私たちが海外に出かける時は、空港や港の出国窓口で入管職員からパスポートに「出国印」を押してもらう。特別永住者や在日外国人の方であれば「再入国手続き」承認の確認が行われる。そして目的地の国に着くと入国窓口でやはりパスポートに何やらスタンプが押される。これは入国時即発行のビザが発行されたことを意味し、そのスタンプに明記されている期間合法的に当該国に滞在することが許される。

このように渡航前に取り立てて手続きをしなくとも空港や港でビザを発行してもらえる国は手間も時間もかからずに便利なのだが、事前に在日本大使館や領事館にビザの申請を行っておかなければ入国が認められない国もある。これは外国から日本に来られる方も同様で、両国で了解が成立していて空港や港でビザ(Visa on Arrival)が発給される約束を結んでいる国同士は大雑把に言って関係が良好だと言える。

だが、ビザは必ずしも双方向に平等ではない。日本国籍の人が中国や韓国をはじめとするアジア諸国に出かける際はほとんど事前のビザ申請は不要だがつい数年前まで中国からの来日は基本中国当局が許した団体旅行だけであったし、韓国からでさえ日本に来るのには毎度毎度大使館や領事館で事前にビザ申請の必要があった。

また日本人でも短期の滞在ではなく現地での長期滞在や留学などで渡航する時はその国の定めによる査証を申請しておく必要がある。

と、ここまでは海外旅行の経験がおありの方であればご存知の事であろう。

◆激しく簡素化された留学ビザ

外国籍の方が日本にやってくる場合、日本は23種類のビザのいずれかを取得できていないと入国を認めない。23種類の中には「短期滞在」があり、これが「観光ビザ」と呼ばれることの多い最も取得が容易なビザである。事前に日本大使館や領事館でビザの申請の必要がない国からやって来られる方が空港や港の入国審査で押されるスタンプは「短期滞在」ビザである。

一方、ビザの種類によっては取得にかなり手間がかかるものもある。「興行」ビザは主として芸能関係の仕事で来日する人が取得するビザだが、かつては外国人女性を売り物にする飲み屋などがこのビザを利用してアジアから多くの女性を招き入れていた。とは言え飲み屋で「興行」ビザを取得するためには、ショースペース(「興行」で来るのだから何らかの芸を披露できる人であることが前提)の面積や店内の照明の明るさなどを子細に説明する書類の提出が要求された。

今ではそんな煩わしいビザを取得せず、来日している女性が多いと聞く。

私が大学に勤務し始めた当初、海外からの留学生が日本の大学で学ぶために必要な「留学」ビザは、現実的には書類を揃えるのが不可能なほど審査が厳しく、提出を求められる書類の数も呆れるほど多かった。日本で万が一生活費を払えなくなったり問題が起きた際に責任を取る「身元保証人」を立てることが留学生には求められていた。しかしこの「身元保証人」制度は全く現実味を欠き、更に悪徳業者を蔓延らせる原因となったため、現在では廃止されている。

知り合いもいない国に勉強をしに行くのに、「万が一の際は生活費やその他一切を私が保証します」などと名乗り出てくれる人は余程の篤志家か、さもなければ下心のある人間だ。実際当時大学に入学してきた留学生に保証人との関係を聞いてみると、どうも腑に落ちない話が多いので、一度何人かの「身元保証人」の方にお会いしたことがある。全員があっせん会社により紹介を受けた「赤の他人」だった。

「留学」ビザについては、その後入国管理局が大幅な方針転換を行い、大学などの「合格通知」(入学許可書)と顔写真だけあればビザが取れるようになった。激しすぎる簡素化に「こんなに乱発して大丈夫なのか」とかえって心配になった記憶がある。

◆「外国人積極的受入れ」という大転換

さて、ここからは近未来の話だ。日本の人口が急激に減少していることは読者の皆さんも耳にされていることだろう。そこで政府は人口減少を穴埋めする手段として「外国人の積極的受入れ」をどうやら内定したようだ。これは個人だけでなく社会全体、また来日する外国人の方に多大なな影響を及ぼす政策の大転換なので、本当はもっとマスコミが取り上げてもよさそうなテーマであるのに、あまり話題になっていない。

