翌日、出社すると土方さんが昨日と同じテンションで怒鳴り散らしている。当分怒りが収まることも無いだろう。開発案件自体は既にパセフィック社の社員の手で進められているので、大きな影響はない。それでも今まで投資した額数千万円が無駄になったのだ。その金が戻ってくることもないだろう。社長は持ち去ったサーバー群の他は財産らしいものも無い。あのサーバーにも対した価値も無いだろう。
「土方サン、編集画面でフリーズするところがアリマスネ」
「んな話後にせんかい! それどころじゃないんや」
梅田さんだけはいつもの調子で話をしているので、土方さんに八つ当たりされている。中国人に空気を読め、というのは難しい話なのか。今は日本人だけど。誰だって怒りたいのは当然だが、怒りを向けるべき相手がいないのだ。上に立つ人間は下の人間にぶつける。けれど下の人間の怒りはどこへぶつければいいのか。

今後の対応を話し合うことになったが、5分で終わった。全ての業務を停止する以外にない、と意見が一致したからだ。まず、サーバーの殆どがなくなっているため、システムの大半が既に停止かシステムエラーで、WEB上からもアクセス出来ない。ITの会社は、回線のトラブルで一時的にネット接続が出来なくなるだけで、殆どすることがなくなってしまうのだ。それに通帳もないので、入出金の管理も出来ない。インターネットバンキングも今日は照会不能になっている。管理者は社長になっているので、管理者権限で規制をかけたのだろう。業務を続けようがない。カラの口座を見ても仕方ないけれど。

昨日ほどではないが、うるさく鳴る電話の対応をしつつ、メールで取引先に一斉送信する。社長と連絡が取れないこと、サーバーが無く停止したシステムを稼動できないこと、また現在少しだけ残っているサーバーについても、いつ停止するかもわからない状態であること。このままで運営は難しいので、全ての案件を5営業日後に停止する旨を伝える。停止するには、通知より5営業日の猶予を取る契約をしているからだ。

その5営業日の間に買掛が発生しても、ウチの会社が支払えるはずもない。わずかに残ったサーバーで稼動を続けているシステムをチェックすると、既に大半の取引会社のステータスが「停止」になっている。未だ弊社システム経由でWEB広告を掲載している会社は、リスク回避が出来ていない、いい加減な会社だ。ああ、こんなところで会社の良し悪しが分かるんだな、なんて事を思う。尤も「社長が夜逃げした会社が何言いやがる」と言われれば、全くその通りで返す言葉もない。

(続く)

※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。

(戸次義継・べっきよしつぐ)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (1)

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