榛野氏は手に表紙の絵3冊分をプリントアウトしたものと、後ろに2人の女の子を連れてきた。
表紙の絵をテーブルに置き「この絵、この子たちが書いたんですよ」と言った。表紙の絵は小説の内容にも合っていたし、可愛らしい絵柄であったので豊穣出版でこれまでに出版している数名の方のイラストよりも断然良い。これまでの表紙の多くはセンスが良いとは言えず、デザイナーが書いているとは到底思えなかったからだ。
小説の内容からすると可愛らし過ぎる気もしないでもないが、その点を除けばまずまずである。

「可愛らしい絵ですね。ありがとうございます」と女の子2人に向かい言った。しかし、女の子たちは笑顔を振りまくだけで何も言わない。不思議に思いながらも、以前、社内に居ると言っていたデザイナーだと思ったので私は名刺を差し出した。しかし、それでも彼女たちは恥ずかしそうに笑うだけで黙り続けている。社内の人間じゃないのだろうか? フリーのイラストレーター? 向こうは名刺も出して来ないし、名も名乗らない。おかしな空気が流れていた。

「イラストレーターさんですよね?」と尋ねると、すかさず榛野氏が話に入ってきた。
「いや、イラストレーターじゃないんです。この子たち会社の研修生なんですよ」と言った。
「え~っと、イラストレーターを目指している感じですか?」と女の子たちは何も答えないので榛野氏に聞いた。
「上手いでしょ? でも、そういう目指してるとかではなくて……」と、何も悪びれた様子無く語る。デザイナーが社内に居ると言っていたのに、絵の上手い素人が書いたということだ。

あまりにも反応が無い2人を見て「研修生ということは、学生さんですか?」と聞いた。年齢はとにかく若そうだ。挨拶一つしない2人を見て、インターンなどかと思えた。20歳前後に見える。社会慣れしていないのだろうか?
「学生に見えるでしょ? でも、社会人で1か月だけ働いてもらってるんです」と言った。デザイナーでもなんでもなく、会社の研修生ということだ。榛野氏は鈍いのか? 馬鹿にしているのか? 研修生に表紙の絵を書かせているということを作家に話すのは良くないと思わないのか? 何も考えずにペラペラと話す。やはり、油断しているようだ。

デザイナーが居ると言っていたのに話が違いませんか? と言うこともできたが、悪くはない絵であるし、これまで社内のデザイナーが表紙を作ることになるかと考えると確実にこの子たちの絵の方が良い気がしたので何も言わなかった。いろいろと榛野氏が話した後に「Facebookで連絡先交換しなよ」と榛野氏が2人に言った。女の子たちは苦笑いだ。多分、Facebookから連絡はないだろうなと思いながらも2人はオフィスの奥に戻って行った。私は彼女たちの名前もわからないままだ。

「あの、あの子たちが居なくなるとデザインの雰囲気は変わるんでしょうか?」と榛野氏に訪ねてみる。
「そうですね。これまで出している人たちのようなデザインに戻ると思います」と答える。
「これって絵の持ち込みありですか?」
「それは問題ないですよ」

あの表紙はさすがに厳しい。読む気もおきないのでは? と思い、デザイナー、イラストレーター、フォトグラファーとライターという職業柄、表紙を作ってくれそうな知り合いは多いので誰かに頼もうと思った。
友人とはいえ、無料で作ってもらうのは悪い。多少はお金を払うことになるだろう。無料でと強調していた榛野氏だがこれはお金がかかりそうな予感だな。それとも割り切って売れ無さそうな表紙でも受け入れるか、これから悩むことになるだろう。などと考えていた。

(但野仁・ただのじん)

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