ウクライナ侵攻から1年 ── いまなお、プーチンを免罪する左翼反戦運動の混乱 横山茂彦

第二次世界大戦後の戦争を象徴した朝鮮戦争は休戦後70年、いまだ継続している。同じく冷戦のさなかに戦われたベトナム戦争は15年、新冷戦のなかで行われたソ連のアフガニスタン侵攻は10年。パレスチナ紛争も、イスラエル建国(1948年)によるシオニストの侵略を発端とするならば、じつに74年間におよぶ。

そしていま、ウクライナ戦争も一時的な紛争にとまらず、長期にわる本格的な戦争となった。ロシアのクリミア併合以降の紛争を数えれば、すでに9年目ということになる。

その長期にわたる災禍の中で、本通信でも指摘してきた反戦運動の理論的な混乱は、いまなお続いている。ロシアも悪いが、アメリカ(NATO)とゼレンスキー政権も悪い、というものだ。どっちもどっちなのだから、ウクライナとその人民を支援する必要もないと。何と冷淡なことだろうか。

かつてベトナム戦争において、日本の反戦運動はアメリカの軍事介入・北爆に反対してきた。南ベトナム民族解放戦線と北ベトナムがたとえ、中国やソ連(当時はスターリン主義と呼ばれた)に支援されていたとしても、帝国主義の植民地主義に反対するべきであると、闘うベトナム革命勢力を支援してきた。

それゆえに、多少の温度差はあれ、75年4月30日の解放勢力の勝利(アメリカの敗退)を、誰もが祝福したのだった。

ところが、そのベトナムがカンボジアに侵攻したとき、これを批判する反戦運動は数少なかった。さらに中国がベトナムを懲罰(国境侵犯)したときも、中国を批判する反戦運動はさらに少なかった。ソ連のアフガニスタン侵攻を批判した反戦運動は、中国派とされる一部の左翼だけだった。

こうしてみると、かつて世界の警察官を自認したアメリカ帝国主義は批判しても、元社会主義国のロシアや中国の覇権主義には、何となく批判の矛先が向きにくいということになるようだ。

とくにわが国においては、アメリカ・NATOの世界支配に反対し、アメリカに追随する日本政府の軍事大国化を批判する、ここに視点が置かれがちなのがわかる。けだし当然である。わが国が米軍の駐留下(沖縄米軍基地)におかれ、日米安保体制においてアメリカの戦争に加担することが、憲法9条をはじめとする反戦平和主義に反するからにほかならない。

だが、アメリカを批判するあまり、プーチンの戦争を免罪する。あるいは習近平の中国帝国主義を批判しない傾向もまた顕著である。これはきわめて危険だと思う。その結果、第二次大戦時のヒトラー政権にも匹敵するプーチン独裁、習近平独裁にも批判が向かない。やがて国論が戦争挑発国家の擁護となるのだ。

旧ソ連派の一部には、アメリカよりも民主主義がなくても、ロシアのほうがましだ。たとい中国や北朝鮮が独裁国であっても、日本はかつて侵略国だったのだから、それを反省して中国や北朝鮮を尊重すべき、などと。結果的に、歴史的事実(侵略)と現状の国家(個人独裁)を混同してしまう傾向も顕著である。

あるいはアメリカ帝国主義を批判するあまり、プーチンの侵略戦争を免罪する。その典型的な例を、このかん私が批判してきた共産同首都圏委員会を例に、できるだけわかりやすく解説しよう。

新左翼内の論争という、いまやニッチなジャンルに興味のある方は、ぜひどうぞ。

◆改ざんの釈明・誤記の訂正拒否を「組織的に決定」した(?)首都圏委

わたしは『情況』誌、および本通信において、共産同首都圏委のウクライナ戦争への見解を批判し、なおかつ「反批判」における論旨改ざん(論文不正)と誤記(出典文献の誤記・版元名間違い)を指摘してきた。

『情況』第5期終刊と鹿砦社への謝辞 ── 第6期創刊にご期待ください〈後編〉(横山茂彦2022年10月26日)

ところが、ある人を介して聞いたところによると、首都圏委は「横山の批判には反論しない」「論争はしない」と「組織的に決定した」のだという。

『情況』(2022年夏号)でほぼ完全に論破されているのだから、論争に応じたくないのは勝手だが、誤りはきちんと訂正しなければならない。彼らの機関紙の最新号「radical chic」(47号=12月末日発行・1月末配送)には、論旨改ざんの釈明はおろか、引用文の誤記(引用の誤読・誤植・版元名の間違い)についても訂正がないのだ。これはダメだろう。

にわかには信じがたいことだが、もしも組織的に「論旨改ざん、誤記の訂正もしない」と決定したのならば、「radical chic」は、ただちに廃刊されてしかるべきである。

論文不正や誤記を訂正できないのであれば、およそ報道や主張を発信する資格はない。単に倫理的なことを言っているのではない。デマや誤報が読み手をまどわし、思想表現の自由を阻害するからである。歴史的な記録としても、後世の読者を欺くことになるのだ。

ロシアや中国、北朝鮮といった専制独裁国家においては、報道の自由や思想表現の自由はない。フェイクと言論弾圧、そして事実の捏造、誤報の放置である。

その意味で、いかに政権に腐敗や堕落があるとはいえ、日本には民主主義的基礎として報道の自由が健在である。その報道の自由とは、事実の報道・誤報を訂正できる情報発信者の原則、絶え間ない努力に担保され、支えられているのだ。首都圏委の誤記の訂正放棄という行為は、これらを掘り崩すものにほかならない。

この件について、首都圏委が何ら対応できないのであれば、上記の批判と警告をくり返さざるを得ない。ジャーナリストとして、あるいは出版人として、首都圏委の諸君の厳正な反省と善処をもとめたい。

◆政治論文の基本を教えよう

さて、その首都圏委の主張を検証してみよう。

その前にそもそも政治主張になっているのかどうかを、吟味する必要があるだろう。およそ政治論文というものは、「主張」が明確でなければならないからだ。主張が明確であるためには何をしなければならないのか、論文作法の基本に立ち返って解説しておこう。

まずは、論文の初歩から教示する。論文であれば、他の研究者の主張・論脈と自分の主張を明確に区分する必要がある(正確な引用・引用した文責の明確化)。そのうえで、研究論文には独自の「考察」「研究」が求められる。この考察・研究がない論文は、査読段階で引っかかる。論文の要件を満たしていないからだ。

その考察・研究の要件とは、どのようなものか。単に仮説を主張するだけではなく、それを裏打ちする論証がなければならない。この論証のために、他の研究者の研究や見解が引用(援用)されるわけだが、そのさいにも自分の評価や見解を述べる必要がある(先行研究のレビューをふくむ)。独自性が必要なのだ。引用についても独自の研究のない論文、論証を欠いた論文はしたがって、落第点ということになる。

いっぽう政治論文には、研究論文以上に求められる重大な要件がある。まず第一に必要なのは、政治主張が明確であることだ。ここが鮮明であればあるほど、すぐれた訴求力が求められる政治論文の要件となる(例文は後掲)。逆に言えば、いかに情勢分析や情報量にすぐれようと、主張のない政治論文は落第点なのである。

情勢分析において「全面的な政治暴露」をすると同時に、政治主張として「宣伝・煽動」すること。すなわち打倒すべき対象、連帯・支援すべき相手が明確にされなくてはならないのだ。以上が政治論文の要件である。
※「」内の引用はレーニン『何をなすべきか』(全国的政治新聞の計画について)。

そしてその政治主張はかならず、行動(任務)方針に結実されなければならない。具体的なスローガン、行動方針を欠いた政治論文は、ただのお喋りである。評論家の単なる批評ではない、国家と革命に責任を持つ革命党派の政治主張とは、そういうものだ。

それでは「radical chic」(47号)の「幾瀬仁弘論文」を、以上の観点からみていこう。

◆幾瀬論文はウクライナの敗戦と自治領化を主張している

幾瀬論文は資本主義の崩壊の危機が、中心部から周辺へのさらなる搾取と収奪による利潤で延命され、その究極の現われが戦争であるとする。これ自体は誤りではないが、ウクライナ戦争にはまったく当てはまらない。

ウクライナ戦争は19世紀的な帝国主義の顕現であって、プーチンが目指すものは資本主義の延命ではなく、絶対主義帝国(絶対的君主=皇帝による、複数の地域民族の独裁的支配)の復活なのである。したがって論文の基本骨格から、論軸をはずしたものになってしまっていると指摘しておこう。

そして幾瀬は、戦争の基本動因が軍事産業およびエネルギー資源であると云う。それもロシアのではなく、アメリカの目論見であると明言するのだ。残念ながら、その論証は何もない。いや、そもそも論証できるはずがないのだ。

軍需産業のために、バイデンが兵器供与で戦争を継続させていると云うのなら、なぜバイデンは「F16は供与しない」と断言したのか。エイブラムス戦車1輌が対価9億円に対して、F16戦闘機1機は20億円以上である。自衛隊も次期主力としている最新式のF35が125億円、中国の気球を撃墜して名をはせたF22ステルス機は、じつに350億円以上である。軍需産業のためなら、なぜこれらの高額兵器を供与しないのか。この事実を取材したうえで論証してみるといい。

エネルギー戦略がもたらした戦争だと云うのであれば、今回の戦争にセブンシスターズをはじめとする石油メジャーがどのような動きをして、戦争を画策したのか。これにも論証がない。すべての「政治暴露」が、幾瀬という人物の脳内世界の出来事なのである。その脳内世界を支配している陰謀論(ディープステート)については、稿を改めたい。

そして肝心の政治主張なのだが、ほとんどそれらしきものはない。この点でも、幾瀬論文には落第点を付けざるを得ない。

わずかに「われわれに課せられた任務は、日本における若者たちの決起を促し物質化することである」と、組織方針らしきものが書かれているが、具体的ではない。

そもそも首都圏委自身がウクライナ戦争反対に「決起」していないのに、どうやって「若者たちの決起を促し物質化する」というのだろうか。任務方針もまた、幾瀬の脳内世界の産物なのだ。

幾瀬論文の中から「政治主張」らしきものを抽出するとしたら、以下のくだりから主張の一端が得られないこともない。今回の戦争に対する態度である。

「戦争が続く(続けられる)のは、米国をはじめNATO諸国がウクライナに兵器を供与するからだ」(幾瀬論文)というものだ。

つまり米国とNATOが兵器の供与をやめれば、戦争は終わると幾瀬は主張しているのだ。すなわちロシアの侵略がウクライナ全土におよび、ゼレンスキー政権の崩壊によって、ロシアがウクライナを自治領化すること。プーチンの勝利にこそ、戦争終結の展望があるというのだ。

