2024年度は3年に一度の介護報酬改定の年です。その24年度へ向けて、厚生労働省は省令の改正を行います。

その改正案の中で、ICTなどのテクノロジーを導入した施設は職員を減らしてよいという趣旨の人員基準改悪が盛り込まれています。今回は特定施設(いわゆる介護付き有料老人ホーム)で導入される案になっていますが、いずれ、全ての施設に広がるのは明らかです。労働法も含めて様々な制度改悪は〈小さく産んで大きく育てる〉戦法を過去、政府や財界の〈エライ人たち〉は取ってきたことを想起してください。

◆ショボすぎた岸田総理の介護職員給料アップ

 

政治活動用ポスター、筆者の自宅のある広島市東区で撮影

岸田総理は2021年の自民党総裁選や衆院選で「介護などの労働者の給料アップを軸とした経済の底上げ」を公約して勝利しました。総理は、確かに2022年は介護や保育労働者の給料アップ3%を実施しました。ただし、他のとくに介護と似て女性労働者が多い業種でイオンさんを含めて大幅な賃金アップが実施され、介護から他業種への労働者の流出が深刻になりました。

2023年度はさらに物価上昇が深刻にも関わらず、岸田政権は新たな介護労働者の給料アップ策を怠りました。秋になって慌てて月6000円アップというショボすぎるし舐めすぎている賃上げ策を出しています。

◆これ以上の人減らしなら介護現場が崩壊する

他方で、実は岸田政権は発足直後の2021年冬から、見守り装置やICTなどテクノロジーの導入による職員配置の削減も検討していました。

しかし、見守り装置ができれば、居室で利用者が転倒された際の発見は早くなりますが、対応するのも人間=職員です。ICT導入で事務仕事は簡便化されるでしょうが、それで職員を減らせる状況では現場はありません。ただでさえ、職員が少なすぎる中で、広島地裁では「90代男性がゼリーを誤嚥して亡くなったことに対して施設が遺族に損害賠償を支払え」という判決も出てしまいました

あまりにも現場を知らない理不尽な判決です。

筆者自身、勤務先の施設でのおやつ時間中に帰宅したがる利用者が大声を出される中、別の午前中までは異常のなかった利用者が誤嚥でもないのに「うっ」という言葉を発してぶっ倒れて亡くなられるという状況も経験しています。

あるいは、利用者が別の利用者に殴りかかり、筆者が慌てて止めに入る、という事件も日常茶飯事です。他施設では酷い場合には、男性利用者が女性利用者に性的暴行をすると言う事件さえ起きています。

あるいは、利用者や家族の暴力が職員に向くこともあります。埼玉県ふじみ野市では、渡辺宏被告人が要介護者だった母親が亡くなった翌日の2022年1月27日、母親の主治医の訪問診療医の鈴木純一Drや介護を担当していた理学療法士らを呼びつけ「まだ心臓マッサージで生き返るかもしれない」と要求。

鈴木Drに断られたことに逆切れし、猟銃で鈴木Drを殺害し理学療法士に重傷を負わせたとされる事件を起こしています。同市は事件を教訓に〈ふじみ野市地域の医療と介護を守る条例〉を事件後に制定。

だが、そもそも、岸田総理率いる中央政府が本腰で医療や介護の現場労働者のための安全対策を行わないから、市が対応したのではありませんか?広島で介護福祉士として働く筆者も、時として理不尽な要求をされるご家族に遭遇することもありますから、埼玉の事件は他人事ではありません。

このように国が行政府(官僚)・立法府(議員)・裁判所(裁判官)の三権ともに、言い方は悪いですが〈介護現場を見捨てている〉状況でさらに人を減らす一方で、岸田総理による介護職員の給料アップは月6000円とショボい。これでは介護を仕事としてやる人がいなくなってしまいます。

◆介護崩壊回避へパブコメに応募を!

