県議選で対決するため退職。その後は広島市内を中心に民間での介護の仕事についています。一方で、わたしは、ジェンダー解消を求める「全国フェミニスト議員連盟」に所属し、全国で女性議員の応援に入らせていただいた経験もあります。この21年間、疑問に思っていたことがあります。

端的にいえば、「なぜ、広島の政治・行政は全国でも群をぬいて保守的なのか?」ということです。

全国でも群を抜いて政策不在の選挙や政治のあり方。政策もろくにかたらない与党勢力の候補が県議選では8割以上も得票する。

全国でも群をぬいて中央官僚のいいなりでの市町村合併・権限丸投げを進めるなど、中央に従属的な行政。

河井案里さんの有罪が確定したいま、案里さんからお金をもらった議員はいわば犯罪事実が確定したのにもかかわらず、だれひとり腹を切らない。

野党第一党も、全国と比べても非正規労働者やケア労働者が直面する問題に対して消極的。中央の市民連合や野党が合意している「原発なき脱炭素」にも後ろ向き。

これらは、いったいどうしてなのか? このままでは、広島は時代の流れから取り残されてしまうのではないか?

長年の疑問であり、わたしの危機感、苛立ちの原因でもありました。

重厚長大産業が立ち並ぶ呉市沿岸部

◆強烈すぎた? 1975年ころの「広島の成功体験」

しかし、とくに2011年以降、政治活動を本格化する中で、有権者のみなさまのお話しや過去の統計などを総合的に分析すると以下の仮説にたどり着きました。

「政治家や企業経営者もふくむ多くの広島県民が1975年ころ、広島がなしとげた成功体験にいまでもとらわれているのではないか? そしてその成功体験とはあまりにも強烈すぎたのではないか?」ということです。

具体的にお話しすると、1975年度、広島県のひとりあたり県民所得は東京、大阪についで第3位でした。わたしも、神奈川県や愛知県などの方が広島より上だったと思っていましたが、そうではなかったのです。

東京が156.7万円、大阪が135.6万円、そして広島は120.4万円でした。ちなみに神奈川県は114.3万円、愛知県が119.6万円。全国平均は111.8万円でした。 

また、この年、山本浩二・衣笠祥雄らを主力に古葉監督率いる広島東洋カープが初優勝。さらにこの年には新幹線が広島駅を通るようになりました。このころ、広島市の郊外には次々と新しく団地が開発され、まさに、広島は栄華を誇っていたのです。

その原動力のひとつは、「原発製造をふくむ重厚長大の大手企業」であることは間違いありません。一方で、戦前の「軍都広島」「軍港呉」の延長で広島が「中枢都市」だったことのメリットがあったのも見逃せません。こうしたことを背景に

・「中央の方針」に従っていれば間違いない。

・「原発製造ふくむ重厚長大産業中心に」突き進めば間違いない。

・山を削って土地をどんどんつくって開発すれば、どんどん工場や人が広島にやってくる。

・大手企業さえよければ、正社員たる男性世帯主を通じて子どもの教育や住宅も大丈夫だ。

という「成功モデル」が無意識のレベルまで染み付いているのではないか?

従って、自民党ですら河野太郎さんあたりは積極的な「原発なき脱炭素」に、広島では野党第一党の一部国会議員も後ろ向きの発信をSNSでする状況があるのも、支持はできませんが、事実認識としてはうなずけます。

◆1980年代には賞味期限切れ、1990年代末には破綻していた「成功モデル」

高校廃校で揺れる呉市焼山地区。デパートもあるのに閑散としていた

しかし、広島の政治も行政も経済界もとらわれていた「成功モデル」はとうの昔に賞味期限切れです。ひとりあたり県民所得の全国比較で見てみましょう。

1976年度には、ひとりあたり県民所得は、東京都171.5、大阪府159.1、愛知県136.5、神奈川県134.8、広島県133.1、全国124.6(単位、万円)と神奈川県、愛知県に抜かれてしまいます。

そして、1982年度からは、東京都272.7、大阪府224.2、愛知県217.3、神奈川県209.8、広島県189.0、全国189.8(単位、万円)と広島県は全国平均を下回っています。

円高不況がはじまった1985年度には、東京都320.3、大阪府242.3、愛知県258.8、神奈川県238.4、広島県212.1、全国220.5(単位、万円)と全国平均に引き離されていきます。鉄鋼や造船などが打撃を受けたことが背景にあったとみられます。

広島アジア大会が開催された1994年度には、東京都421.1、大阪府341.6、愛知県356.3、神奈川県336.0、広島県301.9、全国308.6(単位、万円)。

金融恐慌があった翌年の1998年度には、東京都417.5、大阪府337.1、愛知県359.4、神奈川県332.5、広島県301.3、全国309.3(単位、万円)でした。

このように、1990年代には、全国に遅れをとりつつあった広島ですが、工業団地をはじめとする土地開発が、河井案里さんの師匠で「天皇」と恐れられた県議会議長の檜山俊宏さんらが主導して進められます。開発をしても経済が伸びていないので、必然的に余ります。広島県の財政も悪化します。

◆中央の方針いいなりで新自由主義強行も事態好転せず

このため、1999年度以降は県職員の給料カットや総務省の指導にストレートに従った形での「市町村合併・権限移譲」という名前の「丸投げ・サービスカット」が強行されます。

基準が代わりますので一概に以下は比較できませんが参考までにひとりあたり県民所得の数字を挙げます。

わたしが県庁マンになった2000年には、東京都461.9、大阪府318.0、神奈川県343.1、愛知県343.3、広島県313.0、全国312.2(単位、万円)とやや盛り返すものの、小泉純一郎さんによる新自由主義が頂点に達した2005年度には、東京都454.6、大阪府300.1、神奈川県324.6、愛知県349.8、広島県301.3、全国309.3(単位、万円)と引き離されてしまいます。このころ、大阪が全国平均を下回り、閉塞感が橋下徹さん登場を準備したことも推測されます。

東日本大震災があった2011年度には、東京都526.6、神奈川県301.2、愛知県324.2、大阪府295.3、広島県279.9、全国298.5(単位、万円)と広島は取り残されてしまいます。

そして、西日本大水害があった2018年度には、東京都541.5、神奈川県326.8、愛知県372.8、大阪府319.0、広島県310.9、全国331.7(単位、万円)で、東京の「一人勝ち」構造が鮮明になります。他方で新自由主義が広島や大阪を余計に沈没させていることも見てとれます。

西日本大水害2018では、高度成長期に開発された住宅地が多数被害を受け、多くの方が犠牲になられました。さらに、2021年9月末で呉の日本製鉄が60年の歴史に幕を閉じました。

広島市東区や呉市の高台の住宅地では高度成長期に新設された高校の廃校なども問題になっています。いわゆる過疎地ではなく、都市部で広島が一番栄えた時代に郊外の高台の団地にできた高校の廃校が地域をゆさぶっています。呉駅前ではそごうの跡地が長年、利用方法が決まっていません。コロナ災害に輪をかけて暗いニュースが相次いでいます。

◆衆院選・広島県知事選・県議補選・呉市長選挙を前に 広島はどうすべきか?

10月31日、衆院選が執行されます。11月14日には、広島県知事選・県議補選・呉市長選挙が行われます。コロナと気候変動で多発する水害。二つの大きな災害にどう対応するか? これは大きな論点です。だが、 それは、広島がずっと依拠してきた成功モデルからの卒業を行政にも企業にも県民にも迫るものです。

一方で、広島は日本の都市では東京につぐ知名度があります。製造業の技術も健在です。新幹線駅のほぼ前に野球場がある、東京ほど密ではないが、北海道や東北などのように分散しすぎて不便というほどでもない、ほどほどの生活の便利さがあります。

上記のことを踏まえ、以下のことを県選出の国会議員や県知事、市長(の候補者)、経済界や市民運動・労働運動幹部に提言します。

中国電力本店。ここで原発ゼロを訴えて街宣をした候補者はさとうしゅういちだけだった参院選広島再選挙

「原発なき脱炭素」への転換と暮らしの保障を

たしかに、CO2をたくさん出す鉄鋼業や原発製造をふくむいわゆる重厚長大産業中心に、1970年代くらいまでの広島は栄えました。

しかし、気候変動によるとみられる水害に広島は2014年、2018年、2021年と何度もおそわれています。また、広島から90kmの伊方原発は、一般住宅より耐震性がおとり、地震の巣の上にあります。

鉄鋼についていえば、欧州の大手メーカーが炭素を使わない製鉄法に5兆円を投資しています。エネルギーは効率を考えても「大型の電源でつくって配る」従来の方法を改めてクリーンな方法での「分散型電源」にしていくことに広島のものづくりの技術をいかすべきです。

そして、構造転換に際しては新しいエネルギーや技術開発への投資ともに、従来の方法での現場、例えば原発関連で働いている人たちに思い切った補償・生活の保障をセットでするのです。大幅な財政出動が必要ですが、安倍晋三さんが総理時代に「お友達」やアメリカにばらまいたのとくらべたら、よほど前向きです。

大手企業出先より中小企業の本社誘致

今の時代、大手企業の出先を誘致することの費用対効果は、意外と悪いのではないでしょうか? それよりは、面白い中小企業の本社に移転してもらったほうが、税収の面でもプラスです。東京への密集を防ぐ上でも効果があります。呉駅前のそごう跡地のようなケースでは若い人に無料に近い低額で貸し出し、企業や様々な社会活動をしてもらう、などの手があるのではないでしょうか?