幾瀬論文はつまり、ウクライナに敗戦をもたらすために、アメリカの兵器供与反対を主張しているのだ。その結果、プーチンの移民奴隷化政策や戦争犯罪は不問にすることまで、考えをおよばしていない(無自覚な)のは明白である。

この無自覚な主張においてもなお、最初にわたしが問いかけた「この戦争が(首都圏委の主張する)帝国主義観戦争であれば、ゼレンスキー政権は傀儡政権として打倒対象になるのではないか?」という設問には、答えられないであろう。本当に自分の主張に自信があるのなら、ゼレンスキー政権打倒というスローガンを掲げてみてはどうなのか。

このように首都圏委は、ある種の自家撞着に陥っているにもかかわらず、ウクライナの敗北とロシアへの隷属化にしか、平和の展望はないと云うのだ。

幾瀬は「radical chic」(45号)論文においても「(ゼレンスキーが)ミンスク合意を無視しながら、NATO加盟をちらつかせてロシアを刺激したことがこの戦争の原因であった」とし、ブチャでのロシア軍の虐殺も「その原因をつくり出したのはゼレンスキーである」と主張していた。

この主張を維持するのであれば、幾瀬はプーチンのほぼ完全な代弁者であると指摘しておこう。ちなみに、わが国で幾瀬と同じ主張をしているのは、鈴木宗男や森喜朗ら親ロシア派の政治家だけである。

早川礼二も「radical chic」(46号)の「【補論】グローバル化時代の民族問題と戦争論」(これが改ざんと誤記誤植論文である)において、中井和夫(ウクライナ史)の著書を論拠にしながら、こう述べている。

「民族自決に基づく『国家の急増』が国際社会に与えている負荷・コストの大きさ」に触れ、「民族自決」を「民族自治」にかえていくこと「他(ママ)民族の平和的統合の政治システムとしての連邦制の可能性」を論じている。我々の時代認識が問われている。

と、ウクライナの「民族自決」を否定し、ロシア連邦内「自治領化」の必要を主張しているのだ。

これが首都圏委の政治主張であるのならば、在日ウクライナ大使館に「ウクライナはロシアに降伏せよ」「米帝の支援を断り、ロシアの自治領になれ」とデモをかけてみてはどうか。

もちろん、かれらにはそんなことも出来ないであろう。政治的な実践とはかけ離れた、客観主義的な批評家集団に陥っているからだ。そうなった理由も、つまびらかにしておこう。

◆「次世代共産主義者の輩出」に失敗した共産同首都圏委

「若者たちの決起を促し物質化する」のが任務だとする共産同首都圏委員会は、2000年を前後するころから「次世代共産主義者の輩出」を組織的なスローガンにしてきた。

60年代・70年代を闘ってきた先行世代の党員が高齢化し、組織の維持に危機感をもった、何となく情けないスローガンだったと記憶する。

ここ10年ほどで、相次いで指導的な党員が逝去したことから、しかしこのショボい組織拡大のスローガンは現実的だったと振り返ることができる。サロン的にではあれ、組織を維持してきたことには敬意を表したい。

しかしながら、70・80年代の苛烈な闘争(狭山・三里塚・沖縄・学園をめぐる党派闘争)を経験した世代の厳しさが失われ、穏和的な環境の中で継承された「次世代共産主義者の輩出」は、ほとんど失敗したと考えざるを得ない。

このかんの首都圏委との「論争」でわかったのは、まがりなりにも革命党派の構成員であれば必要な初歩的な知識、マルクス・レーニンの基本文献、国際共産主義運動の総括といった、70・80年代の学生活動家なら常識の範疇だった理論的な基礎がない、ということだった。

幾瀬仁弘がコミューン原則(常備軍に代わる全人民武装)を理解していないとか、早川礼二がひたすら「戦争国家」を批判することで、戦争と革命における政治論文の論軸、すなわち打倒対象と連帯の相手を定められないなど、彼らがまともな政治論文を書けなかったのも、それなりの理由がある。これが私の感想だ。

現代思想の脈絡でガタリやドゥルーズ、ネグリやジジェクをいかに語ろうとも、そこにマルクス哲学の基礎やレーニンの実践を媒介にした理論的な地平、社会運動の歴史的知識を検証させる体験がなければ、死んだ学習にすぎないのだ。

とりわけ理論が実践において検証されることもなくなった時代に、狭山闘争や三里塚といった党の立脚点だった大衆運動から召還し、現実に対して客観主義的な批評家集団にしてしまった、前世代の責任は大きいと指摘しておこう。

◆簡潔で方針が鮮明な、政治論文の好例がこれだ!

このままではあまりにも悲しいので、市民運動に埋没し「あらゆる戦争国家に反対する」(早川礼二論文)などと、小ブル的な反戦運動のスローガンに収束する首都圏委が思いもよらない、プロレタリア階級と共産主義者の戦争に対する原則的な態度を引用しておきたい。

以下は、同じ共産同(ブント)系の党派で簡潔にまとめられた、ウクライナ戦争に関する政治論文の引用である。まっとうな政治論文である証左として、具体的な行動方針が盛り込まれているのに注目されたい。

【ロシアのウクライナ侵略において、左派は被侵略民衆と政府の抗戦を徹底支援すべきである】

埴生満 ※共産主義者同盟(火花)『火花』461 号(2023年2月)所収

「今般のプーチン=ロシアのウクライナ侵略と労働者・民衆虐殺は人権、民主主義および階級闘争の観点から一切許せる余地はなく、怒りとともにこれを弾劾する。我々共産主義者はプーチン=ロシアの侵略と虐殺に反対し、米国・NATO 諸国を含む世界各国の民衆と政府にウクライナ民衆・政府への全力での支援を求め、また自身でも実践する必要があり、それに向けた行動を呼びかける。この際、西側帝国主義国政府の過去の愚行・蛮行を理由にしてそのウクライナ支援を阻害しようとすべきではない。
(中略)
全世界の共産主義者に対し、各自の活動条件に合わせて以下のような種々の行動に参加し、あるいは自らそのような行動を組織して、周囲の労働者・民衆に働きかけそれを拡大していくことを呼びかける。

■自国政府に対し、ウクライナの労働者・民衆およびそれを代表する民主主義的政府への全面的(人道的か軍事的かを問わない)かつ最大限の支援を要求する。その一部として、ウクライナとロシアからの難民・亡命者を最大限受け入れることを求める。

■ウクライナ現地での活動、自国社会での募金・街頭行動、インターネット上の活動などあらゆる手段で、ウクライナの労働者・民衆、あるいはそれを代表する政府への直接的支援を行い、現地と国際社会におけるその力と立場の強化を図る。

■ユニセフなど国連の人道機関、「国境なき医師団」などを含む国際NGOのウクライナや周辺諸国での活動を支援する。

■インターネット上かリアルの現場かを問わず、プーチン政権およびその出先諸機関や追随者によるディスインフォメーション(虚偽情報)を含めたプロパガンダの欺瞞を徹底的に暴露し、それらを無効化していく。

■左派内部を含め存在している「プーチンの侵略は悪いが NATO・ウクライナも悪い」といった、事実経過を無視した日和見主義的な「どっちもどっち」論を批判し克服していく(以下略)。※(引用文責・横山)

いずれ「台湾有事」「米日帝の中国侵略反革命戦争」にさいして、米帝の戦争には反対だが、台湾人民の反帝(反中国)独立闘争に、いかなる態度を取るのか、が問われる。その意味で、ウクライナ戦争は左派の理論闘争が不可欠なのだ。

※なお、ウクライナ戦争論争については2月20日発売の『情況』(第6期創刊号)において、渋谷要の寄稿ほかで扱っているので参照されたい。

プーチンの戦争を止めよう! ウクライナに連帯を! 2.23新宿デモ 2023年2月23日(木)13時半~ 新宿駅東口アルタ前広場 (呼びかけ団体=ウクライナ連帯ネットワーク)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

NO KICK NO LIFEは必要な存在! 堀田春樹

ベテラン名チャンピオン三名の引退式と、新鋭チャンピオンクラスのバンタム級トーナメントは世代交代を表すイベントとなりました。

森井洋介は激戦から来る顔面の怪我の影響を考慮し、エキシビジョンマッチも行なわないスーツ姿での引退セレモニー。開場後、森井洋介引退記念スペシャルトークショーが開催。

喜入衆と緑川創は公式戦を戦い抜いての引退セレモニーでした。

◎NO KICK NO LIFE / 2月11日(土・祝)大田区総合体育館 / 開場14:30 開始16:00 
主催:(株)RIKIX

◆第9試合 70.0kg契約 5回戦

緑川創(元・日本ウェルター級Champ・防衛4度/RIKIX/1986.12.13東京都出身/69.9kg)
      VS
海人(=大野海人/S-cup世界トーナメント2018覇者/TEAM F.O.D/1997.8.21大阪府出身/69.8kg)
勝者:海人 / TKO 3R 0:57
主審:北尻俊介

初回、お互い様子を見ながら牽制。緑川創はパンチの連打で出るが、海人は被弾を避ける展開。残り30秒を切って、海人のヒジの連打を防いだ緑川だったが、ガードが空いた一瞬にヒジを打ち込まれ、ノックダウンを奪われてしまう。

第2ラウンド、パンチの応酬になるものの、海人のヒジ打ちを警戒したせいか緑川は自分の距離が掴めない様子。ラウンド後半に海人の左ヒジ打ちからの右ミドルキックが決まり、緑川はノックダウン。立ち上がるが海人のヒジ打ちで額をカットされドクターチェック。終了間際に海人の攻勢に緑川は追い詰められるもゴングに救われる。

引退試合は今戦える最強相手に完膚なきまで打たれ続け散った緑川創

第3ラウンド、ダメージが残っている緑川はパンチの連打を仕掛けるも、海人のヒジの連打を貰うとニュートラルコーナー付近に追い詰められ、ボディーへのパンチの連打でノックダウン。立ち上がるも左右のショートパンチを貰うと崩れ落ち、レフェリーがストップをかけて終了。

試合後、緑川の引退セレモニーでは、小野寺力会長や元・WBA世界スーパーフェザー級チャンピンの内山高志氏などが花束や試合記念パネルを贈呈、緑川創の引退挨拶が行われ、テンカウントゴングが打ち鳴らされた後に四方に一礼をしてリングを去った。

