松岡利康
これから適宜、これまでに私がやってきたことについて書き連ねていきたいと思います。何卒ご笑読ください。
すでに何度も申し述べていますが、2005年の弾圧後、会社は壊滅的打撃を被りました。しかし、読者の皆様方、ライターやデザイナーさん、取引先などのご支援により2009年秋、ついに勝機を掴みブレイク! 2010年には悲願の甲子園復帰を果たし、同時に「西宮ゼミ」を開始します。それを手始めに幾つかの企画に乗り出します。
ここでは、高校の同級生・東濱弘憲君(故人)が、みずからの出自を自覚し始めたライフワーク、島唄野外ライブ「琉球の風~島から島へ」(於・熊本)について述べましょう。
東濱君は父親が沖縄・与那国島出身、戦後ほどなくして熊本に移住し、東濱君は熊本で生まれ育ちます。熊本は沖縄から疎開したり移住されてきた方が多く約30万人ともいわれ「熊本節」という島唄があるほどです。高校の3年生の時に同じクラスでした。
彼は高校卒業後、ファッション業界を志し、桑原デザイン研究所に入りますが中退、その後、職を転々とし、マグロ船にまで乗ったということです。
やがて熊本に戻りブティックを開店、その際にデパート勤務していたのを辞めさせ引っ張ってきたのが、奇縁というか私の中学の同級生だった有田正博君で、有田君はのちに、今や世界的ブランドとなったPaul Smithを初めて日本に持ってきたことで有名です。有田君については以前に少し述べていますので、ここでは省きます。
この店もすぐに頓挫、東濱君はみずからの出自を悟り沖縄料理店を開き、ここでミニライブをやっているうちに大きなイベントをやる夢を持ち、大阪で開催された「琉球フェスティバル」を観て奮起し、ようやく開始したのが「琉球の風」というわけです。彼はこれをライフワークとし、沖縄民謡のレジェンド知名定男先生を総合プロデユーサーとして開始します。詳しくは、この記録『島唄よ、風になれ!~「琉球の風」と東濱弘憲」をご一読ください。


第1回、2回は大赤字、満を持してBeginや宇崎龍童さんを招いた第3回になってようやく黒字化、しかし財政は安定しません。側で見てひやひやしていました。宇崎さんは、「ギャラを振り込みたいので銀行口座を教えて欲しい」と電話を入れたところ、事情を知った宇崎さんは教えてくれなかったということです。これぞ男宇崎! この話を聞いた私は宇崎さんの人間性を垣間見た気がし感激しました。


東濱君の志に感銘を受けた私は、会社も再興し資金的余裕が出来たこともあり、一枚噛むことにいたしました。広告宣伝費として毎回300万円を出し、プログラムを入れるため先着1千名に特製エコバッグを提供することにしました。今では到底できませんが、当時は太っ腹でした。


しかし東濱君はガンに侵され志途上の2012年4月24日、60歳の若さで亡くなりました。「10年は続けたい」という彼の遺言に従い、その後も続き、第10回を最後に幕を閉じました(第10回は台風のためやむなく屋内でミュージシャンと一部観客で開催)。
こんなイベントは、現実問題、もうできないでしょう。この記録も第5回までで、以後の回のものは出来ていません。残念です。いつかまた、儲け出すことがあれば、ぜひまとめて上梓できれば、と望みます。
![『[特別限定保存版]島唄よ、風になれ!』](http://www.rokusaisha.com/wp/wp-content/uploads/2026/10/07-ryukyu-751x1024.jpg)
Ж『[特別限定保存版]島唄よ、風になれ!~「琉球の風」と東濱弘憲』はA5判・上製240ページ、DVD付き、定価2640円(税込み)です。ぜひご購読お願いいたします。
https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000356
ЖЖ「琉球の風」の際の画像を数点掲載しておきます。もう一度でいいからまたやりたいです。