そして、ご紹介したように、今回の省令改悪案が出てしまいました。現在、厚労省は2024年1月3日までの期限で、省令案へのパブリックコメントを行っています。

指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準等の一部を改正する省令(仮称)案に関する意見募集について
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495230254&Mode=0&fbclid=IwAR0L9E0884akl-_AVb7MxgpSSOjM2OwUKehvGeLrk6vmj2za6W0iRF_SdNo

 

このQRコードでも大丈夫です。スマホの方はこちらからでも入力ください。

皆様からも介護崩壊を避けるため、ご意見を送っていただければ幸いです。以下に、参考文例をお示しします。

長めの文例

ICTなどテクノロジーを活用したからと言って人員配置を削減するのを可能にすることには反対します。

具体的には、以下の点について意見します。

7.居住系サービス

(1)(介護予防)特定施設入居者生活介護・地域密着型特定施設入居者生活介護

生産性向上に先進的に取り組む特定施設に係る人員配置基準の特例的な柔軟化

テクノロジーの活用等により介護サービスの質の向上及び職員の負担軽減を推進する観点から、利用者の安全並びに介護サービスの質の確保及び職員の負担軽減に資する方策を検討するための委員会において、生産性向上の取組に当たっての必要な安全対策について検討した上で、見守り機器等の複数のテクノロジーの活用、職員間の適切な役割分担等の取組により、介護サービスの質の確保及び職員の負担軽減が行われていると認められる指定特定施設に係る当該指定特定施設ごとに置くべき看護職員及び介護職員の合計数について、常勤換算方法で、要介護者である利用者の数が3(要支援者の場合は10)又はその端数を増すごとに0.9以上であることとする。(居宅基準第175条、地域密着型基準第110条及び予防基準第231条関係)

上記については
・常勤換算方法で、要介護者である利用者の数が3 (要支援者の場合は10)又はその端数を増すごとに0.9以上であることとする。
を現行通り
・常勤換算方法で、要介護者である利用者の数が3 (要支援者の場合は10)又はその端数を増すごとに1以上であることとする。
とすべきです。

現場では、見守り機器等の複数のテクノロジーを活用したところで、最終的に人に対応するのは人です。現場では、現状でも人手不足が深刻です。現場では、例えば、ある利用者が誤嚥しているときに、別の利用者が帰宅しようと玄関へ向かって歩き出す、ということも現実に起きています。

夜勤帯では、トイレに行きたいと訴えられる利用者、「腹が減った」と訴えられる利用者、ご自身の人生に関する様々な悩みを訴えてこられる利用者が入れ替わり立ち替わりお見えになったりコールを鳴らされたりします。

こうした人々に対応できるのは人間です。

見守り装置があれば、例えば居室で転倒されるなどの異変に早く気付くことはできます。しかし、その異変に対応するのも人間です。見守り装置があればサービスの質の向上にはなるけれども、人間を減らせるという性質のものではありません。
いま、職員を減らせば、さらに利用者への対応が困難になります。

広島地裁では先般、ゼリーを誤嚥して亡くなられた利用者のご家族が施設側を訴えたことについて、施設側に損害賠償を払うよう命じる判決が出ました。

しかし、そもそも、食事時間帯はそれこそ、20人の利用者に2、3人で対応します。お1人の利用者だけに対応するのは困難です。比較的リスクが少ないと思われた人がいきなり誤嚥する、あるいは誤嚥すらなく、いきなりぶっ倒れて亡くなるというケースもあります。それが高齢者というものです。

ITなどの機器の導入で、もちろん効率化はできるでしょう。しかし、人間を減らせばますます、利用者への対応は困難になります。

その上、上記のような理不尽な裁判所が認める要求にもこたえなければならないとなれば、誰もこんな仕事はしなくなってしまいます。

ただでさえ、2022年には低賃金を背景に介護で働く人が減少に転じています。わたしの周囲でも外国人労働者でさえも給料の高い東京などへ流出し、地方の介護現場では人の確保が困難です。

その上、職員の配置基準の引き下げで仕事がハードになれば、ますます職員が辞めていき、現場は崩壊します。意図的に現場を崩壊させたいというのが目的であれば、この案は非常に合理的ですがそうでなければ、愚策です。見直しをお願い致します。職員確保が難しいからと言って配置基準を減らすのではなく、職員への給料を大幅アップして、職員の確保に力を入れてください。