完全燃焼した現役生活にピリオドを打つテンカウントゴングを聴く緑川創

◆第8試合 62.5kg契約 5回戦

勝次(=高橋勝治/元・日本ライト級Champ・防衛3度/藤本/1987.3.1兵庫県出身/62.4kg)
      VS
髙橋聖人(前・NKBフェザー級Champ/真門/1997.12.1大阪府出身/62.3kg)
引分け 三者三様
主審:秋谷益朗
副審:北尻48-48. 能見48-49. 大成49-48

初回、勝次は前蹴り、パンチで探りながら仕掛けていく。高橋聖人はブロックをして打って出る隙を狙っている様子。残り30秒で勝次はラッシュを仕掛けるが、聖人のディフェンスで攻めきれず。

第2ラウンド、聖人は時折ローキックで切り崩しにかかるが、勝次も応戦する中。聖人のローキックで勝次がバランスを崩すもすぐに立て直し、聖人にペースを握らせない。

第3ラウンド、聖人のローキックで勝次は足にダメージが蓄積しているが、聖人は攻め切れない。手数で勝る勝次はパンチのラッシュを再度仕掛けて顔面を捉えるも、聖人は上手く距離をとっている為、コーナーに追い詰めるがダウンには繋がらない。

第4ラウンド、勝次はパンチのラッシュでダウンを狙っていくがダメージが残り、更に聖人のブロックに拒まれてしまう。聖人は隙を狙って仕掛けたい様子だが、勝次のラッシュに対応するのが精一杯の様子。

第5ラウンド、勝次のパンチは的確に聖人にヒットするも、ダウンを奪えず焦りが出て来ている様子。聖人はタフさでダメージをカバーしてきたがスタミナが切れつつあり、勝次の右ストレートや右ヒザ蹴りを貰ってしまう。聖人は後半にローキックで勝次のバランスを崩すがノックダウンには至らず終了。

今回も飛んだ勝次、やや優勢な展開を見せたが、高橋聖人のタフさに阻まれた

◆第7試合 NO KICK NO LIFEバンタム級賞金トーナメント 5回戦

HIROYUKI(=茂木宏幸/元・日本フライ級、バンタム級Chmp/RIKIX/1995.10.2神奈川県出身/53.4kg)
      VS
國本真義(MEIBUKAI/1992.3.2愛知県出身/53.5kg)
勝者:HIROYUKI / 判定3-0
主審:大成敦
副審:秋谷50-47. 能見49-48. 北尻50-47

初回、お互いローキックからスタート。HIROYUKIはパンチを混ぜていくが、國本真義はローキックで切り崩しにかかる。HIROYUKIの右ミドルキックが國本の動きを止めるが詰められず。

第2ラウンド、HIROYUKIは國本へのボディーにパンチを叩き込むが、國本はローキックを繰り返していく。HIROYUKIのボディーへのストレートで國本は嫌がるが、依然としてローキックを繰り返すも劣勢を挽回出来ず。

第3ラウンド、HIROYUKIはパンチ主体に攻めるも、國本はローキックを続けていく。

第4ラウンド、HIROYUKIは冷静に國本のローキックをかわし、右ミドルキックの切り崩しも加えながらパンチで攻めていく。國本はローキックをひたすら打ち続けながらHIROYUKIに有利な距離を掴ませない。

第5ラウンド、國本は左脇にダメージを負いながらもローキックに固執。HIROYUKIはパンチの連打、右ミドルキックを決め、更にヒジ打ちで國本の額をカット。國本は鼻からも出血するがタフネスさを発揮して終了。

試合後 HIROYUKIは「相手の選手がローキックだけで来るとは想定外だった。」とコメント。「次の準決勝、決勝では必ず勝ちます。」とトーナメントへの意気込みを語った。

ローキックに苦戦しながらも効果的なミドルキックで攻めたHIROYUKI

◆第6試合 NO KICK NO LIFEバンタム級賞金トーナメント 5回戦

花岡竜(元・JKIフライ級C/橋本/2003.11.30東京都出身/53.5kg)
      VS
サンチャイ・テッペンジム(タイ/1988.5.30ソンクラー県出身/53.3kg)
勝者:花岡竜 / 判定2-1
主審:ノッパデーソン・チューワタナ
副審:秋谷48-49. 能見49-47. 大成49-48

初回、サンチャイはオーソドックなムエタイスタイルでキックを主体に探りを入れるが、花岡は慌てることなく合わせていく展開。

第2ラウンド、サンチャイはヒジ打ちとヒザ蹴りで組み立てていこうとする。花岡はブロックや距離をとってかわしていく。後半から花岡の左ストレートからのボディーへのヒザ攻撃が決まり、少しずつ追い詰めていくがダウンまで奪えず。サンチャイはボディーへのダメージがあり、嫌がっている感じ。
第3ラウンド、花岡は的確なパンチ蹴りを決めていき、サンチャイのペースを落としにかかる。サンチャイの右ヒジが花岡の左目上にヒットしカットするが傷が浅いようでそのまま続行。

第4ラウンド、サンチャイのスタミナは落ちてきているが、花岡のカットされた傷周辺を狙いにいく。花岡は負傷ストップ負けをしない為に、離れながらボディー攻撃していくが、サンチャイのタフさと間合いで攻めきれず。
第5ラウンド、花岡のパンチがヒットしサンチャイの動きが止まる。サンチャイは花岡のカウンターに合わせてヒジ打ちで逆転勝利を狙っていくが、負傷箇所へのダメージを避けながら前に出て反撃を封じて終了。

試合後、観客へのサインや写真撮影に応じていた花岡だったが、カットされた左目上の傷のことで「ヒジのカットでのTKO負けを警戒していたので」とコメント。「次はきれいに勝ちます」とコメントしながら安堵感が出ていた。

ヒジを警戒しながら貰って切られるも徹底した攻めでサンチャイのスタミナを削る花岡竜

◆第5試合 NO KICK NO LIFEバンタム級賞金トーナメント 5回戦

麗也(=高松麗也/元・日本フライ級Champ/治政館/1995.10.2埼玉県出身/53.5kg)
      VS
神助(=岸慎介/JKIバンタム級Champ/エムトーン/2001.10.7神奈川県出身/53.5kg)
引分け 三者三様 (勝者扱いで麗也が準決勝進出)
主審:北尻俊介
副審:秋谷49-48. ノッパデーソン48-48. 大成48-49 (延長戦は三者とも麗也の10-9)

初回、神助はパンチで探りを入れながら、自分の距離を取りにいく。麗也は1分過ぎに神助の右ストレートを貰ってグラつくが冷静に対処。

第2ラウンド、初回と同じような展開に神助のセコンドからは「付き合うとKOできないよ」と声が飛ぶが、神助は攻めきれず、麗也は神助の攻撃に合わせていく。

第3ラウンド、麗也はローキックとパンチで仕掛け始める。神助はパンチ蹴りで返し、麗也がテーピングしている右膝周辺にローキックと、パンチコンビネーションで切り崩しを図るが、麗也にダメージを与えきれず。

第4ラウンド、神助はパンチ中心に攻撃を変えていき、麗也も劣勢と感じたか、パンチ主体に攻勢を仕掛ける。残り1分で打ち合いになるが、お互いに決め手を欠いてダウンまで奪えず。

第5ラウンド、神助の勢いが落ちてきているのを感じた麗也は距離をとりながらパンチを当てていく。ラスト1分頃から神助もラッシュを仕掛けるが、麗也は冷静にスウェーとブロックでダメージを貰わない。残り時間少ない中、打ち合いになるがダウンを奪えず終了。三者三様の引分け。

延長戦 神助は前へ前へとプレッシャーをかけていき、麗也は隙を狙っていく展開。後半に麗也の左右のフックが神助の顔面をとらえ、一瞬、神助の動きが止まる。神助も終盤にパンチのラッシュを仕掛けるが、麗也も合わせていき、麗也の優勢を支持され、準決勝進出が決まる。

試合後のインタビュールームではリラックスした表情で談笑していた麗也。次戦の相手になるHIROYUKIと一緒に「次の準決勝、決勝も観に来てください」とコメント。

麗也も多彩に攻める中でのミドルキックで神助を追い詰める

◆第4試合 NO KICK NO LIFEバンタム級賞金トーナメント 5回戦

山田航暉(元・WMC日本スーパーフライ級Champ/キングムエ/1998.7.17愛知県出身/53.5kg)
      VS
平松弥(元・JKIフライ級Champ/岡山/2004.10.13岡山県出身/53.2kg)
勝者:山田航暉 / TKO 3R 2:28 /
主審:能見浩明

両者ローキックでの牽制からスタート。平松弥は蹴りを上下に分けて蹴っていくが、山田航暉はブロックで凌いでいく。やや膠着状態に移ってラウンドは終了。

第2ラウンド、攻めが少ない展開にレフェリーから何度も「ファイト」の声が掛かる。平松のパンチに合わせ、山田はカウンターでパンチを返していく。そして、平松のパンチに合わせ、山田の右ストレートがカウンターで決まり、ノックダウンを奪う。平松は巻き返そうとローキックとパンチのコンビネーションで攻めていくが、山田のブロックに阻止される。

第3ラウンド、山田は平松にプレッシャーをかけていき、平松は手数を増やして山田にダメージを与えようと試みていく。2分過ぎにガードが空いた平松の顔面を山田の右ヒジ打ちがアゴにヒット。平松は立ち上がろうとするが、意識朦朧として立ち上がることができず、カウント中のレフェリーストップとなった。

蹴りも多かった山田航暉のミドルキックと平松弥との攻防

 
◆第3試合 ウェルター級3回戦

健太(=山田健太/E.S.G/1987.6.26群馬県出身/66.0kg)
      VS
喜入衆(元・LBSJウェルター級Chmp・NEXT LEVEL渋谷/1979.5.24神奈川県出身/66.5kg)
勝者:健太 / 判定2-0
主審:秋谷益朗
副審:能見29-29. ノッパデーソン29-28. 大成30-28

喜入衆の引退試合。開始から両者ともに小刻みに攻撃をしていく。健太が徐々に圧力を掛けるが、喜入衆はハイキックを繰り出してペースを握らせない。

第2ラウンド、喜入衆は健太に追い詰められるがブロック。しかし、健太の的確なボディーへのパンチで劣勢になるが凌ぎきった。

第3ラウンド、健太は左ストレートとローキックのコンビネーションで切り崩しを図るが、喜入衆は手数で挽回していく。しかし健太はペースを崩すことなく、巧みなディフェンスで優って終了。喜入衆は判定負けながら密度の濃い展開でラストファイトを終えた。

