検察庁法の改正案が国民的な批判にさらされ、今国会での成立を見送られるに至った一連の騒動は、ますます事態が混とんとしてきた。法が改正されたら、検事総長の座に長く君臨する可能性を疑われた「政権の守護神」こと黒川弘務東京高検検事長が「文春砲」により失脚したためだ。

しかし、この間に検察OBたちが法案への反対を表明し、ヒーロー扱いされたことの問題性は、社会の多くの人に見過ごされたままだ。そこで引き続き、当欄でこの問題に言及しておきたい。

今回言及するのは、法案に反対した検察OBたちが法務省に提出した意見書で、ロッキード事件の捜査や公判を自画自賛したことに関してだ。問題の意見書は、朝日新聞デジタルに全文が掲載されているので、必要に応じて参照して頂きたい。


◎[参考動画]“検察庁法改正案”攻防が激化……検察OBが反対表明(ANNnewsCH 2020/05/15)

◆検察の証拠は「刑訴法一条の精神に反する」

検察OBたちが意見書でロッキード事件の捜査や公判を自画自賛したことに関して、筆者はすでに当欄で以下2点の問題を指摘している。

【1】ロッキード事件で逮捕、起訴された元首相の田中角栄氏は裁判で一、二審こそ有罪とされたが、最高裁に上告中に死去したために有罪が確定しておらず、田中氏を有罪扱いした意見書の内容は「無罪推定の原則」に反すること(5月18日付け記事)

【2】意見書を法務省に持参した元検事総長の松尾邦弘氏は、退官後、三井物産に社外監査役として天下っているにも関わらず、三井物産の同業他社である丸紅の元社長らが逮捕、起訴されたロッキード事件の検察捜査を絶賛しており、公正さを疑われても仕方がないこと(5月22日付け記事)

これだけ見ても、検察OBたちの意見書が稚拙なものだったことはおわかり頂けると思われる。これに加え、今回新たに言及するのは、ロッキード事件の捜査、公判を通じて大きな問題になった「嘱託尋問」に関してだ。

この事件では、ロッキード社で副社長などを務めたコーチャンらがアメリカで行われた「嘱託尋問」で、田中氏らへの贈賄を証言し、この証言は日本の検察が田中氏らの有罪を立証するための有力な証拠となった。しかし、この嘱託尋問は、日本の検察がコーチャンらを起訴しないことを確約し、最高裁も刑事免責を保証したうえで行われたものだった。当時は日本に刑事免責の制度は無かったから、本来、そんな証言を日本の裁判で証拠にすることは許されない。

実際、田中氏らと共に立件された秘書官の榎本敏夫氏の裁判では、最高裁が榎本氏の有罪を維持した一方で、判決(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/355/050355_hanrei.pdf)でコーチャンらの証言の証拠能力を否定している。その中でも特筆すべきは、大野正男判事が補足意見でこの証言を事実認定の証拠とすることを次のように厳しく指弾したことだ。

〈公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにすべきことを定めている刑訴法一条の精神に反するものといわなければならない〉

これは、コーチャンらの証言を法廷に示した検察の有罪立証に向けられた批判だとも受け取れる。このような批判を受けたロッキード事件の担当検事たちが退官後、再び公の舞台に出てきて、この事件の捜査や公判を自画自賛するのは、本来、大変恥ずかしいことなのだ。


◎[参考動画][1976年2月] 中日ニュース No.1153_1「ロッキード献金事件 ついに証人喚問へ」

◆「人民裁判」を肯定したに等しい検察OBたち

検察OBたちの意見書を改めて読み直すと、酷さが際立っているところは他にもある。以下の部分だ。

〈かつてロッキード世代と呼ばれる世代があったように思われる。ロッキード事件の捜査、公判に関与した検察官や検察事務官ばかりでなく、捜査、公判の推移に一喜一憂しつつ見守っていた多くの関係者、広くは国民大多数であった〉

〈新聞もテレビもロッキード関連の報道一色に塗りつぶされて日本列島は興奮の渦に巻き込まれた〉

ロッキード事件における検察の捜査や公判活動が国民から熱烈な支持を受けていたことを得意げに書いているが、これでは「人民裁判」を肯定したに等しい。この意見書に名を連ねた検察OBたちはおよそ法律家とは思い難い。

むしろ、このように当時、日本全国が報道の影響でのぼせ上がっていたからこそ、明らかにアンフェアな手続きで得られたコーチャンらの証言により田中氏らが刑事訴追されたことについて、当時の国民は問題性に気づかなかったのだろう。

冤罪問題に対する世間一般の関心が薄かった昭和の時代ならともかく、この令和の時代に、ロッキード事件を手柄話のように公然と語る検察OBたちがヒーロー扱いされる現状は、やはり相当危うい。この問題については、今後もさらに言及していきたい。

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▼片岡 健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

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