思い切った住まいや教育の保障でチャレンジャー誘致を

住宅や教育を「大手企業正社員たるお父さん」を通じて保障してきたのがこれまでのモデルでした。しかし、そこから外れる人には厳しいモデルでもあります。これからは、思い切った住まいの保障や、また教育の無償化などこそ、チャレンジャーを支援することになるのではないでしょうか? 広島県内では尾道市や佐伯区湯来町あたりなどに新しいことをはじめるために東京などから移住する人も少なくありません。そうした流れを後押しする施策や立法を、県知事にも県選出の国会議員にも望みます。

災害多発と人口減少時代に対応し、新自由主義と新規開発にストップ

人口減少時代にこれ以上の新規開発は無駄です。さらに空き家や空きビルを増やすだけです。また開発された場所によっては水害や地震によるリスクが高まるだけです。2021年7月、熱海では「やりくさし(広島弁でやりかけのまま放棄の意)」の開発が災害の原因となりました。広島でも西日本大水害2018では、南区でやりくさしの開発箇所が崩れ、犠牲者が出ました。国の責任で開発規制を全国で行うべきです。

広島をはじめ瀬戸内は昔から「台風はそれてくれる」というのが常識で災害が少ないと県民の多くも思い込んでいました。しかし、いまや、梅雨や夏期は熱くて湿った空気が瀬戸内地方を直撃し、記録的な豪雨が日常茶飯事になっています。「災害が少ない」という従来の常識をベースに進めてきた広島県の新自由主義はゆきづまっています。

これまで広島県が中央いいなりで強行してきた現場公務員の削減はストップし、ふやすべきです。災害救助隊(日本版サンダーバード)の創設とそれによる国際貢献。また、地方の医療や福祉、教育や防災などをになう公務員の補充および、非正規公務員の正規化をすべきです。前知事は大阪に先んじて新自由主義を進めましたが、新自由主義は東京以外にとっては自分の首を締める行為なのです。広島県民は新自由主義を脱却する議員を国会に送るべきです。

政策議論中心の選挙や政治を

広島の選挙や政治は全国と比べても群をぬいて政策不在です。そのことが、河井事件の背景にもありました。

河井夫妻だけでなく、アンチ河井の政治家も責任は重大です。金権の河井か?組織依存のアンチ河井か?それくらいの違いで、政策不在という点では違いはありません。

対抗するべき野党も現時点では、河井批判で手一杯になりがちでジレンマを抱えています。

ガチンコの政策議論を広島でも活性化する努力を政党や政治家はもちろん、マスコミもすべきです。

社会運動・労働運動もバージョンアップを

広島は世界最初の戦争被爆地であり、反核平和運動は強い。しかし、一方で、労働運動はどうでしょうか?

たとえば、他の地域と比べても非正規の問題、ケア労働者の問題などについての取り組みは遅れているのではないか?わたくし、さとうしゅういちは、この点は責任をもって、活動を担っていきたいとおもいます。

中央・東京への過剰な信仰をやめよ

戦前の広島は軍都であり、その延長で戦後は中枢都市としてのアドバンテージをもってきました。他方で、東京から降りてきたものを真面目にやっていれば大丈夫、という思い込みにもつながっているように思えます。必死で独自のものを考えずに済んだのは恵まれていた証拠です。しかし、変化が大きな時代にはそれが災いします。中央・東京への過剰な信仰はやめましょう。

いままでの「常識」を疑おう

いままでの常識は、たとえば、「山を削って海を埋め立てたり田んぼをつぶしたりして工場や宅地にする」のが進歩です。しかし、災害多発で人口減少時代、食料の入手が困難な時代には、逆に工場が潰れて食料生産工場や農地になるということもあり得ます。いままでと正反対が常識になることも考えて政策立案を!

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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写真1枚目は「重厚長大産業が立ち並ぶ呉市沿岸部」

写真2枚目は「高校廃校で揺れる呉市焼山地区。デパートもあるのに閑散としていた。」

写真3枚目は「中国電力本店。ここで原発ゼロを訴えて街宣をした候補者はさとうしゅういちだけだった参院選広島再選挙」

大学病院から追放された非凡な医師が医療現場に復活を果たした。前立腺癌治療のエキスパートとして知られる岡本圭生医師が、治療の舞台を滋賀医科大付属病院(大津市)から、宇治病院(京都市宇治市)に移して治療を再開したのだ。

この治療法は、岡本メソッドと呼ばれる小線源治療で、前立腺癌の治療で卓越した成果をあげてきた。しかし、後述する滋賀医科大病院の泌尿器科が起こしたある事件が原因で、1年7カ月にわたって治療の中断を余儀なくされていた。岡本医師が言う。

「8月から月に10件のペースで治療を再開しました。年間で120件の計画です。関東や九州、東北からもコロナ禍にもかかわらず受診される患者さんが大勢います」

名医が治療の舞台を移さなければならなかった背景になにがあったのか。

 

治療中の岡本圭生医師

◆中間リスクの前立腺癌、根治率は99%

小線源治療は、放射性物質を包み込んだカプセル状のシード線源を前立腺に埋め込んで、そこから放出される放射線でがん細胞を死滅させる治療法だ。1970年代に米国で誕生した。

その後、改良を重ねて日本でも今世紀に入るころから実施されるようになった。岡本医師は、従来の小線源治療に改良を加えて、独自の高精度治療を確立し、癌の根治を可能にした。放射線治療の国際的ガイドラインを掲載している『ジャーナル・オプ・アプライド・クリニカル・メディカル・フィイジックス』誌(Journal of Applied Clinical Medical Physics)[2021年5月](URLリンク)は、その岡本メソッドの詳細を紹介している。

前立腺癌の5年後生存率は100%と言われているが、最も標準的な治療である全摘手術の場合、再発率は予想外に高い。また合併症も克服されていない。最新のロボット機器の補助による全摘出手術を受けた場合でも、術後、高度の尿失禁で社会復帰できないことも珍しくない。生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)が大きく低下するといった課題が残されている。

岡本メソッドはこれらの問題を解決したのである。進行した癌でも、大きな副作用なく、前立腺癌を根治することに成功した。科学に裏打ちされた療法で、特に海外で評価が高い。

岡本医師が前出の医学誌『ジャーナル・オブ・コンテンポラリー・ブラキセラピー』(Journal of Contemporary Brachytherapy)[2020年1月]に発表した論文(URLリンク)によると、岡本メソッドの治療を受けた中間リスクの前立腺癌患者の手術後7年の非再発率は99.1%だった。

この論文は、2005年から2016年の期間に、岡本医師が中間リスクの前立腺がん患者397人に対して実施した小線源治療の成績を報告したものである。岡本メソッドでは、中間リスクの患者に対しては、ホルモン療法も外部照射療法も併用する必要がない。これも従来の小線源治療とは異なる治療法の革命だ。

今年の2月にも、岡本医師は同医学誌に新しい論文(URLリンク)を発表した。それは膀胱に浸潤した前立腺癌を完治させた医療記録で、世界に前例のない報告である。

最新の『メディカルレポート・アンド・ケーススタディーズ』(Medical Report and Case studies)[2021年9月]に掲載した総説論文(URLリンク)では、現在の前立腺癌治療の問題点を論理的かつ明確に指摘しつつ、中間リスク・高リスクの患者に対する岡本メソッドの利点を紹介している。そこにはリンパへ移転した「超高リスク前立腺癌」治療の論文もとりあげている。

この原著論文は2017年に『ジャーナル・オブ・コンテンポラリー・ブラキセラピー』誌に公表されたものだ。それによると被膜外浸潤や精嚢浸潤、リンパ節転移など症例を含む難治性前立腺癌の成績で、5年の非再発率は95.2%だった。

 

モルモット未遂事件を報じる朝日新聞の記事(2018年7月29日付け)

◆「術中患者が苦しみだしたら助けてくれ」

岡本医師は、宇治病院へ移籍する前は、滋賀医科大附属病院に勤務していた。2005年から2019年までの15年の間に、約1200件の小線源治療を実施している。2014年には、医薬品販売会社が岡本メソッドの実績に着目して、寄付講座の開設を求めてきた。滋賀医科大の塩田平学長もそれを歓迎して、滋賀医科大を日本における小線源治療の拠点にする方向で動きはじめた。

ところが予想もしない横やりが入った。日本で旧来からある「村社会」が大学病院にも蔓延していたのだ。岡本医師の元上司にあたる泌尿器科・河内明宏科長が、小線源治療の専門家である岡本医師を差し置き、自らしゃしゃり出て寄付講座の主導権を握ろうとしたのである。

しかし、塩田学長らの支援が得られなかった。そこで河内科長は、独自に寄付講座とは別に小線源治療の窓口を設けて、泌尿器科独自の小線源治療を計画したのだ。とはいえ小線源治療の経験はなかった。それを知らないままこの別窓口に誘導された患者は20名を超えた。

患者の中には、岡本医師を頼って滋賀医科大までやってきたのに、何を知らずに河内科長が設けた別の窓口に引きずり込まれた人もいた。

河内科長が最初の小線源治療を行うように命じたのは、部下の成田充弘准教授だった。この医師も小線源治療は未経験だった。成田准教授は、岡本医師に、

「術中患者が苦しみだしたら助けてくれ」 

と、岡本医師に要求した。

岡本医師は、塩田学長に対して患者をモルモットにした治療計画そのものを中止するように告げた。松末吉隆病院長に対しても患者に対する重大な人権侵害であるとして計画中止を進言した。

ところが、岡本医師は思わぬ報復を受ける。病院が寄付講座を2019年末で閉鎖する方向で動きはじめたのだ。泌尿器科による不正行為が公になることを恐れ、病院の幹部は、岡本医師さえ追放してしまえばそれを隠蔽できると考えたらしい。そして寄付講座を閉鎖すると宣言したのだ。治療は閉鎖の半年前に打ち切ると告知した。岡本医師は寄付講座の特任教授だったので、講座の閉鎖と共に除籍になる。大学病院を去らなければならない。

この緊急事態に対して 待機患者らが患者会の支援を受け、治療の実施期間を延長するように求めて裁判所に仮処分の申し立てた。大津市内や草津市内で200名にも及ぶ人員を動員して街宣活動も展開した。