敗れたが見せ場は多かった喜入衆
愛娘から花束を贈られた喜入衆

◆第2試合 女子バンタム級3回戦(2分制)

高橋アリス(チーム・プラスアルファ/2003.11.21生/53.0kg)
      VS
Melty輝(=河野莉奈/team AKATSUKI/1992.1.12生/53.5kg)
勝者:Melty輝 / 判定0-3
主審:北尻俊介
副審:能見28-30. ノッパデーソン27-30. 秋谷28-29

◆第1試合 ミドル級3回戦

小原俊之(キングムエ/1985.6.3愛知県出身/72.0kg)
      VS
髙木覚清(RIKIX/2001.10.11岡山県出身/72.5kg)
勝者:小原俊之 / 判定2-0
主審:大成敦
副審:北尻29-29. ノッパデーソン30-29. 秋谷30-29

◆オープニングファイト ライト級3回戦

大河内佑飛(RIKIX/ 61.0kg)vs須貝孔喜(VALLELY/ 61.1kg)
勝者:大河内佑飛 / TKO 3R 1:59 / ノーカウントのレフェリーストップ

《取材戦記》

2016年以降では「KNOCK OUT」というイベントの時期を挟んでいましたが、久々に訪れたRIKIX興行でした。

確立した競技化を目指す「NO KICK NO LIFE」は5回戦が6試合組まれ、昭和に戻ったような本来の姿に近かった。

また「バンタム級トーナメントは引分けの場合、1ラウンドの延長で準決勝進出を決定。公式記録は引分け」としっかりアナウンスされたことは、この競技の在り方を正しく貫いた様子。

更には、各試合両選手は同一色のグローブを使用。赤と青のテーピングで色分けは仕方無いが、極力不均等さが無い工夫がされていました。

時代の流れに逆らえない点もありますが、小野寺力氏が語る「新しいものを取り入れつつ、守るべきものは守っていかねばならない」という使命感が現れていた興行でした。(堀田春樹)

準決勝進出を決めた左からHIROYUKIvs麗也、花岡竜vs山田航暉の並び

《岩上哲明記者レポート》

緑川選手を初めとするRIKIXジムの選手は基本に忠実な戦いをして、「目黒ジムイズム」は伝わってきたかと思います。更に「NO KICK NO LIFE」が今のキックボクシング界に必要な存在の一つと思わせるものでした。

試合前に元・WPMF世界スーパーフェザー級チャンピオンの岩城悠介(RIKIX)と話す機会があり、「メインイベントとバンタム級のトーナメントが見所です!」と語り、「今年はたくさん試合に出て活躍したいですね!」と抱負も語っていました。

興行終了後には、過去に新日本キックボクシング協会で2階級制覇した菊地剛介さんからは「いい興行だったと思います!」とコメントを貰い、プロレス実況を中心に活躍をされている村田春郎アナウンサーからは「昼にプロレスの実況をして来たのですが、この興行も実況したかったです!」とコメントが聞けました。

喜入衆選手、森井選手、緑川選手の引退セレモニーもそれぞれ「お疲れ様でした」と声を掛けたくなるようないいセレモニーでした。同時にバンタム級トーナメントでの若手選手の活躍を観て、世代交代も感じられた興行と言えるでしょう。

◎バンタム級トーナメント準決勝・決勝は5月21日(日)に豊洲PITでの岡山ジム主催興行で開催される模様です。次回「NO KICK NO LIFE」は7月9日(日)に豊洲PITで開催予定です。

激闘を続けて来た顔つきとは違うリラックスした表情でトークショーに臨んだ森井洋介

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

生きている三里塚闘争 52年ぶりの強制収用 横山茂彦

ちょっと驚いた向きもあるのではないだろうか。成田(三里塚・芝山)空港用地の強制収用である。

成田市天神峰で、機動隊による闘争拠点破壊(強制収用)が行なわれた。支援活動家3人が逮捕され、市東孝雄さんの畑に設置されていた櫓(やぐら)が撤去されたのである。


◎[参考動画]成田空港反対派の農家の建物撤去などを地裁が強制執行(朝日新聞デジタル)

反対運動にかかる設置物への強制収用は6年ぶりだが、反対同盟農民の田畑にかかる土地収用は、大木(小泉)よねさん宅(71年9月)いらい、じつに52年ぶりになる。今回は看板と櫓の撤去だったが、いずれは畑そのもの、市東さんの自宅が強制収用の対象となる可能性が高い。

土地そのものが借地であるとはいえ、営農している農家の土地を奪う、日本の農政(食糧自給の促進)と逆行する土地収奪は、天に唾して土地を殺すにひとしいものだ。裁判における成田空港会社の主張は、農地法を論拠にしているが、農地法自体が農民の土地保護を目的とした立法趣旨であることから、空港会社側の不法行為が指摘されている。

市東孝雄さんの家と畑が、B滑走路の誘導路の真ん中にある。(※画像は前進社ホームページから)

三里塚空港(成田空港)は高度成長期に計画され、1978年5月に滑走路一本で「開港」した。その後、90年代に政府と反対派の「話し合い」が行なわれ、強制的な土地収用や強硬手段は採らない、と円卓会議で「和解」した経緯がある。

その意味では、法的にも道義的にも成田空港は違約したというべきであろう。そもそも土地明け渡しの訴訟(裁判による強制手段)を訴えたこと自体、約束違反ということになる。

和解に至るまえに、大地共有化運動(反対同盟農民の土地を、支援者で分割名義にして共有する)をめぐって、三里塚芝山連合空港反対同盟は分裂している(83年3月)。この事情は当時、革マル派との党派戦争を行なっていた中核派が、大地共有化運動に参加できない(住所を公開することになる)ことで、猛烈に反対した経緯がある。

この分裂をめぐって、中核派が第4インターの活動家を襲撃する(のちに足の切断を余儀なくされた人もいる)ことで、反対運動に大きな禍根を残した。

中核派から分裂した関西派(革共同再建協議会)は、この件を自己批判している。

しかるに、分裂した反対同盟熱田派(現柳川代表派)が結んだ「空港建設に強制的な手段は用いない」という和解協議を論拠に、強制収用の違法性を批判することになったのだ。

現在、移転に応じた近隣農家(元反対同盟)もふくめて、空港の騒音訴訟という条件闘争、用地内の反対同盟(旧北原派)、木の根ペンション(プール)、三里塚物産など、様々な立場から反対運動が継続されている。その意味では、日本住民運動の管制高地といわれた三里塚闘争は、まだ北総台地で生きているのだ。

◎[参考記事]反対同盟(旧北原派)の旗開き(中核派のホームページから)
 市東さん畑で盛大に旗開き(2023年1月16日付け週刊『前進』

◎[参考記事]三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)の旗開き(第4インターのホームページから)
2023年三里塚反対同盟旗開き&東峰現地行動(2023年1月18日付け週刊かけはし)

三里塚はもともと、日本のバルビゾンと呼ばれたほど風光明媚な土地で、その耕土は黒いビロードのようだと言われる。かつての反対運動を追体験したい若者たちが援農を体験したり、夏のプール(元は水利用の風車の水源地=わたしも学生時代に掘り方として参加した)、秋の収穫にいまも集まる。可動力の7割ほどの需要しかない空港を縮小・廃港にして、農業復興・自然観光の土地に造り変える。そんな展望をもった運動の継続に期待したい。

◎[参考情報]木の根ペンションFacebook 

◎[過去記事リンク]三里塚 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=63

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。3月横堀要塞戦元被告。

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

ピョンヤンから感じる時代の風〈16〉米国式民主主義こそ専制主義だ 小西隆裕

◆なぜ今「民主主義」なのか

今、盛んに「民主主義」という言葉が使われている。

先日は、ウクライナ側から、ウクライナ戦争を指して「一政権対民主主義の戦争」だと言う主張がなされた。

ゼレンスキー大統領が昨年12月の訪米の際、米議会の演壇で、ウクライナ戦争を「民主主義 VS 専制主義」の戦争だと改めて規定しながら、「民主主義の勝利のため」に軍事支援を要請したのに続く発言だ。

昨年、バイデン米大統領が「米中新冷戦」の本質が「民主主義VS専制主義」だと言って以来、これが米側の基本主張になっている。

しかし、それにしても今なぜ「民主主義」なのだろう。

「民主主義」が今、世界でそれほど切実に求められているのだろうか。

求められている兆候はほとんどない。その証拠に、鳴り物入りで昨年末開催が予定されていた「民主主義サミット」は流れてしまった。米側から何の発表もないところを見ると、開催できなかったのだろう。「民主主義陣営」として結集結束するのに従う国の数が予定の数を大きく下回ったためだと推測される。

米国式民主主義から民心が離れたのは、何も今に始まったことではない。

長期経済停滞や泥沼の反テロ戦争、そこから生まれた数千万難民の激増、等々が続く中、それらに対し完全にお手上げ、全く無力な二大政党制など「米国式民主主義」に対する民心は、世界的範囲で完全に離れたと言うことができる。

それは、それらの根元にあるグローバリズム、新自由主義に反対し、新しい政治を求める、「自国第一主義」の広範な大衆のかつてない政治への進出として現れた。

主として米欧側メディアや政界によって「ポピュリズム」のレッテルを貼られたこの新しい政治、「自国第一」「国民第一」の波は、各国の古い二大政党制、「民主主義体制」を突き崩し、いくつかの国では政権をとるまでに発展してきた。

グローバリズム、新自由主義の矛盾として顕在化してきたこうした傾向は、今、「新冷戦」の時代を迎えながら、一時的な「ポピュリズム」ではなく、一つの時代的趨勢になってきているように見える。

にもかかわらず、今なぜ「民主主義」なのか。

◆米国式民主主義というもの

米大統領バイデンが「米中新冷戦」の本質として、「民主主義 VS 専制主義」を打ち出したのは、世界の「民主主義」への要求に応えてのものではなかった。 

それは、すぐれて、米覇権の回復のため、米国自身が求めているものだったと言える。

2017年、米国家安全保障会議は、「現状を力で変更する修正主義国家」として中国とロシアを名指しで規定した。

それに基づき、米トランプ政権は、2019年、「米中新冷戦」を宣言し、中国を相手に「貿易戦争」を開始すると同時に、ロシアに対しては、ウクライナにゼレンスキー大統領を押し立て、ウクライナの対ロシアNATO国家化、軍事大国化を推進した。