政府の表面上の理屈はこうだ。

「近い将来日本では介護職、看護職をはじめとして、労働人口の不足が確実であるので、社会保障制度維持のためにも海外から労働力を受け入れやすくする方向で検討する。また、高度な技術や能力を保持する外交人については国益の観点から在留期間の延長を可能と出来るよう検討する」(情報筋)

とうものらしい。つまり単純労働や知的労働にかかわらず、労働人口が減るので「使える外国人はいらっしゃーい」ということだ。

日本の入国管理制度の問題についてはその差別性について古くから批判があった。その観点から言えば門戸が広がることは一見望ましいことのようにも受け取られかねない。しかし政府の本音はそんなヒューマニスティックなものではない。

現在給与所得者の40%近くを非正規労働者が占めている。企業や行政は人件費を「コスト」と平然と語る時代になり、更なる「コスト削減」=「人権費削減策」はないものかと思案した時に目を付けたのが「外国人労働者」だ。

既に「研修」と言うビザで多くの実質的「外国人労働者」が日本で働ているが、彼らは名目が「研修」なので給与など待遇面について日本人の労働者と同等の権利が認められていない。いわば「潜りの出稼ぎ労働者」だ。

それでは限界があるので、ほぼすべて「オープンにしましょう」と言うわけである。

◆外国人労働者から「国民健康保険」「年金」を徴収する日本国

多様な人種が生活する社会はお互いが平等な条件で生活でき、かつ相互理解が成立すれば「成熟した社会」となるが、現在の日本に果たしてその資格があるだろうか。政府や企業経営者の腹の内は単純に「安くて使いやすい労働力の海外からの供給」だ。日本人の間で所得格差が広がり、将来の雇用が全く不安定な中に、外国人労働者がやってくればどうなるだろうか。

残念ながら、待遇の悪い境遇で働かざるを得ない日本人が外国人労働者を温かく迎えるとか考えにくい。いや、非正規の日本人労働者より更に安価で雇用できる外国人労働者が採用されると、日本人労働者の解雇が増えるだろう。そうなれば個人に責任はないのに不要な「外国人差別」が助長されるだろう。

欧州ではすでに経験済みの事だ。安価な外国人労働者に職場を奪われた人々が極右団体に集結し外国人排斥を叫ぶ。

日本ではそんな事態はまだ起きていないのに、これでもか、これでもかと「外国人排斥」が叫ばれているではないか。こんな状態で外国人労働者を迎え入れて、穏便に事が運ぶはずがないではない。更に来日した外国人労働者を待ち受けているのは差別的な社会保障制度だろう。現在でも日本に半年を超える滞在をする外国人には「国民健康保険」への加入が義務付けられている。怪我や病気で医者にかかった時「自費での治療」は高額すぎるので、このように健康保険への加入が義務づけられているのだ。この判断は合理的である。だが将来の外国人労働者が急増した時にも、この制度は維持されるだろうか。

それにもまして、数年あるいは10年を超える期間、日本に滞在し労働する外国人労働者の「年金」はどうなるのだろうか。現在国民年金の受給資格は25年以上国に年金を納めている人に限られる。25年ではあまりにも長いので短縮すべしとの議論があるものの結論は見ていない。だが私から見れば納付期間の長短に関わらず、既に年金原資は枯渇している。10年後65歳で国民年金を受け取れる人は皆無だと思う。

そこへ外国人労働者を持って来て、政府はおそらく「将来の支払い」と言う空手形と引き換えに外国人労働者からも「国民年金」を徴収するだろう。義務と言われれば支払いは拒否できないし、給与からの天引きであれば事情が呑み込めない外国人労働者は「ボッたくられる」だけのことだ。

目先の「人件費」=「コスト」削減しか頭にない、政府や経営者団体が社会全体に起こる変化に細かく対応する覚悟があるとは到底考えられない。

1月26日から始まった通常国会でも、この問題は議論の端々に語られることだろう。注目していきたい。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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