幸いに大津地裁は、大学病院による治療妨害を禁止する命令を下した。治療の実施期間を5カ月間、延長するように命じた。しかし、それでも治療が受けられない待機患者が発生してしまった。

仮処分命令が認められた直後の待機患者、大津地裁前

◆内弁慶がはびこる日本社会の縮図

滋賀医科大の寄付講座が閉鎖された後、岡本医師の進退が注目されていたが、宇治病院へ移籍した。それから小線源治療のインフラを整え、スタッフを招聘して訓練し、岡本医師はこの8月に治療の再開にこぎつけたのである。

わたしがこの事件を取材したのは、寄付講座の最後の年、2019年に入ってからである。取材を通じて、過去に滋賀医科大病院が優秀な心臓外科医を追放したことがあるのを知った。この病院は、優秀な人材を活用できない。

その背景に前近代的な「村社会」の存在が垣間見える。内弁慶がはびこる日本社会の縮図が現れている。患者の生命がかかっていても、この体質は変わらない。

事件には始まりがあり終わりがある。そして終わりは、新たな始まりでもある。今後、岡本医師と患者会が、滋賀医科大事件の「戦後処理」をどう進めるかに注目したい。

※この事件の詳細は、『名医の追放』(緑風出版)に詳しい。http://www.ryokufu.com/isbn978-4-8461-1918-8n.html

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

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ふだんテレビをほとんど観ない私だが、たまには強くお薦めしたい番組がある。たとえば10月21日(木)20:00~21:54に放映予定のフジテレビ『奇跡体験!アンビリバボー』だ。

スペシャル版でいくつかのテーマが取り上げられるが、そのひとつが「築地市場国賠事件」である。

2007年10月、新宿区内ですし店を経営する二本松進氏(当時59歳)が築地市場で仕入れを終えて帰ろうとしたときに築地警察書の警察官に絡まれた挙句、公務執行妨害罪で現行犯逮捕されてしまった事件を同番組で取り上げる。

 

林克明『不当逮捕 築地警察交通取締りの罠』(同時代社刊)

二本松氏が築地市場内で買い物中、妻が乗用車に乗ったまま路上で待っていた。当時の築地市場周辺の道路は、仕入れの車が並列駐車するのは当たり前で、そうしなければ仕入れ作業が成り立たないために暗黙の了解で駐停車が認められていた。

仕入れを終えて車に戻った二本松氏が乗車しやすいように、妻がエンジンをかけてハンドルを右に切って動き出そうとした瞬間、警察官が車の前に仁王立ちになり、「法定(駐車)禁止エリアだ」とひとこと言った。

これをきっかけに、警察官と言い争いになり、警察官は「暴行、暴行、暴行を受けています」と緊急通報。まもなく警察車両が複数現場に到着し、二本松氏を後ろ手にして手錠をはめ、公務執行妨害の現行犯として逮捕してしまったのである。

交通違反(偽装だが)を巡る言い争いなのだから、連れていかれるとしても本来は交通課のはずだが、連行された先は組織犯罪を扱う部署だった。ここで19日間勾留され、不起訴になった。不起訴といっても「起訴猶予処分」であり、前歴がつく。

納得しなかった二本松夫妻は国賠訴訟を起こし、東京高裁の勝利判決(確定判決)まで、事件発生から9年1か月を要したた。その一部始終を描いたのが拙著『不当逮捕 築地警察交通取締りの罠』(同時代社刊)である。

警察相手の国賠訴訟で勝利した稀な事例といえよう。

◆NHK『逆転人生』やテレビ東京『0.1%の奇跡!逆転無罪ミステリー』でも放映

実は、過去にもこの事件はテレビ番組でいくつか取り上げられた。通常、政治問題や社会問題がテレビで放映されるときに私が危惧することがある。ひとつは、オリジナルの記事や書籍が権力を批判する内容だった場合、かなり薄められる恐れがあること。二つ目には、膨大な視聴者のために「面白おかし過ぎる」構成になること。三つ目には、分かりやすさを追求するあまり、話を単純化して詳細な事実関係がうやむやになること。

もちろん、面白くて興味深く分かりやすい番組にするのは大切だとはいえ、以上の三つを心配していた。結果、この「NHK逆転人生」は、きわめて正確だったので驚いた。しかも、かなり細かく複雑な話を分かりやすい流れにし、見ていて面白かった。

翌2020年3月に放映されたテレビ東京『0.1%の奇跡!逆転無罪ミステリー』は、前者よりエンターテイメント性は高かったが、これまた実態からずれるような内容ではなく、もちろん正確であった。このような経過があるため、10月21日(木)20時から放送予定のフジテレビ『奇跡体験! アンビリバボー』にも、かすかな期待を寄せているのだ。

◆なぜ3回もテレビに取り上げられるのか

交通取締りをめぐって車の所有者が逮捕された、言ってみれば歴史上の冤罪事件にくらべれば「地味」な事件が、なぜ3度もテレビ番組の題材になるのだろうか。

まず、二本松夫妻が国賠訴訟で完全勝利していることがあげられる。判決内容では、警察官の証言はまったく認められなかった。言い換えれば、警察官の証言もその供述調書も嘘だといわんばかりの明解な認定だったのである。また、殺人事件や強盗事件など重罪だと制作側も被害者も視聴者にも「重く」のしかかる。それにくらべ交通違反(駐車禁止)にまつわる事件だから、第三者にとっては気が楽(被害者にはとっては重大)だということもある。また、ドライバーや車の所有者にとって「明日は我が身」という身近な点も重要だろう。

さらに重要なのは、この事件は「起訴猶予」という実質有罪処分を受けた冤罪被害者が国賠訴訟で勝利した戦後初の事件の可能性があることだ。ふつうは起訴か不起訴に二分される。しかし不起訴といっても、「嫌疑なし」,「嫌疑不十分」,「起訴猶予」の3種類に分類されている。二本松氏は「起訴猶予」処分だった。

「起訴猶予」とは、有罪の証明が可能でも,被疑者の境遇や犯罪の軽重などを鑑みて検察官の裁量によって不起訴とするもの。ひらたく言えば「有罪だけど、立件して裁判所にもっていうほどでもない」ということである。起訴はされなかったものの、検察段階の有罪処分にされた者が国賠訴訟に勝ったのだ。

では、明白に無罪判決が出た冤罪被害者が国賠訴訟を起こした場合はどうか。最近では今年8月27、「布川事件」の冤罪被害者・桜井昌司氏(74歳)が提起した国賠訴訟で東京高裁は原告勝利判決を下し、9月10日には確定した。

茨城県利根町布川(ふかわ)で1967年に起きた強盗殺人事件で桜井氏は無期懲役が確定し29年間収監され、再審の結果、2011年に無罪となった。2012年、その被害者たる桜井氏が冤罪の責任追及のため国と茨城県を訴えた。そのときから9年もたってようやっと国による賠償が認められたのである。

若い時に逮捕されて29年間も収監され、釈放から15年(逮捕から34年)も経った2011年に再審で無罪確定。その翌年に国賠訴訟を起こして9年。事件発生から実に54年間を擁して国家賠償が確定した。

無罪判決が確定した冤罪被害者の国賠訴訟がこのありさまだった。それに比べ二本松氏の場合、起訴猶予という実質有罪処分で国家賠償請求訴訟(訴訟提起から7年)に勝利したのはめずらしい。

そんなことを思い浮かべながら、10月21日(木)フジテレビ『奇跡体験! アンビリバボー』を観ていただければと思う。

▼林 克明(はやし まさあき)
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

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2018年7月27日19時、怒りに燃えた5千人の群衆が、永田町の自民党本部前に集結した。

ただし、5千人というのはあくまでも主催者発表であり、実際に現場に見物に行ったあるゲイは、証言した。

「あんな狭いスペースに5千人も集まれるわけないじゃない! 千人もいなかったわよ。せいぜい数百人がいいところね」

――主催者発表、ずいぶんと人数を盛ったものである。

事の発端は、自民党の杉田水脈衆議院議員が雑誌「新潮45」8月号(7月18日発売)に寄稿した論考「『LGBT』支援の度が過ぎる」で、同性愛者を「生産性がない」と表現したことだった。それに憤った人々が、抗議のために自民党本部前に集まったのだ。

しかし、それだけでは、あんな騒ぎにはならなかったはずだ。

当時、「新潮45」の実売数は1万部前後であったと聞く。なのに、抗議デモに5千人(主催者発表)も集まるか?

デモに参加した方たちに問いたい! あなたたちの中に、過去に「新潮45」を一度でも購入したことがある人は、一体、何人いる? 自慢ではないが、私は一度もない!……すみません。

これは、ほとんど世間では知られてはいないことだが、実は立憲民主党のレズビアン衆議院議員・尾辻かな子氏がツイッターで煽ったのが、あの騒ぎの直接の原因だったのである。

ツイートの文面は次の通り。

杉田水脈自民党衆議院議員の雑誌「新潮45」への記事。LGBTのカップルは生産性がないので税金を投入することの是非があると。LGBTも納税者であることは指摘しておきたい。当たり前のことだが、すべての人は生きていること、その事自体に価値がある。

実はかなり意図的な要約である尾辻かな子氏のツイート

まーた、立憲民主党かーいっ!