この中国とロシアに対して、「二正面作戦」を避けながら、仕掛けられた陽と陰、二つの「新冷戦」、米覇権回復戦略で掲げられたのが、中ロの「専制主義」に対する米国の「民主主義」だった。

だが、トランプからバイデンへと引き継がれた中ロを包囲、封鎖、排除してその弱体化を図る一方、日本や欧州など「民主主義陣営」を米国の下に統合して、米国を強化することにより、米覇権の回復を図るこの目論見は成功するだろうか。

ほぼ確実にしないだろうと思う。

なぜか。それは、米国式民主主義が民主主義ならぬ専制主義だからに他ならない。

そんなまやかしが通用するほど世界は甘くないと言うことだ。

そもそも民主主義とは、古来、集団の意思をその成員皆の意思を集め、集大成してつくる政治のことだ。

そこで、当然のことながら、その集団は共同体であるのが前提だ。すなわち、集団の成員皆が対等な共同体であってこそ民主主義は成り立つ。

ところが、世界中から国と民族を超え人々が集まって来てつくられた新興国家、米国は、今、民族と人種が融合せず、差別と分断が横行する「サラダボール」と言われるような状況にある。

さらにその根底には、米国という国が個人主義の極致、資本主義の総本山として発展してきたという事実がある。

その米国にあって何より尊ばれたのは、個人の自由であり、民主主義も、共同体の意思をつくると言うより、個人の自由を保障するものとして発展してきたのではないか。

そこにあって、弱肉強食、富があり強い者が貧しい弱者を支配する自由も個人の自由だ。しかもそれに、「サラダボール」と言われる状況まで重なり、個人の自由は、支配と差別、虐待の自由、何をやっても構わない自由にまでなってしまっている。

今、米国の政治において、国という共同体が責任を持って人々の生活を保障する社会保障という考え方が極めて薄弱であること、大統領選が政策そっちのけの候補者相互間の誹謗中傷合戦の場に化してしまっていることなどとともに、GAFAMなど超巨大IT独占による独裁支配が目に余るものになり、「1%のための政治」になってしまっているのは、十分に根拠のあることだと言えると思う。

◆世界最大の専制主義国家、米国 

「1%のための政治」、自国民からそう呼ばれるような国の政治を民主主義だと言えるだろうか。世界が米国を「民主主義の国」「民主主義の総本山」として憧れ、敬う時代は遠の昔に過ぎ去った。

その米国が、今、「民主主義 VS 専制主義」を掲げ、「新冷戦」を世界の前に押し付けてきている。その結果、物価の高騰、軍事費拡大と財政難、等々、経済危機と生活苦が広がっているだけではない。戦争、それも熱核戦争の危険までが深まっている。

これは、専制主義以外の何ものでもないのではないか。自分が専制主義をやりながら、「民主主義 VS 専制主義」を掲げ、世界中を「新冷戦」、そしてウクライナ戦争に駆り立て、落とし込んでいる。これ以上に破廉恥で悪質な専制主義はない。

世界最大、最悪の専制主義国家、米国を覇権の座から引きずり下ろす時が来ているのではないか。そのために、「新冷戦」の最前線に立たされている日本がどうするかが問われていると思う。

小西隆裕さん

▼小西隆裕(こにし・たかひろ)さん
1944年7月28日生。東京大学(医)入学。東京大学医学部共闘会議議長。共産同赤軍派。1970年によど号赤軍として渡朝。現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『一九七〇年 端境期の時代』
『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
最新刊 月刊『紙の爆弾』2023年3月号

横浜副流煙事件の本人尋問、「俺、食い逃げかよ?」、作田医師の証言に疑問が続出 黒薮哲哉

横浜副流煙裁判の本人尋問が2月9日に横浜地裁で行われた。筆者は、これまで何度も尋問を傍聴したことがあるが、この日の尋問は恐らくブラックユーモアとして記憶に刻まれるだろう。(事件の概要は、後述)

問題の場面は、日本禁煙学会の作田学理事長(医師)が、証人席に付いているときに起きた。作田医師の弁護人は、藤井敦子さんと酒井久男さんによる「作田外来」(日本赤十字センター内)への「潜入取材」を取り上げた。2019年7月のことである。

潜入取材の目的は、藤井さんにとっては情報収集である。4518万円の損害賠償を求められたわけだから、その原因を作った作田医師についての情報を集める必要があった。そこで藤井さんは、作田医師による診断書交付の実態を自分の眼で確認するために、酒井さんに付き添って「作田外来」を訪れたのである。診断書交付の様子を確認する必要があった。新聞社やテレビ局に40年勤務しても出来ない取材を、普通の主婦が自分の判断で簡単にやってのけたのである。

たまたま酒井さんには、衣類の繊維に対するアレルギーがあり、藤井敦子さんの目的とも合致したので、2人で東京都渋谷区の日本赤十字センターへ向かったのである。

この件は、筆者が『禁煙ファシズム』の中で暴露したので、作田氏らはこの本を通じて、入念な情報収集が行われていたことを知った可能性が高い。

 
作田医師の証言に抗議している酒井久男さん

◆作田医師、「ニコチン検査」に応じず

9日の尋問で、藤井さんと酒井さんの行動について作田医師は、次のような趣旨の証言をした……。

胡散臭い人間だと思った。二人が診察室をでたあと煙草の臭いを感じたので、職員に二人の後を追わせた。構内放送もしてもらったが2人は見つからなかった。

傍聴席の酒井さんは、仰天したように目を大きく見開いてあたりを見回した。唇が震えていたが言葉はでなかった。筆者は、酒井さんが喫煙者だと疑われているのだと思った。ところが作田医師が、原告席の藤井さんを指さして、喫煙者とは「あなただ」と断言したのだ。

作田医師の代理人は、藤井さんに対して、藤井さんが喫煙者かどうかを調べる検査(唾液にニコチンが含まれているか否かを調べる検査)を要求した。藤井さんは即座に検査に応じると言ったが、作田医師の側が検査を実施することはなかった。閉廷後に藤井さんが再度検査を求めたが、やはり応じることなく法廷を去った。

後日、酒井さんはSNSで呟いた。

「俺、食い逃げかよ?」

◆被告のA夫は出廷せず、診断書も未提出

被告のA夫は、9日の尋問に出廷しなかった。(A娘とA妻については、もともと尋問の予定がなかった)A夫は尋問の対象になっていたが、前回の弁論準備で代理人が、A夫が体調不良なので出廷できない旨を報告していた。裁判官は出廷が不可能であることを示す診断書を提出するように求めた。

しかし、弁護士は診断書を提出しなかった。車椅子で生活しており、外出できる状態ではないという。裁判官もそれを認め、結局、A夫の尋問は実現しなかった。25年の喫煙歴がありながら、作田医師から「受動喫煙症」の診断書交付を受け、それを根拠に高額訴訟を起こしたわけだから、藤井家としてはA夫から直接事情を聞きたかったはずだが、尋問そのものが実現しなかった。

※長期喫煙者が禁煙した後、煙草に対するアレルギー症状を呈することはよくある。しかし、長期の喫煙が人体に悪影響を及ぼしている可能性が高い。25年の喫煙歴がある患者を「受動喫煙症」と診断するには無理がある。

 
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

◆『禁煙ファシズム』を厳しく批判

藤井敦子さんに対する尋問の中で、被告弁護士がメディア黒書と『禁煙ファシズム』を批判する場面もあった。報道目的で裁判を起こしたのではないかと言うのだった。これに対して藤井さんは、「海外のメディアにも接している。上質なジャーナリズムに情報を提供しただけ」と答えた。

被告代理人が問題視した『禁煙ファシズム』の記述は、前訴の途中で藤井さんが、代理人を解任して本人訴訟に切り替えることを決め、筆者が支援の意思を表明した箇所である。

本人訴訟には興味があった。弁護士の大半は、早期の事件解決という観点から、事件を拡大することを嫌うが、本人訴訟になれば事件を拡大できる。裁判をジャーナリズムの土俵に乗せて、世間に訴えることもできる。裁判の進行に合わせて裁判書面をインターネットで公開することで、裁判の舞台を全国へ広げることができる。それは新しい司法ジャーナリズムの方法だった。それを実践してみたいとわたしは思った。

作田医師の弁護士には、こうしたジャーナリズムの手法が異常に感じられるのだろうが、現在の司法界の不透明な状況を見る限りでは必要な措置である。裁判の提訴と判決しか報じないジャーナリズムの方が未熟なのである。

媒体を「紙」から「電子」に切り替えても、「電子」の利点を最大限に利用しなければまったく意味がない。「電子」では、PDFなどで裁判資料の公開ができる。ウィキリークスのように。

横浜副流煙事件の「反訴」は、4月に結審する予定だ。

【横浜副流煙裁判の概要】

2017年11月、横浜市青葉区のすすき野団地に住むAさん一家(夫、妻、娘)は、階下のマンションに住む藤井将登(ミュージシャン)さんに対して、煙草の煙で「受動喫煙症」になったとして、約4500万円の損害賠償を求める裁判を起こした。しかし、将登さんの喫煙場所は、防音構造になった「音楽室」に限られており、煙は外にもれない。しかも、煙草の本数も1日に2、3本程度だった。横浜地裁はA家の訴えを棄却した。しかも、作田医師の医師法20条(患者を診察せずに診断書を交付する行為の禁止)違反を認定した。東京高裁でも将登さんは勝訴した。

判決が確定した後、将登さんと妻の敦子さんは、前訴そのものが「訴権の濫用」にあたるとして、約1000万円の支払いを求める反スラップ裁判を起こした。作田医師は、前訴の原告ではないが、少なくとも5通の意見書を提出するなど、裁判を全面的に支援した。そもそも作田医師が医師法20条を犯してまで診断書を交付しなければ、前訴は提起できなかった。こうした観点から、藤井夫妻は、反スラップ裁判の被告としてA家の3人と作田医師を提訴したのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年3月号

「言論」論〈06〉小林多喜二拷問死事件が示す「被疑者実名報道」の意義 片岡 健

大事なことの多くは、すでに小学生の頃に学校で教わっているように思うことがある。たとえば、犯罪報道をめぐって長年議論になってきた「被疑者の実名を報じるべきか否か」という問題についても、実は小学生の頃に社会の授業で教わった戦中の小林多喜二拷問死事件で答えが示されている。

