〈片岡さん、お元気ですか? ワシはボチボチ元気にやっております。ってゆーか、ホンマ、マジで、ここでの生活に飽きが飽きが飽きが飽きが飽きが飽きが飽きがきております。(笑)〉(筆者注:7つの飽きの右横には・・)

先日、男から久しぶりに届いた手紙は相変わらずハイテンションだった。名は引寺利明(48)。当欄で繰り返し近況をレポートしてきた暴走殺傷犯である。

引寺は2008年6月22日の朝、広島市南区のマツダ本社工場に自動車を突入させて場内を暴走し、1人を殺害、11日に重軽傷を負わせた。事件後ほどなく自首したが、その口から明かされた犯行動機は特異なものだった。

「マツダの工場で期間工として働いていた頃、他の社員らにロッカーを荒らされたり、自宅のアパートに侵入される集団ストーカーに遭い、恨んでいた」

そして引寺は裁判でも被害者や遺族に謝罪せずじまい。逆に公判廷で「ワシがマツダに黒歴史を刻んでやったでぇ!」と叫ぶなど、被害者、遺族の心情を逆撫でする言動を繰り返した。結果、集団ストーカー云々の話は妄想性障害ゆえの妄想だと認定されたが、完全責任能力を認められ、無期懲役が確定。現在は岡山刑務所で服役している。

当欄では、そんな引寺が無期懲役囚となった今も無反省の日々を過ごしていることはすでに紹介した。今回の手紙は便せん13枚に及び、2通の封書で届いたが、簡単な近況報告ののちに次のように綴られていた。

〈ここにマツダ事件から丸5年経った今のワシの気持ちを書きますので読んで下さい。〉

このあと、引寺は便せん約9枚に渡り、「今のワシの気持ち」を書き綴っているのだが、結論から言うと、引寺は今も徹底的に「無反省」だ。この手記を読めば、気分を悪くする人もいるだろう。

とはいえ、この手記が重大殺人犯の実像を知るための貴重な情報であることは間違いない。また、犯罪者の矯正の実情を窺い知れる記述も散見される。そこで、この手記を前後編2回に分け、紹介する(手記の引用は基本的に原文ママだが、「行替え」「見出し」を加えた)。

引寺から2通の封書で届いた便せん13枚の手紙

================以下、手記================

◆5年という時間の流れを遺族や被害者はどう感じとるんかのー

6月の22日でマツダ事件から丸5年が経ちました。この5年間とゆうのは、ワシにとっては長く感じました。

振り返れば逮捕後に南署での取り調べで一ヶ月ちょいかかり、精神鑑定で九州の精神病院に3ヶ月、広島の南署に戻ってから一ヶ月弱過ごし、その時に起訴された。広拘に移管されてから約3年ほど過ごした時には、弁護士に金を渡して買ってもらったロト6のくじで3等が当選してバブルとなり、その金でお菓子、パン、カップラーメンや雑誌などを買い漁り、独居房の中が小さなコンビニのようになったり、一審や二審の裁判の時には法廷で言いたい放題ブチまけたり、何人もの記者と毎日のように面会したりなど様々な出来事があり、今でも時々思い出す事がある。

ハッキリ言って今の時点においても、ワシには謝罪感情は芽生えておりません。ただ、事件から5年という時間の流れを、遺族や被害者の方々はどう感じとるんかのーと思う事はあります。

◆刑務所で精神障害の治療なんぞありゃーせん

広島地裁で行われた一審の判決日に、ワシに向かって無期懲役を言い渡した裁判長が「刑務所で精神障害を治療して治ったら、自分が犯した罪に向き合って考えて下さい」などと言っておったが、いざ刑務所に来てみると、精神障害と断定されたワシに対する治療なんぞありゃーせん。体調不良になった時に医務が薬をくれるだけで、専門医によるカウンセリングや投薬などの治療なんぞ全くない。あの裁判長は刑務所の現状なんぞ全く知らんのじゃろーのー。今でも裁判で精神障害と断定された事に対する怒りがある。

ショボイ捜査をしやがった警察、ワシをキチガイ扱いした検察や裁判所にはホンマ頭にくるぞ。その怒りのせいで謝罪感情がどっかへ飛んでいってしもーとる。結局の所、何年何十年と刑事や検事や裁判官をやっとっても、真実を見極める目なんか全く持っておらんゆーこっちゃ。事件の真相が一審の前に明らかになっていれば、ワシには精神障害なんぞ全く無い事になり、正当な裁判が行われたはずじゃ。

裁判所に関しては、裁判官には怒りがあるが裁判員に対してはそうでもない。裁判員は所詮素人じゃし、どうせ裁判官の連中にうまくのせられとるだけじゃろーけーのー、アーダコーダと言うつもりはない。

◆裁判員だったオッチャンが語った記事に笑ってしもうた

一審が終わった頃の中国新聞に、裁判員の一人だった年配のオッチャンが語った記事があり、裁判員を務めた感想についてアレコレと語った後に「また機会があれば裁判員をやりたい」と言っているのを見て笑ってしもうたで。ワシはそのオッチャンに対して、裁判員ゆーのは一人の人間が何回もやるもんじゃないんでえー、と突っ込んでやりたかった(笑)おそらくそのオッチャンは、法廷での裁判員とゆう非日常に味をしめたんじゃろーのー。ホンマ、困ったもんよ。

ワシが逮捕された後も、世間では様々な殺人事件が起こり、裁判の判決をテレビのニュースや新聞で見ていたが、1人殺害で死刑になる被告もいれば、2人殺害で無期になる被告もいる。いかに市民感覚を取り入れた裁判員裁判とはいえ、この判決のバラツキはいかがなものかと思う。マツダ事件の裁判も、真相が明らかになった上で正当な内容の一審が行われていれば、例え判決が死刑になったとしても、ワシは満足したじゃろーのー。

================以上、手記================

引寺は筆者の取材に対し、裁判で真相が明らかにならなかったことが不満であると以前からずっと主張し続けてきた。真相とは、自分がマツダで期間工として働いていた頃、集団ストーカー被害に遭ったことや、その犯人が誰だったのか、ということだ。しかし裁判では、引寺が訴える集団ストーカー被害は妄想性障害ゆえの妄想と認定され、引寺としては真相が明らかになったとは到底思えないことが反省の思いを持つことを妨げているわけだ。

それにしても、引寺が裁判で精神に障害があると認定されたうえ、裁判長から「刑務所で精神障害を治療して治ったら、自分が犯した罪に向き合って考えて下さい」と言われながら、刑務所で何の治療もされていないというのは、本当ならば日本の犯罪者矯正システムに疑念を抱かせる話である。(後編につづく)

引寺が服役している岡山刑務所

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

《我が暴走》
◎《05》元同僚が実名顔出しで語る「マツダ工場暴走犯の素顔」
◎《04》「死刑のほうがよかったかのう」マツダ工場暴走犯面会記[下]
◎《03》「集ストはワシの妄想じゃなかった」マツダ工場暴走犯面会記[中]
◎《02》「刑務所は更生の場ではなく交流の場」引寺利明面会記[上]
◎《01》手紙公開! 無期確定1年、マツダ工場暴走犯は今も無反省

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