しばき隊/ANTIFA/カウンター界隈主催のデモやイベントに参加した過去がある有田芳生参議院議員、石川大我参議院議員、ひわき岳杉並区議らが所属する、立憲民主党である。

有田先生、レイシストをしぱきたい方々とパチリ

デモに参加する石川大我氏の背後にはANTIFAの旗

誇らしげにANTIFAデモ参加動画をツイートするひわき岳氏

親しい運動仲間であることがうかがえる平野氏と野間氏のやりとり

そして、尾辻議員のツイートに続き、しばき隊の母体である反原発団体・首都圏反原発連合(反原連)のゲイ活動家・平野太一氏と、C.R.A.C.(旧レイシストをしばき隊)代表の野間易通氏が、ツイッターで次のようなやりとりをしていたこともまた、世間ではほとんど知られていない。

野間氏「TRP方面の人さそってデモもやらない? 杉田名指しの」

平野氏「どんどんやりましょう!」

TRPとは、連載第1回でも言及した日本最大のLGBTイベント・東京レインボープライド(TOKYO RAINBOW PRIDE)の略称だ。

ここ2年は新型コロナ流行の影響で、オンラインでの開催だったが、2019年には、パレード参加者が初めて1万人を超え、2日間のイベントの総動員数は約20万人にもなった。

平野氏は「しばきマインド」がギュッと濃縮された次のような暴言ツイートでデモを呼びかけた。

「主催はないデモ」を呼びかける平野太一氏

「差別しか能のないゴミ議員を俺らの税金で食わすな。議員辞職しろと自民党本部に抗議しましょう。」

「27日(金)19時~自民党本部前。」

「各々でお好きに広めちゃってください。」

「主催はないので #0727杉田水脈の議員辞職を求める自民党本部前抗議 とかまあなんとかそんな感じで適当に広めてください。」

え? 「主催はない」?

後に「主催者発表で5千人」と報道されたデモなのに、主催はない?

小学生でも理解できる矛盾ではありませんか?

中学生ぐらいになれば「あんたがデモを呼びかけてるのに、なんで当のあんたが『主催はない』なんて言ってるの?」ぐらいのツッコミは入れられるだろう。

うーん……。デモを呼びかける一方で「主催はない」と自ら断言――これって、「抗議のために市民が自発的に集まった」という体裁にしたいからですよね? ぶっちゃけ、無責任すぎやしませんか?

だいたい、このデモ、許可申請書を警察に提出しているのですか? 提出しているのなら、平野さん、あなたが主催ですよね?

反対に、届け出をしてないのに警察にお目こぼしされているのなら、それ、以前から一部の良心的左翼が指摘してきたように、しばき隊界隈が実は体制側とつながっている証左ではないのですか? どうなのですか?

それに「差別しか能のないゴミ議員を俺らの税金で食わすな」ですって?

お下品ですこと!

こんなツイートを見たら、普通の感覚なら「このデモ、やべぇやつだ!」と気づくというものです。

しかし、東京レインボープライド公式アカウントは次のようなツイートでデモを呼びかけたのである。

しばき隊との共闘を呼びかける東京レインボープライド(TRP)

杉田水脈衆議院議員(自民党)が『新潮45』に寄稿した論考「『LGBT』支援の度が過ぎる」に対し、7月27日に自民党本部前で実施される抗議活動に連帯し、東京レインボープライドも参加します。共に抗議の声をあげましょう。#0727杉田水脈の議員辞職を求める自民党本部前抗議

……アホなの? 

ねえ、LGBT活動家って、アホなの?

そして、そんなにしばき隊が好きなの? 

もう、なにがあっても離れられないの?

そのデモ、明らかに地雷だよね? わからないの?

まあ、地雷というものは、わからないから踏んでしまうものではあるが。

ちなみに、その地雷、デモの真っ最中には爆発しなかった。

しかし、後に、しばき隊界隈活動家とLGBT活動家の足元でバンバン爆発することになる。

そのデモは、いわゆる「黒歴史」と化したのであった。(つづく)

 

▼森奈津子(もり・なつこ)

作家。立教大学法学部卒。90年代半ばよりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラーを執筆。『西城秀樹のおかげです』『からくりアンモラル』で日本SF大賞にノミネート。他に『姫百合たちの放課後』『耽美なわしら』『先輩と私』『スーパー乙女大戦』『夢見るレンタル・ドール』等の著書がある。
◎ツイッターID: @MORI_Natsuko https://twitter.com/MORI_Natsuko

◎LGBTの運動にも深く関わり、今では「日本のANTIFA」とも呼ばれるしばき隊/カウンター界隈について、LGBT当事者の私が語った記事(全6回)です。
今まさに!「しばき隊」から集中攻撃を受けている作家、森奈津子さんインタビュー

《関連過去記事カテゴリー》
森奈津子「LGBT活動家としばき隊の蜜月はどこまで続くぬかるみぞ」

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』11月号!

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

◆立嶋篤史の側近

小林利典(1967年3月、千葉県船橋市出身)は、目立った戦歴は無いが、スロースターターで、圧倒的に押されながら巻き返し、粘り強さで逆転KOに導いた試合もある、長丁場で実力を発揮するタイプのフライ級からバンタム級で戦ったキックボクサーだった。

立嶋篤史のセコンドに着く小林利典(右)(1991年10月26日)

また立嶋篤史のセコンドとして静かな注目を浴び、引退後はレフェリーを長く務めている。

習志野ジムで小林利典の後輩だった立嶋篤史は1990年代のカリスマで、余暇と試合に向けたトレーニングに入った時のメリハリが強く、部外者が接することはなかなか難しい空気が漂った。控室などは特にそんな空気が凍り付く場である。そこに常に居たのが小林利典やタイから来たトレーナーのアルンサック達だった。

ビザ期限が迫った際のアルンサックからは「俺が居ないときはお前がアツシを支えろよ!」と言われていたという小林利典はプレッシャーもあっただろう。

しかしその反面、立嶋篤史が、「セコンドの小林さんの方がモテて、ファンレターとか来るんですよ!」と言うようなホッコリする話題も多い。

◆目立たぬ新人時代

小林利典は1983年(昭和58年)秋、習志野ジム入門。閑散とした選手層の薄い時代に、このジムに居たのはベテランの弾正勝、葛城昇。他、記憶に残るほどの練習生は居なかったという。

デビュー戦は早く1984年3月31日、千葉公園体育館で村田史郎(千葉)に判定負け。

同年8月19日には、全日本マーシャルアーツ連盟興行でのプロ空手ルールで佐伯一馬(AKI)に判定負け。現在の活気ある時代とは事情が違うが、ややルールの違う競技に赴いてでも試合の機会を増やしたい時代であった。

閑散とした時代のデビュー戦同士は判定負け(1984年3月31日)

やがてキックボクシング界は最低迷期を脱し、定期興行が安定する時代に移ったが、それでも試合出場チャンスは少なく、先輩のチャンピオン、葛城昇氏から「タイは若いうちに行け!」と言われたことは、多くの選手が言われた“本場修行の勧め”であった。

1989年(平成元年)4月、初のタイ修行に向かった先は、日本と馴染み深いチャイバダンジム。日本人にとって比較的過ごし易いジムだが、日本では味わえない雑魚寝の宿舎では度々争いごとにも遭遇。でも競技人口多いタイでは試合はすぐに組まれ、日々の練習と共に不便な環境でも充実した経験に繋がっていた。

タイで最初の試合はランシットスタジアムで判定負け(1989年4月 提供:小林利典)

◆大抜擢は貴重な経験

周囲から見て小林利典の戦歴で印象的なのは1994年10月18日、東北部のメコン河に近いノンカイで行われた国際的ビッグマッチ。日本からは伊達秀騎(格闘群雄伝No.11)と、小林利典が出場。前夜にバンコクからバスでノンカイに向かい、朝9時に到着したホテルのレストランでは隣のテーブルに対戦相手のソムデート・M16が居た。小林は小声で「殺さないでね!」とは冗談で笑わせていたが、内心は本音でもあっただろう。

この経緯は、我々と馴染み深いゲオサムリットジムのアナン会長が試合10日程前に、当時はジッティージムで練習していた小林利典を訪ね、ビッグマッチ出場を依頼。日本vsタイ戦として予定していた日本選手が出られなくなり、どうしても日本人が必要で、断り切れずに受けて立った小林利典。後々アナン氏のジムに居たソムチャーイ高津(格闘群雄伝No.7)から、相手がソムデートだと知ることになる。

当時、ルンピニースタジアム・フライ級2位で、倒しに掛かる強さだけでなく、派手なパフォーマンスで賑わせていた人気者だった。実質、日本の3回戦vsムエタイランカーの試合。

小林利典が対戦相手を知ったことを察したアナン氏は「逃げないでね!」と念を押すが、小林は“やってやろう”という特攻精神が強く働き、置かれた日本代表の立場から逃げる気など全く無かった。

ソムデートに終始攻められたが、貴重な経験となった(1994年10月18日)

国歌斉唱は選手二人で歌った異例の事態(1994年10月18日)

しかし、戦ってみれば全く格の違いを見せつけられた展開。ソムデートはアグレッシブな態勢で蹴り合えばスピードも違った。脇を広げ、ワザと蹴らせる余裕も見せたソムデート。インターバルでは「オーレー・オレオレオレ~♪」と観客に向かって歌い出す余裕のパフォーマンス。

完全に翻弄され続けるも、アナン氏は心折れない小林を、第3ラウンドも「よし行け!」と尻を叩いて行かせた。結果はパンチで防戦一方となったところでレフェリーストップ。惨敗ではあったが持つ技全て出し切り勇敢に戦い、多くの観衆が小林を拍手で称えていた。

「ソムデートはローキックが重く、絶対的な差を感じました。試合で怖いと思ったことはなかったですが、ソムデート戦は初めて怖いと思いました!」という感想。
この試合はタイ全土に生中継された一つで、IMF世界タイトルマッチだったが、それを知らされないままノンカイに向かう途中のバスの中で、日本国歌独唱を命ぜられてしまい、伊達秀騎と二人で斉唱となった。「小林さんの歌の上手さに驚きました!」という伊達秀騎。

小林は「高校の頃、校訓に“国を愛し、郷土を愛し、親を敬う”とあった為、国歌と校歌はしっかり歌わされてたので緊張はなかったです!」と、ソムデート戦を前に群衆の前で歌うことなど全く苦ではなかっただろう。

翌日のビエンチャン観光、ソムデートとツーショット(1994年10月19日)