プロレタリア文学の旗手と言われた多喜二は1933年2月、特高警察に逮捕され、築地署内で死亡した。特攻警察は当時、多喜二が亡くなった原因を「心臓麻痺」だと発表したが、本当は苛烈な拷問をうけたために死んだのだということは、今では誰もが知っている。そして、このような事件が起きたのは、官憲に批判的な小説を発表するなどしていた多喜二が特高警察に憎悪されていたからだというのが定説だ。

とまあ、この程度のことはたいていの人が小学校の社会の授業で習って知っているはずだ。しかし、少し深掘りして考えると、この事件は、被疑者の実名を報道することに意義があることを示した事例だとわかる。仮に多喜二が当時、実名報道されておらず、「どこの誰だかわからない人が特高警察に逮捕され、亡くなった」という程度でしか事件が世に知られていなければ、この事件はさして社会の関心を集めず、すぐに忘れ去られただろうと考えられるからだ。

実際には、この事件で被疑者として逮捕され、獄中で亡くなった人物は「官憲に批判的な小説を発表するなどしていた小林多喜二」であることが実名報道により社会に周知されている。だからこそ、90年経った今も事件を知る人の誰もが「多喜二が心臓麻痺で死んだという特高警察の発表は嘘だ」「特高警察は多喜二の言論活動を憎悪し、拷問により殺したのだ」と認識できているのである。

こうしてこの事件をもとに考えてみると、被疑者の実名を報道することには、権力による言論弾圧を未然に防いだり、未然に防げなくても記録として後世に伝えることを可能にするという意義があると認められるだろう。

こういう話を聞き、「戦中や戦前ならともかく、今は小林多喜二の拷問死事件のようなことは起きないだろう」と思う人もいそうだが、たしかにそうかもしれない。しかし、そもそも、今、小林多喜二の拷問死事件のようなことが起きないのは、事件当時に被疑者の小林多喜二が実名報道されたことにより、多喜二が死んだ原因が「特高警察による拷問」だったことが現在まで語り継がれているおかげだと思う。

※著者のメールアドレスはkataken@able.ocn.ne.jpです。本記事に異論・反論がある方は著者まで直接ご連絡ください。

◎片岡健の「言論」論 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=111

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(電子書籍版 鹿砦社)。YouTubeで『片岡健のチャンネル』を配信中。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―」[電子書籍版](片岡健編/鹿砦社)
最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年3月号

遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後

◆裁判を起こされて何もしなければ、同様のスラップ裁判が起きる可能性がある

田所 結局高裁勝訴で藤井さんは上告なさらなかったのですね。

 
黒薮哲哉さん

黒薮 そうです。原告被告双方上告しませんでした。

田所 あの裁判は確定しましたが、逆に藤井さんが原告になり裁判を提訴されていると伺っています。

黒薮 藤井さんが被告の裁判をやっていた時から、もし勝つことが出来たら損害賠償請求をやりましょう、と話はしていました。その理由はこのような裁判を起こされて何もしなければ、同様のスラップ裁判が次々と起きる可能性があると考えたからです。ですから藤井さんにけじめはしっかりつけましょうと話はしていました。ただ裁判のことですので勝訴できる確信はありませんでした。幸いに横浜地裁と東京高裁で勝訴したので、前訴が終わった後、藤井さんが元被告を不当訴訟(訴権の濫用)で提訴に踏み切った訳です。

◆日赤病院のウェブサイトから作田氏の名前が消えた理由

田所 現在横浜地裁で係争中ですが、黒薮さんの情報によれば、展開は藤井さん有利に進行していると。

黒薮 訴権の濫用を認定させるハードルは非常に高いですから予断は許しませんが、いい方向へ展開していると思います。というのは藤井さんが日本赤十字病院を何度も取材して情報を引き出していたからです。どういう経緯で作田氏の関与した事件が起こったのかを追及しました。最初はあまり相手にされなかったようですが、裁判の判決が確定した後に、藤井さんらが作田氏を刑事告発して受理されたころから態度が変わりました。横浜地検は「不起訴」と判断したのですが、検察審査会が「不起訴不当」の判断を出したことが日赤を動かしたようです。日赤病院は、藤井さんに協力するようになったのです。

田所 検察審査会で「起訴相当」の判断が出るのは相当珍しいことですね。

黒薮 めったにありません。日赤病院は作田氏の診断書の作成プロセスを藤井さんの現代理人にしっかり説明をしました。しかも説明した内容について「事実に間違いありません」と記した書面に捺印したのです。作田氏にとっては非常に不利な情報が裁判所に開示されたわけです。日赤病院のような大きな病院では、診断書を交付するための基本的な方向性が定められており、それに沿って交付手続きをしなければなりません。ところが作田氏が横浜地裁に弁護士を通じて出した診断書は日赤病院が定める公式の手続きを取っていませんでした。

作田医師は、診断書をコピーして院外へ持ち出していました。これは日赤病院にとっても問題です。2019年11月に横浜地裁判決が原告・藤井将登さんを勝訴させた翌年の3月末、作田氏は日赤を除籍になりました。

田所 定年ではない?

黒薮 そこはわかりません。定年で辞めたのか、自主的に辞めたのか、日赤病院が除籍にしたのかはわかりませんが、日赤病院のウェブサイトから作田氏の名前が消えました。日赤病院が一つけじめをつけた可能性が高いと思います。

 
田所敏夫さん

◆4500万円請求の不自然

田所 それで藤井さんが損害賠償請求に踏み切った。被告は誰ですか。

黒薮 被告は作田医師と藤井さんを提訴した元原告。前訴を起こしたA家のお父さん、お母さん、娘さんです。ただA家の人たちが本当に物事を理解して裁判を起こしたのかのかどうかはわかりません。周りから「やりましょう」と言われて裁判をした可能性もあります。横浜地裁も、喫煙者の撲滅という政策目的で起こされた裁判である可能性を認定しています。

田所 その可能性のほうが高いと感じます。25年喫煙歴のある人が団地の斜め下の住民に4500万円の請求を求める裁判を起こすとは、印紙代だけでも相当かかりますから不自然ですね。私怨や思い込みだけではない可能性を感じます。

黒薮 横浜地裁の判決言い渡しには作田医師が姿をみせました。その理由はやはり「家の中でタバコを吸っても罰を受けるのだ」という判例が欲しかったのでしょう。その判例さえあれば家の中でタバコを吸っている人を、次々に裁判にかけることができる、という頭があったのだと思います。喫煙者を社会から容赦なく撲滅するための判例がほしかったのでしょう。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)
最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年3月号

ウクライナ侵攻から1年 ── ヨーロッパを18世紀にもどしたプーチンの戦争犯罪 横山茂彦

ロシアの侵攻・ウクライナ戦争の危機を、この通信で報じたのは、昨年(2022年)の2月23日のことだった。あれからあと10日で1年になる。経緯を振り返りながら、戦争の今後を展望しよう。

◆プーチンの戦争は近代以前のスタイル ── 力押しに兵力を前線に送り込み、兵士たちを消耗品のように使い尽くす

※[参照記事]「風雲急を告げる、ウクライナ戦争の本質 ── 戦争をもとめる国家・産業システム」(2022年2月23日付けデジタル鹿砦社通信)

当初われわれは、アメリカの軍産複合体による戦争の必要、ロシアの覇権主義による帝国主義的併呑として、この戦争の本質をみてきた。多数の人種が混住する東ヨーロッパに特有の、したがってボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のような内戦状態になるであろうと。そしてアメリカの介入で長期化は避けられないと。

この見方はしかし、プーチンという独裁者を分析するにつれて、誤りであると結論せざるを得なかった。

それというのも、ウラジーミル・プーチンがかつてのアドルフ・ヒトラーとほぼ同じ、好戦的な独裁者であり謀略家であること。さらにはヨシフ・スターリン以来の民族併合主義であり、強権的な独裁者であることが明白になったからだ。

いや、ヒトラーやスターリンに擬するのはふさわしくないかもしれない。プーチンの戦争は力押しに兵力を前線に送り込む、兵士たちを消耗品のように使い尽くす、近代以前のスタイルである。

あにはからんや、開戦後のプーチンはピョートル大帝やエカチェリーナⅡ世を理想とするものだった(プーチン談話)。かれは21世紀に18世紀の戦争を持ち込んでいるのだ。そして、その心性も明らかになっている。

※[参照記事]「核兵器使用を明言した妄執の独裁者、ウラジーミル・プーチンとは何者なのか? ── 個人が世界史を変える可能性」(2022年2月26日付けデジタル鹿砦社通信)

◆スターリンを彷彿とさせるプーチンの強権

ヒトラーがウィーン時代に感じたユダヤ人への敵意と同じように、プーチンは東ドイツ時代(シュタージの一員として暗躍)に壁の崩壊を体験し、大衆の反乱に恐怖を抱くようになった。それゆえに言論統制と対立政党の非合法化をもって、ロシア連邦の復活を強権的に行なった。その姿は鉄の人スターリンを彷彿とさせる。事実、ロシアではスターリン像の再建が進んでいる。

※[参照記事]「第三次世界大戦の危機 プーチンは大丈夫か?」(2022年3月14日付けデジタル鹿砦社通信)

そしてこの戦争が、アメリカとロシアの中東派兵などとは違い、国境接した国同士の本格的な領土侵略として顕現した以上、そして片方の国が核大国であることから、第三次世界大戦の勃発につながりかねないと指摘してきた。第三次世界大戦の勃発とはすなわち、核熱戦争の招来にほかならず、人類の滅亡をもふくむ災禍であると。

しかし、その後の展開は核戦争の脅しと恐怖はありつつも、やはり核兵器は使えない兵器であることが明らかになりつつある。専門家のあいだで想定されていた戦術核もウクライナ国内(ロシア占領地)に配備されることはなかった。おそらく本格的な核熱戦争を怖れているのは、当のプーチンであるのだろう。

したがって、南部・東部地域においても通常兵器での応酬がもっぱらとなったのである。

※[参照記事]「ウクライナ戦争 ── 戦況総括と今後の展望」(2022年5月23日付けデジタル鹿砦社通信)

◆ウクライナ戦争は数年単位の長期化が必至

ところで、それ以前にロシアの戦争計画の杜撰さも明らかになっていた。当初、ロシア軍は南部(クリミア半島方面)・東部ドンバス地域、北部からウクライナの首都キーウを、3方面から急襲する作戦だった。このうち、北部から一気呵成に首都を陥れ、西側観測筋にもあったゼレンスキー政権の亡命を促す作戦だった。

