◆殺害と傷害の指示を否認

総裁(先代組長)・会長(組長)・理事長(若頭)の3幹部、および事務局長ら主要な幹部が獄に囚われ、本部会館も手放さざるをえなかった工藤會(北九州市)。その3幹部の公判が佳境に入った。とりわけ、殺人と暴行障害などの罪名で、懲役に換算すると30年以上は求刑される野村悟総裁、田上不美夫会長の裁判に注目があつまる。

何しろその犯行態様は、対立する元山口組組員(漁業組合長)の息子(歯科医)を襲撃し、なおかつ組合長をも殺害。県警の元警部(工藤會担当)を殺害。さらには、野村会長の下腹部の施術を担当した女性看護師を襲撃、というあまりにも言い訳のしにくい事件なのだ。福岡県警のいう「無差別市民襲撃」とまでは言えないとしても、任侠道にもとる事件であろう。

ふたりは本人尋問で、いずれも犯行の指示を否認した。裁判での本人尋問では、以下のようなやり取りがあった。野村総裁への質問から一部を抜粋する。

── 施術のとき、どうでしたか?
野村 脱毛のレーザーを当てました。レーザーが強くなったと思ったら、体がピクッとなった。
── 誰が担当したのか?
野村 (被害者の)看護師です。
── 何と言った?
野村 「あーら、野村さんでも痛いんですか。入れ墨に比べたら痛くないでしょ」と。
── どう思った。
野村 ちょっとカチンときました。
── 看護師を傷つけることを指示したか?
野村 いえ、そんなことはありません。
── 承諾したことは?
野村 ありません。
── 指示や承諾以外で何らかの形で関与したことは。
野村 ありません。
── 逮捕された時、警察や検察から工藤会組員の犯行と聞かされてどう思ったか。
野村 絶対にそれはないと思いました。
── いま現在はどう思っているか
野村 工藤會の組員が関わっていたんやなと思っています。
── いま何かこの事件のきっかけで思い当たることは
野村 深く考えたら、私が愚痴ったことが組員に伝わって変なふうになったんかなとも考えられます。
── 愚痴を言った場面については
野村 風呂上がりに脱衣所で着替える前に薬を塗ります。脱衣所には部屋住みの人間が4人くらいいる。看護師の顔を思い浮かべながら「あのオバハンが」とか言いながら(薬を)塗っていたと思います。

この野村の「不満(恨み)」を、組員たちがおもんぱかって看護師襲撃に走ったというのである。

── 襲った人たち(組員)には、どういう感情を?
野村 ちょっと許しがたいようなものがありますね。何の理由もなく他人を傷つけることは許せません。まして世話になっとる看護師を。通り魔以下の事件です。許せんです。
── 女性や子どもを襲ってはいけないと?
野村 常識的に分かると思います。事情があれば分かりませんけど、常識的に考えてもらわんといかんのはあります。
── 破ったら処分を受けるか?
野村 組員が通り魔をすれば処分になる。看護師が被害者であれば、世話になっとる人ですから、これは絶対に処分の対象になると思います。
── 組員は処分の対象になるか?
野村 なると思います。
── 「工藤會憲法」では堅気に迷惑をかけてはいけないと。女性を襲うことは許されませんね。しかし処分を受けていない。
野村 処分については、私はどうせいこうせいと言う権限はありませんし、収容されてどうすることもできん。執行部が考えると思います。

これまでにも野村総裁は、組の運営は執行部に任せているので、直接の関与はないと主張してきた。暴対法が施行されてから、ヤクザ組織は集団指導制を採っているのは確かで、その主張がどこまで認められるかであろう。

いっぽう、会長の田上不美夫被告は、襲撃について「知っていたら『バカなことはやめろ』と止めている」と、これも関与を否定した。

司法関係者のあいだでは、民法の使用者責任は「抗争事件」を組の「業務」とした場合に適用される(拳銃の所有など、判例あり)。今回の場合、共同正犯や共謀罪が適用されるのか、それとも上意下達の組織であるから、親分の意を汲んで子分が実行したことに謀議が認められるか、法適用に微妙なものがあるとしている。実行犯の組員たちの供述書(未開示)がどこまで3幹部の関与に踏み込んでいるのかによる。

筆者も過去に溝下秀男最高顧問(四代目工藤會総裁)および側近を取材し、その著書を編集した関係で、このかん何度か取材をこころみた。残念ながら「いまは捜査当局を刺激したくない」「今回の事件は、かならずしも正面から説明できるものではない」「深くは話せない」との反応だった。ある意味、嵐が通り過ぎるのを待つという判断は当然のものだろう。工藤会館を手放すことで、公然活動を自粛している工藤會にとって、隠忍自重の時期といえるのだろう。