タイでの試合も風格が増してきた小林利典(1995年3月24日)

◆キックからは離れられない人生

小林利典はタイでは10戦程経験し、1995年5月18日、タイ・ローイエット県での試合をしぶとさ発揮で判定勝利し現役引退したが、その後トレーナーとなることはなかった。

性格的に優しく、強い言葉で檄を飛ばすタイプではないが、選手に掛けるアドバイスは情熱が厚い。そこに信頼関係が生まれることは他のジムの選手に対しても多かっただろう。

日本では他所のジム同士であっても、タイではチームとなって行動することが多かった国際戦シリーズ。

「一緒に出場した戦友のような感じ、小林さんは漢気ある人です!」と言う伊達秀騎。

同時期にタイでも活躍した、ソムチャーイ高津にとっては小林さんによって選手生命を延ばしてくれた恩人だという。

自身がヒジ打ちを貰い大流血した試合で、同じ箇所に肘打ちを貰ったら命が危ないと直感し棄権TKO負け。セコンドに着いて貰った小林さんに、引退することを話したところが、

「俺はまだまだ、高津くんの試合を観たいと思ってるよ。まだまだこれからの選手だから高津くんは成長すると思うよ!」と励まされ、「この言葉を掛けられなければ、タイで勝つことも、この先の充実した現役生活も無かったと思う!」と語る。

バイヨークタワー脇の路地での興行だが、プロモーターは金持ちです(1995年3月24日)

ローキックで仕留めた、タイでの鮮やかKO勝利(1995年3月24日)

引退した翌年、MA日本キックボクシング連盟で審判員が人手不足となり、小林は先輩方に依頼されて、ジャッジ担当で一度だけの協力をしたつもりが、毎度声を掛けられてしまう。そして断り切れずに続けるうち経験値が増してベテラン域に達した。レフェリーとして25年経過。これまでの多くの経験値から、消え去るのは勿体無いと、キックボクシング界に携わるよう導びかれたような因果応報である。

プロボクシングではレフェリーは立場上、ジム関係者と親密になれない厳しさが常識的だが、コミッションの無いキックボクシング界は、昔から緩やかな傾向がある。それでも試合裁定に影響がないようにジム側と接触を避ける必要も生じ、自然と疎遠となる関係者も居たという。ソムチャーイ高津もその一人で、引退後OGUNIジムのトレーナーとなったが、現在はトレーナー業を離れて長い年月を経た高津氏。現在は小林氏とは度々親しく飲み会に誘うとか。

私(堀田)もタイで高熱を出して入院した時もたまたま小林氏が近くに居て、大阪から来た選手がタイの田舎でデビュー戦を行なう時もセコンドを買って出て、小林氏の声が耳に残るほど何かと手助けを受けたり、他の選手へのその姿を見る縁は深い。良い腐れ縁が続くのもこの業界の傾向。多くの古き関係者も、小林利典氏とは現役時代を語ること多き晩年となるだろう。

ベテランレフェリーとなって試合を裁く小林利典(2016年7月23日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』11月号!

◆異例の寄稿タイミングとそれぞれの思惑

財務省事務次官・矢野康治が『文藝春秋』11月号に論文を寄稿した、「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」が話題を提供してくれた。

むかしなら「省庁の中の省庁」の旧大蔵省の事務次官、霞が関の最高ポストである。公職中の公職者が、在任中に寄稿するのは異例のことだ。

この異例の寄稿の裏には、麻生太郎の岸田政権への直撃異見、および政権が直面する総選挙への牽制があるとされる。この寄稿に、リフレ派の安倍晋三と高市早苗が猛反発するのも、おそらく織り込みずみであっただろう。だが、その政局的な思惑はどうでもいい。

財務省(旧大蔵官僚人脈)=古典経済学派、経済産業省(旧経済企画庁・通産省)=ケインジアンという構造が、いまだに残っていることをこの寄稿および、それへの反発(経産官僚を背景にした安倍・高市ライン)が鮮明にしたといえよう。未読の方のために、矢野の粗雑な論攷を紹介しておこう。

「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います」

「数十兆円もの大規模な経済対策が謳われ、一方では、財政収支黒字化の凍結が訴えられ、さらには消費税率の引き下げまでが提案されている。まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのような話ばかりが聞こえてきます」

与野党ともに、国民生活が窮乏化するおり、生活保障のために交付金を選挙公約に掲げていることへの「警鐘」であろう。

◆矢野は10年前にも同じ論理で経済破綻を提言していた

だが敢えて言うが、矢野の杞憂とはまったく無関係に、国庫には「無尽蔵にお金がある」のだ。なぜならば、貨幣は資源ではなく加工品だからだ。しかも日本の紙幣(日銀券)は「正貨(金銀貨幣)」と交換できない不換紙幣であり、単なる印刷物なのだ。まったく心配ない、造幣局がなくならない限りは。

「今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです。タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんでしたが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいています。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいるのです」

上記の比喩に用いられている「タイタニック」は、いうまでもなく「ハイパー・インフレ」である。だが、ハイパー・インフレで国民経済が破綻すると、はたして言えるのだろうか。矢野は10年前にも同じ論理で経済破綻を提言しているが、それいらい事態は変わっていないではないか。いや、財政破綻によるハイパー・インフレの到来は、25年以上も前から「警鐘」を鳴らされてきたのではなかったか。

財政が破綻するという意味では、国家財政は1000兆円をこえる「借金」で、すでに破綻している。国債の発行過多によって国債の利率が低下し、短期金利の低減のいっぽうで、長期金利が高騰すると考えられている。

そこから、カネの動きが金融機関から不動産に移行し、不動産インフレを生じさせる。好況によるバブルではなく、不況による不動産バブルが発生するというのだ。そこで相対的に金融機関の信用が低下し、金融機関それ自身も貸し渋り傾向となる。

いっぽう、国債金利の低減が円安をまねき、海外資本および投資の海外逃避・輸入農産物の価格高騰、資材の高騰をまねくというものだ。

◆現実にはならなかったハイパー・インフレ

これらはしかし、25年前から言われていたことであって、この四半世紀の史実は、ぎゃくにデフレ・スパイラルという過剰生産を背景にした、低価格競争による不況だった。業界参入の枠を破壊した、規制緩和という新自由主義経済の跋扈がそこにあった。

産業界の枠組みはともかく、労働市場にまで規制緩和を持ち込んだことで、国民の階層化・購買力の低減(消費の低減)、すなわち消費不況を招いてしまったのだ。

これらは経済の実体を生産力と見間違い、消費を軽視した経済音痴の政策が招いたものと指弾せざるをえない。このかんのパンデミックで、外食産業や観光産業という、国民の消費の柱こそが経済の大黒柱であることに、ようやく気付いたのが「分配の必要」なのである。

国債がいくら増えても、日銀がオペレーション買いで引き受けるかぎり、いや発行者が買い支え続けるかぎり、国債という紙切れは円という紙切れに変わって、市中に出回る。問題は国民に「分配」されて、消費に回るかどうかなのだ。

もっと単純に、おカネを際限なく刷ればカネが余って、やがてはハイパー・インフレになる。最後は国家財政が破綻して国民経済が崩壊する。と、純粋に考える人もいるかもしれない。

だが、国家財政が破綻しても、あるいは国民経済が崩壊しても、国民は生き残るのだ。

ハイパー・インフレと呼ばれるものが、物不足・食糧不足によるものであるのは、歴史が教えているところだ。かりに国家財政が破綻しても、それは戦間期ドイツや革命後のロシア、戦後の日本が体験していることだが、物資さえあれば国民は生き残るのだ。

単に生き残ったばかりではない、戦間期ドイツは戦争賠償金にこそ苦しんだが、鉄鋼資本を中心に戦後復興が軍事大国化へとつながった。革命ロシアも列強の干渉と内戦に苦しんだ(戦時共産主義)ものの、スターリン革命という大増産運動で革命後の復興をはたし、戦後は米ソ超大国という冷戦時代に耐えるまで国力を回復した。日本の戦後復興のめざましさは、いうまでもないだろう。韓国の朝鮮戦争後の復興も、20世紀最後の奇跡とも呼ばれたものだ。

ひるがえって現在の日本に、物資不足・食糧不足が現実のものとしてあるだろうか。たしかに貧困から孤独な餓死者が出ているが、国民の大半はダイエットのためにカネを使っているのが現実なのだ。

百歩ゆずって、輸入原材料の高騰から物価が現在の100倍や1000倍になったところで、デノミを行なえば何ということはない。本物の物資不足が訪れるとすれば、矢野の危惧とはまったく関係のない、地球温暖化による干ばつや海産物の枯渇であろう。

そのときにこそ、貨幣経済が崩壊して農本主義が復活するかもしれない。これはある意味、市民農園で野菜を自給している、わたしの個人的な願望でもある。その願望はしかし、なかなか現実のものにはならないと予告しておこう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』11月号!