その作戦は北部からの機甲部隊の圧力、および空挺部隊で空港を支配下に置くことで、首都キーウを包囲するというものだった。

しかし空挺部隊の空港制圧は、事前にウクライナ軍に読まれていた。ウクライナ軍の待ち伏せにより、ロシア軍空挺部隊は孤立、初期の段階で壊滅した。いっぽう、戦車を先頭にした機械化部隊も、ウクライナ軍がキーウ北部の河川堤防を決壊させることで、泥濘の中に動きを止められた。

そして地対地ミサイル、ジャベリンによって、動けなくなった戦車が砲塔上部を破壊される事態が多発した。ために、ロシア軍の戦車は砲塔の上に鉄製のバリケードをくっつけて走るという、珍無類の戦闘風景が現出したのである。


◎[参考動画]ウクライナジャベリン対戦車ミサイルが5両のロシア戦車を破壊-ARMA3

戦車であれ戦闘艦であれ、兵器の弱点は武器庫である。ロシア戦車は砲塔に弾薬庫が併設されているために、真上からミサイルを受けたさいに自爆する。ウクライナの戦争報道で、砲塔が吹っ飛んだ戦車が赤茶けるまで焼けているのは、弾薬の爆発→軽油(ディーゼル燃料)の炎上の結果、剥き出しになった鉄甲が赤く錆びるという現象なのだ。

速戦圧勝という、ロシア軍が想定した作戦は頓挫した。北部から東部へと部隊を移動せざるをえなくなり、そのかんにロシア軍の大部分が部隊としては崩壊してしまったのである。プーチンの予備役招集、新たな徴兵はその証左にほかならない。

そしていま、ドイツ製レオパルド1・2の供与など、NATOのウクライナ支援が継続、拡大している。ポーランドが100輌供与するレオパルド1については、ロシア製のT72など前世代戦車に属するが、赤外線暗視装置や渡河可能なシュノーケルなど、50年前は最新鋭とされたものだ。

レオパルド2は普及型としては最新鋭だが、現代戦車の優劣はソースコードによるとされている。ようするに、クルマでいえばマニュアル式のギアミッションとオートマの違い、ナビゲーションシステムの有無、後方確認システムなど、最新の電子システムを備えているかどうかの違いである。

そのレオパルド2、アメリカ製のM1A2エイブラムス、イギリス製のチャレンジャーなど最新戦車が投入されたならば、戦局は長期化する。かくして、ウクライナ戦争は数年単位の長期化が必至となったのである。


◎[参考動画]これが、どの国もレオパルト2戦車と戦うことを望まない理由です。

※[参照記事]「戦争の長期化は必至 ── 犯罪人プーチンとロシア軍が裁かれる日」(2022年6月18日付けデジタル鹿砦社通信)

◆21世紀を生きる我々に何ができるのか

プーチンの戦争に反対し、ウクライナの人々を支援する以上に、21世紀を生きる我々に何ができるのか。ウクライナ大使館を通じた支援、ユニセフやアムネスティを通じた支援もさることながら、国際法違反を声高に発信するのが、じつは歴史的には有効である。ロシアに対して、虐殺や国際法違反を警告するのである。

この点はSNSを通じて、あるいは国際的に影響力のある報道機関をつうじて、研究者や識者の提言を送ることで、プーチン政権の動揺を誘うことが可能であろう。それはわれわれにも出来る活動だ。

街頭行動も準備されているので、紹介しておこう。1周年の2月23日には、ロシア大使館行動もあるようだ。

プーチンの戦争を止めよう! ウクライナに連帯を! 2.23新宿デモ 2023年2月23日(木)13時半~ 新宿駅東口アルタ前広場 (呼びかけ団体=ウクライナ連帯ネットワーク)

さて、今回の戦争は反戦平和を訴える左翼陣営において、思いがけない混乱が生じた。ロシアもウクライナも、どっちもどっちだ。アメリカ(NATO)とロシアの帝国主義間戦争論、ウクライナは降伏するべきだ、などなど。これについては私が批判した共産同首都圏委の沈黙、論争回避の決定など思わぬ事態に発展しているので、後編としてお伝えしたい。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

わかりやすい!科学の最前線〈04〉DNAがもたらす光と影[2]安江 博

サイト(2-6)は日本医療研究開発機構の報告です。いつものようにかなり専門的ではありますが、要するに、日本人21万人のゲノム解析により決定された、疾患発症に関わる遺伝的変異についての報告です。簡単にいえばゲノムと病気発症の相関関係を調べたということです。その結果、虚血性心疾患に関連する ATG16L2、肺がんに関連する POT1、ケロイドに関連する PHLDA3などの多くの疾患に関わる遺伝子が同定されました。その結果、多くの病気のなりたちが明らかになり、治療薬の開発、発症の予防、場合よっては遺伝子治療へと繋がっていくことが期待されています。

具体例を紹介します。BRCA1、BRCA2遺伝子は、それらが産生するタンパク質に、傷ついたDNAを修復する働きがあり、細胞の遺伝物質の安定性を確保する役割があります。すなわち、細胞のがん化抑制遺伝子です。この遺伝子が欠損していると、DNAの二本鎖切断の修復を十分に行えません。その結果、異常な配列が生じる可能性があり、がんになりやすいことが判りました。

遺伝子検査で、がん抑制遺伝子のBRCA1とBRCA2のどちらか、もしくは両方に変異が見つかった方で、血縁者に乳がんや婦人科がんになった方がいる場合、且つ乳がん検診で、いつも再検査を勧められる方ないしは、すでに一方の乳房が乳がんになった方に対しては、乳がんが発生していなくても、予防的乳房切除術が健康保険の適応の対象となりました。遺伝子科学の進歩により、上記の条件に該当する場合は、乳房にがんが認められなくとも発病可能性が極めて高いことから、このような予防的施術が保険適用されるに至ったわけです。

がん細胞には増殖の過程で、正常細胞と比較しても、より多くのDNAの損傷が生まれます。そして、多くは増殖を続けることが出来なくなり死滅します。しかし、がん細胞の一部は、さらに、間違った修復を受け悪性化していきます。がんが発症した方の中で、BRCA1/2遺伝子に欠損のある方は、BRCA1/2遺伝子による修復は出来ませんが、残されている別のシステムであるPARP(poly ADP-ribose polymerase)が働いて修復が行われてしまい、がん細胞が増殖してしまいます。 そこで、このPARPの阻害剤の一つであるオラパリブ(商品名:リムパーザ)を用いて、がん細胞のDNA修復を完全に阻止し、がん細胞を死滅させる方法が保険適用になり、がんの治療に使われています。オラバリブのように、病気の原因となっているタンパク質など、特定の分子にだけ作用するように設計された治療薬のことを「分子標的薬」と呼び、今日様々な新薬が続々と開発されています。分子標的薬がたんぱく質異常など病気の原因に合致すると、目覚ましい効果を上げることはよく知られています。このように、ゲノム解析は徐々にですが、人々の生活や医学に貢献してきています。

今ここまでに、述べました例は、沢山の方のゲノム解析をして、疾患に関わる遺伝子を特定して、その成果を利用しているものです。

つぎに最近のゲノム解析技術で、こんなことが出来るという例を紹介しましょう。前回、光と影(1)で、一卵性双生児でも、ゲノム配列が違うということを述べましたが、その違いは、任意の二人(他人)を比べた場合と異なり、極めて少ないものです。少ない違いでも正確に、デジタル技術を使って見つけることが重要です。そこで、我々は、そうした違いを見つけるためのプログラム(PED)を開発し論文として発表しました(文献2-7)。私が所長をつとめるつくば遺伝子研究所では、ある方から、「がん組織でゲノムDNA配列がどのように変異しているかを調べてほしい」と依頼を受けました。そこで、送付されたがん組織と対応する正常組織からDNAを抽出し、試料あたり、ヒトゲノム配列の50倍に相当する1500億塩基配列の分析結果を得ました。そして、正常組織の1500億塩基配列とがん組織の1500億塩基配列の相動性をPEDで解析しました。解析量が膨大であるため、オンボードメモリを768ギガ(市販のパソコンでは多くて16ギガ)搭載し、大容量記憶媒体のSSDを搭載したパソコンをつくば遺伝子研究所で自作しこれを用いました(つくば遺伝子研究所ではこのようにパソコンや検査機器も可能な限り自作し、それでありながら世界最先端の研究を実践しています)。この解析の結果、DNAポリメラーゼの遺伝子配列に変異が起こっていることが判りました。私は医者ではありませんので原因を特定しても、即座にその治療法を見つけることができるわけではありません。しかしこのように遺伝子配列に異変が起こっていることが判明すれば、医療界ではそれに対する治療法を検討することが可能でしょう。

今までは、ゲノム配列解析の進展とそれがヒトにどのように関わってきているかを概観してきましたが、これからのコラムでは、ヒト以外の生物種に対してどのように使われているかを紹介したいと思います。地球上でヒトの生存圏が構築されていますが、他の生物種でも同様に、それぞれの種でその生存圏が構築されています。その生存圏が交わるところで、共生があったり、問題(戦い)があったりします。それらについて、DNAの視点から興味深い観察と解析を行った例をご紹介します。具体的には、我々の住んでいるところに、クマ、イノシシなどが出没するといった事例です。

【文献】

2-5 Sequencing and analysis of Neanderthal genomic DNA James P Noonan 1, Graham Coop, Sridhar Kudaravalli, Doug Smith, Johannes Krause, Joe Alessi, Feng Chen, Darren Platt, Svante Paabo, Jonathan K Pritchard, Edward M Rubin Science. 2006 Nov 17;314(5802):1113-8.

2-6 https://www.amed.go.jp/news/release_20200609.html

2-7 Polymorphic edge detection (PED): two efficient methods of polymorphism detection from next-generation sequencing data. Akio Miyao 1, Jianyu Song Kiyomiya 2, Keiko Iida 2, Koji Doi 3, Hiroshi Yasue BMC Bioinformatics. 2019 Jun 28;20(1):362.