昨年の夏、この通信でレポートしたとおり、ことあるごとに工藤會が情報を発信していた『実話時代』が事実上の廃刊となった今、本通信こそが唯一とまでは言わないが、なるべく工藤會の近況をお伝えすることを約束しておく。じつは編集を主幹している雑誌でも取材を始めているので、その成果の掲載できない分は本通信で明らかにしていきたい。


◎「現場から、平成の記憶」武闘派暴力団との熾烈な戦い(TBS JNNニュース 2019年1月8日放送)

◆代表代行の交代が意味するもの

今月に入って、獄中の野村総裁と田上会長が、獄外の代表代行を交代させた。西日本新聞の記事から紹介しよう。

「田上被告らは、会長代行(73)を退任させて、別の2次団体組長(60)に実質的な暫定トップを任せた。人事の背景には、組員が組織に納める上納金の集金を巡る会長代行と田上被告のあつれきがあった模様だ。」

トップ3が社会不在となった当初、代表代行は本田三秀(本田組組長)だったが、その後はしばらく山本和義(二代目矢坂組組長)が務め、今回は長谷川泰三(長谷川組組長)に交代となったものだ。

改正暴対法、暴排条例、コロナ禍のもとで、末端組員たちのしのぎが厳しさを増している。今回の代表代行の交代は、文字どおり財政難としての危機が組織を直撃したものといえよう。工藤會のみならず、山口組の分裂の原因となった運営費(上納金)問題である。

92年の暴対法成立の過程で、今までのようにはいかない。ヤクザも節度のある生活で時代に対応しなければならない、という警句は必ずしも組織の本家において実行されなかった。工藤會に対する頂上作戦は、ヤクザ組織に新たしい課題を突き付けたといえよう。


◎[参考動画]工藤會 101-EAST Battling the Yakuza ダイジェスト版(Kudokai1888 2012/08/25)

◆山口組髙山若頭の来福が意味するものは?

いっぽう、六代目山口組の髙山清司若頭が、獄中の野村悟工藤會総裁のもとを訪ねた。先代の溝下いらい親戚関係にある住吉会の会長をはじめ、全国のヤクザ組織のトップが、激励のために面会へと訪れてきた。そうした中でも、髙山若頭が野村被告のもとを訪れたことは、業界内で大きな話題となった。

六代目山口組から神戸山口組が分裂した2015年、工藤會が加盟する九州の四社会(工藤會・道仁会・太州会・熊本会)は、それまで友好関係にあった六代目山口組との関係を凍結することを宣言したのだった。

その理由は、道仁会から分裂した浪川会(現・二代目浪川会)にあった。浪川会は旧九州誠道会であり、道仁会から分裂した組織なのである。かつては十数名の死者を出す骨肉の争いをした相手であり、そのバックには菱の代紋の支援があった。そしてそもそも、道仁会自体が山口組(五代目時代)とは血で血を洗う山道戦争を繰り広げた過去を持っているのだ。

工藤會は広島共政会沖本勲元会長と溝下三代目が兄弟で、廻り兄弟として山口組の元若頭補佐桑田兼吉(いずれも故人)と親戚関係にあったが、溝下は大の山口組嫌いでもあった。「大きいところに巻かれろ、という性根が気に入らない」というものだ。

福岡市には、伊豆組(青山千尋二代目が本家舎弟頭で九州ブロック長)という六代目山口組の有力二次団体のほかに、一道会(浅川一家の後継団体、一ノ宮敏彰会長)がある。大分市にも石井一家(生野靖道四代目が本部幹部役員)、熊本市にも三代目稲葉一家(田中三次組長)が存在する。ほかに福博会(福岡市、金城國泰四代目)も、歴代の会長が山口組の後見を受けている。

九州ヤクザの抗争史は、山口組の九州進出をめぐる抗争(夜桜銀二事件、紫川事件、別府抗争など)だったと言っても過言ではない。山口組が進出しようとすれば、かならず結束して対抗、阻止する。山口組と共存時代になった今でも、これ以上の進出は許したくないのが本音だ。

それが今回、髙山若頭が野村被告の面会へと足を運んだことで、六代目山口組と九州四社会との交流が再会される可能性があるのではないかと、ヤクザ関係者のあいだで観測されている。


◎[参考動画]工藤会本部、取り壊し開始 暴力団排除加速へ(共同通信2019年11月22日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

タケナカシゲル『誰も書かなかったヤクザのタブー』(鹿砦社ライブラリー007)

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