大阪市西成区のJR新今宮駅から南へ走る南海電鉄本線の高架下に入る「西成労働福祉センター」仮庁舎の周辺には、春からたくさんのプランターが並べられた。しかし、私が見る限り、8月から写真を撮った10月現在まで、花はずっと枯れたままだ。何故、花が枯れたプランターが追われ続けるのか? プランターが置かれる前、そこには野宿する人たちがいたからだ。

[右写真]南海電鉄高架下のセンター仮庁舎周辺に置かれた花の枯れたプランター。左の緑は勝手に生えた雑草 [左写真]別のプランター。枯れた花さえない

◆長年続く生活保護バッシング

DAIGO氏というメンタリストが、8月、自身の動画サイトで「ホームレスの命はどうでもいい……どちらかというとホームレスっていない方が良くない? 正直、邪魔だし、プラスにならないしさ、臭いし、治安悪くなるしさ、いない方がいいじゃん」などと発言し炎上した。

しかし、彼が発したような差別発言を、私たちはこれまでも散々見聞きしてきた。過去には、親が生活保護を受けていた件で、お笑いタレントが「親の面倒をみないのか」とバッシングされた。先頭にたったのは自民党の片山さつき議員、世耕弘成議員らだった。

片山議員は「生活保護は生きるか死ぬかの人がもらうもの」などとも発言していた。さらに、2016年NHKの番組に端を発した「貧困女子高生バッシング騒動」にも加担、先輩議員に続けとばかりに、杉田水脈議員も「『誰が何と言おうと僕(私)は貧困なんだ』『僕(私)の貧困を税金で何とかしろ!』とデモで叫ぶ若者を見ていて不安に思うのは私だけでしょうか?」とブログに書いた。

また、先の自民党総裁選に出馬した高市早苗議員は、過去に「さもしい顔をして、(生活保護費を)もらえるのはもらおうと、そんな国民ばかりいたら、日本が滅びる」と発言したいたことが問題視された。指摘に対して高市議員は、発言は、生活保護者の不正受給が急増した民主党時代に、どうしたら良いか討議する過程で発言したものと述べた。

生活保護者が増えれば不正受給数が増えるのは当然だが、日本の場合、生活保護受給者全体に占める不正率はわずか0.45%でしかない。メディアで「極悪人」のように取り上げられる、豪邸に住み外車を乗り回すなどの例はまれで、多くは子供のバイト代や臨時収入を申告しなかった、申告する義務すら知らなかった人もいた。しかし、それよりも問題なのは、生活保護を本来受けられるはずの人が受けられていない割合、生活保護の捕捉率が22.9%と、諸外国に比べ極めて低いことだ。

◆じんわり差別を助長させ、困窮者を排除する思想

 

JR新今宮駅北側。絵画が貼られる前、大勢の野宿者が生活していた

生活保護者や野宿者を、「私たちの税金で生活する人」「社会に役にたたない人」と差別したり社会から排除しようとする人たちは、先のDAIGO氏や自民党議員のように、露骨な差別的思想を持つ人ばかりではない。「善意」「や「社会のために」と思って行動したつもりが、その延長線上で生活保護者や野宿者が苦しめるとは思いもよらず、差別、排除に加担してしまう人たちもいる。

先の花の枯れたままのプランターを置き続ける人たちもそうだし、同じく新今宮駅北側で野宿者のテントなどを締め出すために、無邪気な子供たちの絵画を並べるのもそうだ。「町をきれいに!」の掛け声で、結果、野宿者を締め出し、「間接的に死に追いやる効果」(稲葉剛氏)をもたらしているのだ。

話はそれるが、政府の政策を進めるために、人々の善意を利用する手法は、福島の汚染がれきの広域焼却でも利用された。「被災地の人だけに押し付けるのは気の毒だ」「みんなでがれきを受け取ろう」と。

最近では、増え続ける福島第一原発内の汚染水を「ペットボトル1本でもよいから、海洋放出水をみなで分かち合うセレモニーができないか」と訴えるジャーナリストまで出てきた。いずれも、一か所に集中して管理すべき放射性物質を広域に拡散させ、放射能による健康被害を隠ぺいする、極めて犯罪的な行為だ。

 

先の絵画の貼ってある場所から道を挟んで反対側に建設中の星野リゾート

◆誰のための「住みよい町づくり」か?

良いことをやっている感を演出して、じわじわ野宿者を締め出す施策が、釜ヶ崎では、大阪維新の「西成特区構想」の進行とともに強化されている。西成区「あいりんクリーン推進協議会」主催で、西成警察署が主導し、町内会、ドヤ主、地元議員らが、市民が共に行う「クリーンロードキャンペーン」などもそうだ。

「きれいで住みよい町に」を掲げながら地区内をパレードし、最終地点の三角公園で、参加者にお茶やタオル、下着などを配布する。経済的に苦しい生活保護者や野宿者もそれらを目当てに参加する。それらを目当てに参加する人も多い。

一度、その場面に出くわしたことがある。労働者は三列に並ばされ、先頭を若い警官が棒で仕切り、3人づつ配布場所に進ませる。我先にとフライングしてしまう労働者に「3人づつ言うたやろう!」と怒鳴る若い警官。「町をきれいに!」という掛け声が、野宿を余儀なくされ、そのためにそう綺麗ではない身なりの人たちにどう聞こえるのだろうか? それがいつも気になるのだが……。

◆維新の町づくりの根っこにある差別

西成特区構想の最大の目玉「あいりん総合センター」の解体と、そのための野宿者の強制排除は、係争中のため実行されてはいない。しかし、野宿者排除は確実に進行している。西成特区構想、まちづくりを進める人たちは、「ジェントリフィケーションがおこらないように」「誰も排除されないように」と主張するが、とっくに排除は始まっている。

大阪維新が極めて差別的な思想の持ち主であることは、多くの維新議員の発言からも明らかだ。選挙の際、橋下自身は釜ケ崎では宣伝カーを降りなかったし、選挙に出馬した稲垣浩氏に維新関係者は「汚れ!あっち行け!」と暴言を吐いた。

その大阪維新と西成のまちづくりを進めようと、維新の特別顧問として、約4年「まちづくり会議」の座長を務めた鈴木亘学習院大学教授も酷かった。鈴木氏は、専門の経済用語を用い、野宿者を「外部不経済」と表現した。

「外部不経済」とは何か、なぜ野宿者がそう呼ばれるか、少し長いが鈴木氏の著書「経済学者 日本の最貧困地域に挑む」(2016年10月出版)から引用する。

「たとえホームレスが好きで野宿生活をしていたとしても、直接的には関係のない第三者に迷惑がかかるのであれば、そのときには行政介入が行われるべきである。第三者に悪影響をおよぼす場合を「外部不経済」、よい影響を与える場合を「外部経済」という。では実際に、ホームレスはどのような外部不経済をもたらすのだろうか。
第1に、公園や道路などの公共空間を占拠することにより、第三者が使用できなくなる。
第2に、結核などの感染症が蔓延し第三者に広がる。
第3に、周辺環境が悪化し地価や賃貸料が下がる。
第4に、路上生活にともなって健康悪化が進むと、最終的に重篤患者となり生活保護から高額の医療が支払われる。
第5に、ホームレスをみると通行人が気の毒に思って不幸な気分になる(これも立派な外部不経済である)。したがって、これらの外部性を解消する範囲内で行政介入が正当化されうる。」
 
メディアでの露出も多い著名な経済学者が、「ホームレスを見ると通行人が気の毒に思って不幸な気分になる」とは、DAIGO氏以上に大問題ではないか。反差別、反権力を標榜しながら、大阪維新や鈴木亘氏に忖度し、野宿者、生活保護者をじんわり差別する人たちも結構見かける。警察に弾圧される露店商を、(そんな「悪いこと」するのは)「生活保護者じゃないか」と言ったり、仲間が生活保護者と知るや「まだ若いくせに」「アウトやな」などと叩く人たちだ。

後ろに手を組む作業服姿の警官に厳しく規制されるパレード参加者

そういう私自身、数年前、真夏に日傘をさす男性に「男のくせに」と感じたことがあり、とっさに、男性だって熱中症や日焼けしたくないのは当たり前だと多いに反省させられた。反差別、反権力、弱者に優しく、誰も排除しない……口でいうのは簡単だが、それらを一歩前に進めるためには、日々、自身の態度を検証していきたい。

「反差別」「反権力」を叫んでいるだけでは何も変わらないが、まもなく始まる選挙では、なぜ野宿者、生活保護者にならざるをえない人が減らないのか、日本という国で、どういう政治が行われているのかを見ていきたい!

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』11月号!

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岸田首相は、2021年10月14日に衆議院を解散し、19日公示、31日投開票という日程で選挙をおこなうことを表明した。筆者は全国にあまたある「保守王国」の1つである千葉県内の田舎に移住し、この間、地元の政治に対する様子を「観察」してきた。

◆地方の「保守王国」のリアル

田舎は政治にも疎いと考える人もいるかもしれないが、むしろ何か問題などがあれば市民はすぐに役所に駆け込み、つながりがあれば政治家を頼る。日頃から政治家とつながっておくことが必要だと考える人もいる。

すべての地方が同様かは不明だが、たとえば農家、特に慣行農業(農薬や肥料を一般的な方法で使用する農業)に携わり、JA(農協)に所属する農家の多くは、自民党支持。連合同様、近年は農家の「自主投票」への転換や野党支持の動きも全国に見られるが、やはり日常的な相談先となり、市町村から県へと世話になっていれば、自民党や公明党のポスターを目立つところに貼る家庭もある。これは、農政や社会の問題に関し、愚痴を言うような人でも変わらない。

いっぽう筆者の暮らすエリアでは、漁業や半農半漁のエリアは分かれ、多くは自民党支持だが、一部共産党支持も見られる。これは、共産党のアピールもあり、またおそらく東日本大震災以降に注目された原発政策の問題など、さまざまなことが影響しているだろう。

さらに、創価学会員が比較的多いエリアもあり、選挙前に連絡を受けた知人もいる。筆者に連絡が来ないのは、「極左」をアピールしているためかもしれない(笑)。このようなエリアでは、神社関係の区費の支払いは選択制だったりする。

そして、やはり日常的に地域に根づいた活動のない政党や候補者に票が集まりにくいことは確かだろう。

◆野党共闘なくして政権交代なし

予想としては、熊谷知事が支持を表明していてポスターが出まわっている立民、代々強い自民、詳細不明の共産。つまり、野党共闘がうまくいかない可能性も高い。地方でも都心でも、実際にはまたこのようなエリアが多くなるのではないか。野党を勝たせるなら立民、野党支持者の本音の半分は共産寄り。