◎安江 博 わかりやすい!科学の最前線
〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
◎[過去稿リンク]わかりやすい!科学の最前線 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=112

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

安江博『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846314359/
◎鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?group=ichi&bookid=000686
四六判/カバー装 本文128ページ/オールカラー/定価1,650円(税込)

最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年3月号

今年こそ、分断修復へガツンと賃上げ! 野党・労組は総理に後れを取るな!  さとうしゅういち

筆者の自宅のある広島1区選出の岸田総理は年頭記者会見で「異次元の少子化対策」と並び「賃上げ」に意欲を示しました。一方で、厚生労働省によると2022年11月の実質賃金は前年同月比で3.8%減少でした。物価の大幅上昇に賃金が追い付いていません。これまで、特に2010年代くらいまでは賃金が上がらなくても、物価が上がらないデフレだったためになんとかなった人も、これではたまりません。例えば、20万円給料があった人が実質的に7600円も減ったら、大変です。賃金の大幅引き上げは必須です。

◆「実質賃金大幅減が成果」の総理の「賃上げ」、信用できぬ

総理の言葉に対して突っ込みたいこともたくさんあります。総理は確かに昨年、例えば介護労働者の給料アップを実行はしました。だが、その中身たるやたったの3%です。このところの物価上昇でそれは打ち消されています。他業種がインフレ手当を出すなどの中で、「人員確保効果」は全くと言っていいほど期待できません。
それどころか、筆者の勤務先でも、外国人労働者が広島から東京の介護施設へ流出しています。

また、カナダや豪州へ日本人が流出していることも2022年末は報道されました。

そもそも、総理の就任時の公約は賃金アップによる経済底上げです。そして「所得倍増」のはずでした。それがいつの間にか「資産所得倍増」になり、さらには「アメリカの武器会社の所得(?)倍増」に変質しています。

「去年、公約を実現できなかった男」が、今年またやります、と張り切っても素直に「はい、そうですか」とは言えません。

 
グラフ、筆者が所属する労働組合・広島県労連の2023新春街宣で配布したティッシュより

◆総理に先行されてしまう労働組合も情けない

しかしながら、総理にいわばメインの公約として「賃上げ」を言わせてしまう労働組合側も情けないものがあります。労働組合の役員の一人として、忸怩たる思いです。

人々の暮らしを守るための財政出動(福祉や教育の充実、公共投資、税や社会保険料負担軽減など)は政府=総理のメインの仕事です。しかし、賃上げそのものは基本的には労使交渉で決めるのが筋というものです。労働者はストを背景に闘うわけです。例えば、イギリスでは看護師でさえも史上初のストライキを行っています。翻って日本。地元の広島でも最大手のマツダの労働組合は、ベースアップは断念したという。最初から要求もしないでどうするのでしょうか?

日本の場合は自民党政治が、非正規労働を増やす政策を取り続けたこと、そして労働組合が自民党側の工作で力をそがれたこともあって、ここ20-30年、いわゆる失敗国家以外では唯一と言っていいほど、賃金が上がらない国に日本はなってしまいました。

こうしたことを背景に、安倍政権時代も含めてここ数年、自民党の総理が賃上げを「主唱」する構造になっています。

現在の日本は(労使交渉以外の)政治的な力が加わって労働者の給料が抑え込まれてきた時代が長かった以上、逆に政治的な力も借りて是正するのは「あり」だと考えます。

◆野党側も「労働者」の視点が不足した21世紀

これまで労働者の賃金が上がって来なかった背景として指摘したいのが、ここ20-30年の野党が、「市民」という視点は強くても「労働者」という視点が弱くなっていたことです。こうしたことを背景に「市民」のためのサービスは、子育てを中心に大昔に比べればそうはいっても充実してきました。しかし、その内実は、賃金の低い労働者に支えられております。非正規公務員。そして、介護などケア労働者。制度の運営の原理も介護保険にせよ、保育にせよ、昔に比べて市場原理主義です。そうなると当然、労働者の賃金も低く抑え込まれます。公務分野の賃金が低いことは、民間にも波及していきます。

大資本の政治部隊である自民党がこうした労働者の使い捨て、市場原理主義を進めてきたのは当然です。だが、野党も日本共産党など一部をのぞいてあまりにもこれらの問題に無頓着すぎました。各自治体での保育園はじめとするサービスの民営化条例などは、共産党などを除く多数で可決されてきたし、野党系と言われる首長のもとでさえも進められてきたのも歴史的事実です。

◆子ども支援など一定の前進も緊縮が敗着〈旧民主党政権〉

なお、リーマンショック以降くらいの野党(民主、社民は一時期与党だった時期もありますが)は、セーフティーネット充実に重点を置いていました。これ自体は間違いではありません。

昭和後期の日本ではセーフティ-ネットが家族主義であり、企業主義であったのは事実です。具体的には正社員であるお父さんがいる夫婦二人子ども二人の家庭が社会保障や教育などの仕組みを設計する上でのモデルとなっていました。そのモデルから外れた場合に非常に悲惨なことになりかねない欠点がありました。

それは、我々就職氷河期を中心に非正規労働者が増えてきた中でリーマンショックが襲ってきた2008-2009年ごろになってようやく大きく注目されるようになりました。

あの局面では、ひとまず、セーフティーネットを個人に適用していく方向に変えていく。そのことは絶対に必要だったし、筆者自身もそういう思いで、反貧困などの活動に参加していたのを記憶しています。一定程度の成果があったのも事実です。安倍総理、岸田総理がポーズではありますが、昔の自民党なら全く相手にしなかっただろう学費負担軽減に乗り出したのも、厚労省がコロナを受けて生活保護を受けやすくしたのも、民主党政権時の取り組みの延長線上にあったとは言えます。

他方で、民主党政権は痛恨の敗着をやってしまいました。2011年の東日本大震災の復興財源を増税とともに公務員給料カットでねん出したことです。公務員給料カットは与党だった民主党への反感を強め、民主党政権の崩壊を早めました。また、震災復興を理由に、民主党は介護労働者待遇改善を自民党以上にはしませんでした。そもそも、震災復興は設備投資と一緒だから、全額国債ないしお金を刷る、でよかったのです。これらの民主党の政策の結果、労働者全体の賃金も抑え込まれ、安倍晋三さん再登場の遠因になってしまいました。

◆政治的に困難な「賃上げなきセーフティーネット充実」

労働者の給料が異常に低すぎる状態のままでは、これ以上のセーフティーネット充実が難しいと感じています。 

第一に、現物給付のセーフティーネットを担う公務労働者の給料が低すぎれば担い手が確保できなくなるからです。 例えば、筆者が知るいわゆる左派系の活動家でもある公務労働者でさえも、生活保護者をうらやんでしまう方もおられます。その方も伺えば、非正規で低賃金です。「これはダメだ、と絶望して辞めていく人も多い」(広島県北部の市議)状態です。

第二に、人々の賃金が低すぎると、分断が広がるということが挙げられます。例えば低賃金で結婚も難しかった筆者の同世代の就職氷河期世代の中には、「最近は子どもへの支援ばかり優先されている」という不満の声も多くあります。また、いわゆる少子化対策(子どもへの支援は必要だが、少子化解消そのものを政策目標にすべきかどうかという議論は別途あります。) とやらが、万が一成功しても、成人後の賃金がこんなにひどいと、生まれた子どもも将来に希望が持てないでしょう。

◆賃上げなくして年金アップなし

なお、世論調査などで、年配者が一部野党の支持層には多いという指摘もあります。また実際に、野党支持者で、賃上げがインフレ加速、年金生活者の生活圧迫になることを危惧される方も筆者は存じています。

しかし、実際問題、仕組み上、賃金が上がらないと年金も上がりません。生活保護基準についても同様です。各野党もそこはきちんと支持者を説得していただきたいのです。

そうしないと、高齢者や生活保護受給者を攻撃して、現役世代に溜飲を下げてもらう傾向の強い「維新」に足をすくわれかねません。年金や生活保護を引き下げて低すぎる賃金に合わせるようなイメージを醸し出し、現役世代に溜飲を下げてもらう「維新」に対して野党(れいわ、共産、社民など。立憲は最近怪しいが)は「低すぎる賃金を上げる」方向で徹底的に闘うべきです。

◆総理との差別化は「賃上げへの熱心さ」で

また、岸田総理が賃上げを打ち出す中で、立憲や共産など既存野党は選択的夫婦別姓や同性婚などいわゆるジェンダー問題に訴えの力点が行き過ぎているように思えます。もちろん、筆者もそれらを軽視するわけではありません。筆者自身も戸籍上は妻の姓にしており、結婚時には様々な不便も感じました。

ただし、少なくとも筆者の同僚の女性労働者にとっても賃上げの方が切実な関心事項のようです。選択的夫婦別姓推進を訴えたからといって、彼女らの野党への支持が高まるとは思えません。

野党は与党・総理との差別化を打ち出そうというのはわかります。それならば、賃上げを「口先だけ」でも出してきた岸田総理に対して、昨年2022年も彼がやるといっておきながら十分にやらなかったことをきちんと指摘。「野党側こそ賃上げに熱心である」ということで差別化すべきです。

◆「労働貴族」は大問題だが「労働運動」は今こそ必要

かつて、野党が労働組合に選挙運動を依存しすぎてきたことは各野党の独自の足腰を弱めました。特に広島の場合は、武器や原発製造の大手企業の労働組合に旧民主党系が依存してきたために、自民党との政策の違いが中央におけるそれよりも分かりにくくなっています。また、労働組合の推薦を得ながら公務労働者の賃下げに賛成するなど、労働者の票を食い逃げしてきたいわゆる「労働貴族」系政治家の問題もあります。

こうしたことを背景に、「労働貴族」(系政治家)を嫌う勢い余って、「労働運動」ひいては「労働者の権利」そのものも軽視する方も少なくない。お気持ちはわからなくはないが、そこは踏みとどまりたいところです。

◆「現役労働者」政治家として他野党にも奮起を促す

 
筆者の政治活動ポスター

筆者は、今後とも、特に地方、それも広島の賃金引き上げを軸に労働運動、政治活動両面で注力します。現役労働者でもある筆者が労働者の賃金大幅アップに注力することで、他の野党政治家も危機感を持って取り組んでいただければ、広島での野党の伸びにつながるでしょう。ひいては武器倍増やそのための増税などで暴走する地元選出の総理の暴走にブレーキをかける一助になると期待しています。

◎筆者の政治活動へのカンパ先
郵便振替口座 01330-0-49219 さとうしゅういちネット
広島銀行本店(店番001) 普通 口座番号3783741 さとうしゅういちネット

ただし、ご寄付頂けるのは日本国籍の方、そして一人年間150万円以下に制限されます。また、
・年間5万円を超えてご寄付頂いた方
・筆者への寄附による所得税の控除を受けられたい方については、法の定めるところにより、政治資金収支報告書等で筆者からご住所・ご氏名・ご職業を広島県選挙管理委員会に報告させていただきます。何卒ご了承ください。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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