医師をどう選ぶのか、というのは、けっこう難しい問題だ。
どんなプロフェッショナルでも、技量には大きな差がある。それを最近実感した。
睡眠障害気味になったのは、10年以上前からだ。不規則な生活とストレスのせいだろう。
自然に眠くなることはないので、大量にアルコールを飲んで酔いつぶれて寝て、それでも3時間ほどで起きてしまう。眠れずに、深夜に飲み始めて朝になってしまうこともあるからやっかいだ。

「なんか、運動でもしたらいいんじゃないんすか」
睡眠障害とは縁のない、健康な人はそんなことを言う。
プールで2キロ泳いだ日でも、眠れないのだ。
「眠れないことで、人生に不都合でもあるんでしょうか?」
睡眠障害とは縁のない、スピリチュアルな人はそんなことを言う。
寝不足なのだから、だるくてだるくてしょうがない。

それでも、何年間かは、そんな状態でやり過ごしていたのだが、どうにもしょうがなくなった。
知り合いのやっている、メンタルクリニックに行く。
「なんだ君か。物書きはだいたい、うつになるもんなんだよ」
ろくろく話を聞きもしないで、うつだと診断し、睡眠導入剤の他に抗うつ剤を処方してくれる。
抗うつ剤は、凄い。見る夢まで、すばらしく楽しいものに変わるのだ。

そのクリニックには、5人の医師がいた。いつも処方される薬は同じなので、どの医師とは決めずに通った。
初めて当たった女医が言った。
「あなた、いろんな先生に診てもらってるけど、カルテ見てもよく分からない。最初から、よく話を聞かせて」
じっくりと話を聞いて、彼女は言った。
「あなた、うつじゃないわよ。躁よ。抗うつ剤なんか飲んでたら、大変なことになるわよ」
確かに、大変なことになりかけたことはあった。
それから、別の薬を処方されたが、だんだんとばかばかしくなってくる。
こちらはただ、眠りたいだけだったのだ。なぜ、うつだとか躁だとか言われなくてはならないのか。

別のクリニックに行き、自分は眠りたいだけであって、他にはなんの問題もない、と言った。
睡眠導入剤と安定剤を処方してくれた。
ずいぶんと努力して規則的な生活を送りようになり、様々な問題がクリアされてストレスも少なくなり、安定剤だけで眠れるようになる。
自分もよかったと思ったし、医師もよかったと言う。
朝昼晩と安定剤を飲んでいる患者もいるのだ。それだけで眠れるのだから、ずいぶん軽くなったと思った。

引っ越して別のクリニックに行き、同じように安定剤を処方してもらう。
話していて同じ年代だと分かったが、ずいぶん年老いて見え、猫背がひどく、目つきが定まっておらず、彼のほうが治療が必要ではないかと思える医師だったが、こちらは薬さえもらえばいい。
ストレスのたまる事態がいくつか起き、同じ量の安定剤では早く目が覚めてしまうようになった。
そう訴えると薬の量を増やしてくれた。見かけによらず、いい医師だと思った。

クリニックから電話がかかってきた。
「先生が入院されました。いつ頃回復するか分かりません。診察ができないので、別のクリニックを紹介します」
そう言われて、また別のクリニックに行くことになった。
「あなた、安定剤、こんなに呑んでるの!?」
医師に驚かれた。安定剤は、依存性もあり、耐性ができてしまうので、しだいに量が増えてしまうのだという。
「あなた、睡眠導入剤が嫌いとかっていうことあるの?」
「まさか……、好き嫌いはありません。僕はただ、眠りたいだけなんです」
安定剤は急に絶つと禁断症状が出るという。安定剤から次第に脱却できるように、細かく薬の組み合わせを決めてくれる。

先日、安定剤から完全に脱却できた。
あの、猫背で目つきの定まらない医師は、退院できたのだろうか。

(FY)