票が割れないようにしてほしいところなのだが、山本太郎氏が東京8区から立候補すると発表したことで、すでに世論は割れた。東京8区といえば辻村千尋氏に石原伸晃氏との一騎打ちをしかけてほしいと個人的に考えていた筆者は、複雑な心境に。また、都知事選で、山本氏に票を投じたが、宇都宮健児氏に一本化できていれば、反貧困と格差対策はもちろん、オリンピックやコロナへの対策も期待できたのではないかと、特に失職者や自殺者が増えてから考えてしまうようになったのだ。基本的には、より、そのエリアで活動を継続してきた野党政治家に任せることがよいのではないか。これは、筆者が反省したことでもある。

どこの政党でも、党首や事務局に突っ込みどころがまったくないことなどないのは同じかもしれないが、山本氏のカリスマ性に賭けるタイミングは過ぎてしまったような気がしてならない。一本化に対し、山本氏も枝野氏も互いに困惑しているという報道がなされたが、鮫島浩氏の『SAMEJIMA TIMES』によれば、「野党関係者によると、山本氏は『自らが東京8区から出馬する代わりに、れいわ候補者の大半を選挙区から撤退させる』と枝野氏に伝え、反対されなかったことを受けて『調整が整った』と判断。一方、枝野氏は『今後調整する』という認識でしかなく、党内調整が終わらないうちに山本氏が出馬表明に踏み切ったーーということのようである」とのこと。これは、立民の党員・仲間・支持者の意向を当然、枝野氏が確認したかったのではないかと想像する。

などと書いていたところ、11日の夜間になって、山本氏が東京8区出馬を断念したという報道が入ってきた。『AERA dot.(アエラドット)』は12日、「小沢グループと立憲幹部の調整不足か」と記す。立民では吉田晴美氏を野党統一候補にする方向で調整が進み、山本氏の発表に対し、強い反発が生じた。

ここで、一度入稿したこの原稿も断念しようかと考えていた筆者に対し、『デジタル鹿砦社通信』管理人のK氏から「山本太郎氏の選挙区問題、彼の迅速な決断、きちんと評価されるべきだと思います。禍(わざわい)転じて福となさねば政権交代など起こせませんから」というメッセージが届いた。なるほど、その通りだ。まさにわたしが訴えたかったことを、山本氏は実行している。そこでわたしの心が勝手に折れている場合ではない。


◎[参考動画]【東京8区から下りる理由 9:23~】山本太郎 れいわ新選組代表 神奈川県 日吉駅前 街宣(2021年10月11日)

共同通信の11日の報道によれば、山本氏は「既に出馬を予定していた立憲民主党の立候補予定者や支援者への配慮を理由に挙げ「私が降りて混乱を収束させ、野党共闘していきたい」と強調した」「『約束とは違うが、降りることで混乱のけじめを取る』と説明した」とのこと。NHKの同日の報道でも、「『私は、野党共闘を壊したいわけではない。政権をとるために、本気の共闘をスタートさせたい』と述べました」とのことだ。東京新聞も、「『迷惑をかけた立憲民主党の予定候補者と支援者に心からお詫び申し上げる』と謝罪した」と綴る。毎日新聞は、「立憲支持者らはツイッターで『地元で地道に活動を続けてきた人こそ候補者にふさわしい』『民意を無視して密室で勝手に決めている』と批判を寄せていた」とも説明している。

山本氏の言葉や態度のある種の率直さが反感を生むことはあるが、それはカリスマ性の裏返しでもあるのかもしれない。それを彼や支持者がコントロールすることで、野党共闘の実現への道は開かれる。

共産党も、共産主義に対する曖昧で要領を得ない批判をインターネット上などでも受けながら、できるだけ野党共闘を成功させるために候補者を下ろすなど、血のにじむような努力をしているようにも見える。

とにかくここまでウソと隠蔽と無視とが横行し、格差が拡大するばかりの社会で、立民・共産・社民・れいわが共闘してくれたら必ずその人を全力で応援すると考えている野党支持者も多いのではないか。実際、4党の政策や方向性は、かなり近いはずだ。連合が変わるのを待つ時間もない。そして今回も野党共闘がうまくいかなければ、また与党を勝たせ、さらに社会の状況は悪化する。

個人のこだわりや関係性、各党の都合などすべてをぐっとしまい込んでくれるなら、わたしたちもぐっとこらえて本当に支持したい個人よりも野党の代表とされた人を応援する。団体も、今回だけでも、個々の細かいことには目をつぶってほしい(共産党員に仲間を攻撃された過去のある新左翼の人なども含め……)。


◎[参考動画]福山哲郎「立憲民主党」幹事長定例会見(日仏共同テレビ局France10 2021年10月12日)

筆者も潔癖に個々を支持して票を投じてきたが、今回こそは票を生かしたい。立民と共産とで割れるなら、結局は今回も同様の経緯と結果になるのかもしれないが。そうなったら、日常から野党共闘を推し進めるためにできることをもっとしようと思う。民主主義は1人ひとりの日々の積み重ねによるものなのだから。

また特に、経済政策というよりも人々の暮らしを支えるための政策や格差是正の政策を明確に打ち出し、岸田の表面的なアピールなどとの差別化をしっかりとアピールしてほしい。

〈下=現場〉でオルタナティブを実現するには、〈上=政治〉からのよりよい・邪魔されない社会づくりも実現する必要があるのだ。

まずは地元の野党支持者同士、語らう。これを実行する予定だ。仲間の投票行動を把握し、すり合わせて、候補者が一本化できていなくても、誰に票を集中させるのかを仲間と決める。野党共闘も現場から実現しよう!

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性・オルタナティブ アクティビスト。「れいわ新選組」立ち上げ時には党員の方々に、順にインタビューを重ねたが、現在の現場からも新たな政治家をみんなで生み出したいとも考えたりする。

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自民党総裁選後、総選挙直前の発行ということもあって、政局の記事が多いかと思っていたところ、このかんの政界の激変を反映してか、慎重な記事が目立った。自民党の総裁選パフォーマンスが自民党支持を押し上げたことで、政権交代にはやや懐疑的にならざるをえないのは仕方がないであろう。そのいっぽうで、専門分野のレポーターの記事が目を惹いた。

◆継続して分析すべき、当面する課題──総選挙とコロナ対策、そして介護保険

 

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大山友樹「なりふり構わぬ公明党の宗教闘争」は、創価学会票の低減が分析されている。自公連立が22年目にはいって、議員数は伸びもせず減りもしない、その意味では固定票をもとにした政治が、ここにきて自民党の長期政権にたいする批判のあおりで、危機を迎えているという。ほかならぬ学会内の矛盾である。

そして公明党は、遠山清彦議員への貸金業者法違反疑惑という地雷を抱えている。総選挙で自民党が単独過半数を割ったときに、連立政権の根幹からヒビが入る可能性は、この事件をどう評価するのか、学会の内部事情にかかっている。

青木泰の「政権選択に求められるコロナ対策」は、10月に入ってからの激減を前に書かれたレポートだが、世代別の感染・死亡率のデータを冷静に分析し、直近の段階での分析が詳しい。このレポーターならではの専門的なレポートの継続を期待したい。

「利用者の知らぬ間に大きく変質 介護保険はなぜ崩壊するのか?」(新田進二)は、ちょっと衝撃である。気になる方は詳読されたい。

◆日大疑惑は検察VS警察の覇権抗争に発展か?

「疑惑まみれの日本大学と検察の攻防」(青山みつお)は、日大附属病院の背任事件にかかる、安倍晋三の関与をさぐっている。青山のレポートによれば、日大の闇カネが錦秋会グループ(大阪の医療法人)に流れ、そこから政治家に流れた可能性があるという。そして検察独自の動機として、黒川弘務検事長の定年延長を画策した、安倍晋三がターゲットだという。

そのいっぽうで、山口敬之(安倍官邸の御用物書き)のレイプ事件を隠ぺい(逮捕中止)した中村格が、警察庁長官に就任している。こちらは安倍の肝入りの人事ではないかと考えられる。したがって日大疑惑は、検察と警察の権力抗争という様相を呈してくる。その中村格については、西道弘(元公安・現イスラム教徒)の連載に詳しい。この筋でのうごきに注目したい。

◆麻生太郎の中東地下水脈

「疑史倭人伝」(佐藤雅彦)は「麻生太郎のイスラム国との腐れ縁」である。なんと、麻生セメント(麻生家)がイスラム国と、本業をつうじて密接な関係にあるというのだ。すなわち、フランスの多国籍セメント企業・ラファルジェの経営に参画し、麻生セメントがイスラム国と共存共栄の関係にあるという事実だ。財閥政治家の本体に、日本ではなくフランス司法当局のメスが入る可能性がある。注目したい。

◆記録されるべき事件

シリーズ「日本の冤罪」(尾崎美代子)は、築地公妨でっち上げ事件である。この事件はテレビの報道特集でも紹介され、警察の現場捜査の恣意性、トンデモない実態を国民が知る契機となった。女性警察官の虚偽通報からはじまり、検事のこれまた恣意的な自白強要(起訴猶予と引き換えの同意)であった。そして国賠訴訟へと発展し、警察の無法を満天下に示すことになる。国賠訴訟という、国民的な利益を知らしめたのも、大きな成果といえよう。こうした事例は、国民の法的権利を担保するスタンダードとして、何度も語られるべきであろう。

◆自衛隊への国民的理解を策する警備出動?

本通信でも明らかにしてきたが、東京オリンピック・パラリンピックへの自衛隊動員問題(警備出動)である。

自衛隊法違反の警備事実が指摘される「東京オリ・パラ後も続く安全・安心の国民監視体制」(足立昌勝)をお読みいただきたい。

かつて、自衛隊は平和憲法の異端児ともいうべき、戦後社会の日陰者だった。それがいつの間にか、国民的な人気職種になりつつあるという。あいかわらず人員不足は変わらないが、自分はならないまでも憧れの職業。愛すべき自衛隊というイメージが定着してきた。軍隊であることを否定しつつも、世界有数の軍事力を誇り、災害救援力では相当の力量があるという。ならば、国会をつうじた国民的な議論を、たとえば災害救助任務の拡大や警備出動の可否として、議論すべきときではないか。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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目前に迫った第49回衆院選。くしくも小選挙区制や政党交付金を軸とする現行の選挙制度ではじめて衆院選が行われてから25年になります。この現行の選挙制度は「政党本位の政治」を実現する、という触れ込みで導入されました。しかし、現実にはどうでしょうか? 政治を大きく劣化させたといわざるをえません。

さとうしゅういちは、そうした問題意識から、参院選広島再選挙においては、「小選挙区制をなくす」を「原発をやめる」「貧困をふせぐ」とともに公約の三本柱としました。

「小選挙区制廃止」を掲げた筆者の参院選広島再選挙におけるポスター

◆死票が多すぎる

小選挙区制のもとでは、議席に反映されない死票が多くなります。その結果、大きな政党への民意は過大に反映されるいっぽう、少数意見はさらに実態以上に小さく見せられます。実際に2017年衆院選で自民党は小選挙区での得票率は48.2%でしたが、議席占有率は75.4%となりました。

◆大政党の公認でなければ事実上当選が不可能

この選挙制度のもとでは大政党の公認をもらえなければ事実上当選が不可能です。ましてや無所属や政党要件のない党派(政治団体)所属では、対等な選挙運動も制度上、難しくなります。

これらはわたくし、さとうしゅういち自身、参院選広島再選挙に立候補した際に痛感しました。政見放送ひとつとっても、無所属候補は放送局収録の定型のものしか放送してもらえません。政党の公認があればオリジナルの映像ももちこめるのです。ビラも政党の公認があれば、政党がポスティングできるビラを発行できるのですが、無所属候補はできません。衆院選は参院選よりさらに無所属に厳しく、政見放送さえできません。

これだけでも凄まじいハンディキャップです。選挙になりません。さらに、その上、マスコミによる無視.軽視もくわわります。国政選挙では、よほどのタレントでもなければ政党の推薦がない無所属候補など、あまり取り上げません。

そして、政党公認候補には河井事件でも問題となった政党交付金が本部から配られます。タレントまたは、世襲などで地盤が強いかでもなければ、無所属候補は太刀打ちできません。

◆総裁に逆らえなくなった自民党議員たち

自民党の議員の場合なら自民党の公認がもらえなければまともな選挙運動にならない。結果として、自民党議員も総裁に逆らえなくなります。総裁も自民党議員たちが自分に逆らえないことの足元を見るわけです。たしかに、派閥はこれで弱くなった。そのかわり、総理.総裁の一強になってしまったのです。

小泉純一郎さんが、郵政民営化反対派にいわゆる「刺客」を送った2005年のいわゆる郵政選挙でこの流れは決定的に強くなりました。だから、安倍さん、菅さんが表舞台から降りるまで、自民党内でも安倍体制をひっくり返してやとうという人が出てこなかったのでしょう。

今回の総裁選では、4人の候補者が、安倍さん直系の高市早苗さんは別として、かつて安倍さんが率いていた政党とはおもえぬような政策も掲げておられました。しかし、裏を返せば、安倍さん、ついで菅さんが権力を投げ出した「空白」状態だから3人のリベラルな主張も可能になった、という見方もできます。

◆総裁のお気に入りであれば「悪評」克行被告でも余裕で議員に

そして、現行選挙制度の広島で明らかになった問題点は、どんなに中身がなくても、総裁のお気に入りでさえあれば誰でも議員として当選を重ねることができる、ということです。いまや夫妻で「広島の恥」と呼ばれるようになった河井克行被告人のことです。克行被告人は皮肉にも小選挙区制になった1996年、広島3区で初当選しました。

克行被告人の評判は地元では非常に悪いのです。妻の案里さん(参院選2019で当選も無効確定)のことは好きでも「克行は嫌い」という有権者をわたくしもリアルで多数存じています。ここで多くは申しませんが、週刊誌などで報道されたような問題を克行被告人が起こしていたことをリアルでご覧になっている有権者が多いのです。

しかし、それでも「自民党の公認があるから仕方なく河井」という方も多かったのです。

もし、現状が、中選挙区制のままだったらどうでしょうか? 克行被告人は実際に旧広島1区が定数4の中選挙区だった93年に立候補。次点にもならず大敗しました。今は小選挙区1区(広島市中区.東区.南区)の岸田文雄さん、同じく3区(広島市安佐南区.安佐北区.安芸高田市.山県郡)で立候補予定の公明党の斉藤鉄夫さん。そして、小選挙区2区(広島市西区や佐伯区、廿日市市など)で1996年に新進党で当選し、自民党の平口洋さんが地盤を引き継いでいる粟屋敏信さん。後に広島市長になる社会党の秋葉忠利さんが当選しました。おそらく、いま、克行被告人が中選挙区制のもとで立候補したと仮定しても、与党票は岸田さん、平口さん、斉藤さんに占められ、同じように大敗していたろうと推測されます。

比例代表制でも、都道府県別の有権者が名簿の順番を変更できるノルウェー式であれば、どうでしょうか?広島県を一つの比例区と考えれば定数は10人程度となり、自民党の獲得議席は4程度と予測されます。広島県の自民党議員7人の中で群を抜いて評判が悪い彼が4位以内になることはあり得ません。

克行被告人はそもそも、選挙を石破茂さんに応援してもらっていたのです。しかし、2012総裁選では安倍晋三さんに寝返り、以降は安倍さんに重用されました。克行被告人ほどひどくはないにせよ、安倍さんにかわいがられるだけで議員になれたと言っても過言ではない議員が、小選挙区制を軸とする現行選挙制度のもとで、全国に生まれたことは想像に難くありません。

◆野党・市民運動の共闘も「政策なき野合」と背中合わせ

野党がこうした制度の中で「共闘」を進めるのは理解できます。そうしなければ自民党に勝つ見込みはないのも事実です。しかし、一方で、「共闘」の進め方次第では、各政党が持っていた「持ち味」や「キレ」が失われます。

安倍晋三さんが総理大臣だったときは「アンチ安倍」の一点で結集というのも求心力を持ち得たでしょう。

あるいは、参院選広島再選挙のような状況なら、候補者が具体的な政策がわかる人でなくても、「金権腐敗打破」の一致点だけで自民党候補に勝てるかもしれません。しかし、安倍さんも菅さんもいない今となっては政策軸をはっきりさせないと厳しい。へたをすれば「政策なき野合」とみられかねない。

実際に「小選挙区で勝つには大手労働組合に遠慮しないといけない。」という議論がとくに広島では根強くあります。その結果として、例えば中央では9月8日に野党(立憲、共産、社民、れいわ)と市民連合が合意している「原発なき脱炭素」に後ろ向きな言動も、大手労組出身の国会議員のSNSでもみられます。

参院選広島再選挙の際も野党を応援する市民運動家も、選挙期間中、原発推進労組を基盤とする野党統一候補者(当選)に遠慮してか、「伊方原発再稼働NO」「フクシマ汚染水海洋放出NO」などの主張をネット上でも控える傾向が顕著にみられました。投票行動は戦略的にするとしても、言うべきことを言わないというのは、結局運動を弱めることになるのではないか?と懸念します。

ジレンマですが、こうしたことで、「政策をよく考えている有権者」ほど、与党にも野党にも失望し、投票率が低迷する結果になります。定数1だった参院選広島再選挙においても実はこうした現象はすでに起きており、投票率は33%という低さでした。このように、与党だけでなく、野党をも現行選挙制度が弱体化させています。

◆小選挙区制でなければもっと進む「原発なき脱炭素」

もし、昔のような中選挙区制か、比例代表制中心の選挙制度だったら、原発問題で自民党を割って出る人もいるかもしれません。ドイツのメルケルさんのように「保守で環境派.脱原発派」というスタンスもあり得るからです。

野党も安心して(?)原発推進労組系とそれ以外の大多数に割れるかもしれません。そうなると、保守系脱原発派と野党の大多数が政策ごとのパーシャル連合を組み、「原発なき脱炭素」を進めるという展開もあり得るでしょう。現状よりは市民の多数がのぞむ政策が実現する可能性が増します。

◆ジェンダー解消も阻害する小選挙区制

小選挙区制はジェンダーの解消も阻害します。ある一つの小選挙区である政党の男性の現職議員がいたとして、女性新人に交替させるのは、難しいのが現実です。しかし、比例代表制であれば、名簿にあらたに女性をのせるだけで済みます。実際に、女性議員率が高い国の多くは比例代表制中心の国です。

日本も女性議員率は14.4%と先進国最低で、中東の平均16.55%も下回っています。しかし、単純小選挙区制のアメリカもOECD平均の31.15%を下回る23.7%にとどまっています。アメリカが男女平等ではそうはいっても日本より進んでいることを加味すれば、単純小選挙区制の悪影響があるのではないしょうか?

◆「1996年体制」の打破を!

「政党本位の政治」が目標だったはずの小選挙区制を中心とする現行選挙制度。これを「1996年体制」と呼びたい。

しかし、「政策不在」で「大政党党首による権威主義」をもたらしてしまったのではないでしょうか?

克行被告のような総裁に気に入られただけで議員になれてしまう人を大量生産したのではないのか?

野党は「共闘」による政権奪取のチャンスにはあるが、「政策なき野合」と背中合わせです。

小選挙区制を廃止してあらたな選挙制度にする。そうした議論がいまこそ求められるのではないでしょうか?

ネット上では「楽しく比例制をめざす会」が立ち上がっています。

毎月、オンラインで勉強会を開催しており、全国から女性の議員らも参加しています。お待ちしております。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
◎Twitter @hiroseto https://twitter.com/hiroseto?s=20
◎facebook https://www.facebook.com/satoh.shuichi
◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

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