短いバージョンの文例は以下です。

人員配置を削減するのは絶対に止めてください。たとえICTや見守り装置を導入しても、最終的に利用者に対応するのは人間である職員です。ただでさえ低賃金等で職員が辞めていく中、これ以上、職員定数を減らされたら現場は崩壊します。職員確保が難しいからと言って配置基準を減らすのではなく、職員への給料を大幅アップして、職員の確保に力を入れてください。
〈以上〉

◆岸田総理になめられない県民を!広島から多くの意見を!

ところで、人員配置という大事なことが、国民の代表たる国会で議論される法律ではなく、省令という形で定められるというのはいかがなものか?そのことは問題的させていただきたい。ただ、現行制度の枠で緊急に暴走を止めるにはパブコメ応募しかありません。もちろん、時間的に余裕があれば総理以外の他の国会議員や地方議会にも陳情しましょう。

岸田総理も武見厚労相も日本に住む人々をなめ切っています。とくに総理は、選挙区の有権者である広島県民をなめ切っています。

筆者と広島瀬戸内新聞では、「岸田総理や湯崎知事から公をあなたの手に取り戻し、広島とあなたを守る大改革・ヒロシマ庶民革命」を呼び掛けています。その大きな柱の一つは「〈エライ人〉になめられない広島県民になる」ということです。総理の地元から特にガツンと意見を出していきましょう。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年1月号

いつも論評できる範囲でレビューを書いています。

『紙の爆弾』1月号のスクープというか、解説記事で、思わず「おおっ! そうだったのか」となったのが、浜田和幸氏の「ガザはなぜ狙われるのか イスラエル暴虐の隠された”真相”」でした。

今回のガザ侵攻で、日本人の大半は、第一次大戦後のイギリスによる二枚舌外交(アラブの独立とイスラエル建国)を知り、紛争の根深さに嘆息したはずです。しかし、侵攻の背景に、石油・天然ガスの権益確保があったとまでは、まだ報じられていなかった。

その前にひとつ、ネタニヤフ政権の思惑として、ハマスの壁越え攻撃があるのを知っていた(情報機関モサド)というのがあります。まず先制させておいて侵攻する、というのがシナリオだったのは明らかです。ただし、1000人以上が犠牲になり、200人を超える人質は想定外だったのではないでしょうか。

おそらくイスラエルの計画は、ハマスを壊滅させる過程で、徹底的にパレスチナ人を南に避難させ、シナイ半島(エジプト領)まで追いやる。

そしてそこにパレスチナ国家を独立させ、ヨルダン川西岸のパレスチナ人、レバノンほかに難民としているパレスチナ人も、そこに集約する。これで75年もの長きにわたる「パレスチナ紛争」を最終的に解決する、というものです。じつはネタニヤフの第一次政権(96年~)のときに、この案は浮上していました。

◆パレスチナ解放闘争の消滅か イスラエルの消滅か

ただし、シナイ半島の割譲にはエジプトが反対しているので、すんなりと行くわけではありません。浜田さんのレポートでは、モサドが事前に「パレスチナ住民を残らずエジプトに移住させること」が最終ゴールとして明記されているとのことです。

記事では、このほど亡くなったキッシンジャーの「予言」にも触れられています。それによると「イスラエル滅亡」のキーワードは「カネ」だという。浜田レポートは、さすがに元参院議員で国際経済学者らしい政策提言もあり、読んで得する内容です。

◆万博・カジノで崩壊する維新

これまた見出しで惹く、横田一氏のレポートです。世界最大級の木造建築物がウリの大阪万博ですが、釘をつかわない伝統工法というのは、どうやらウソらしい。いやそれよりも、そもそもあの木造リングは、万博後に転用できるものなのでしょうか。

東京オリンピックの競技場建設もそうでしたが、財政規律がなさすぎます。予算内に収まらないのであれば、工事を縮小するとか、見積もりをつくった人間が自腹で補填するとか、ちゃんと責任をとれよというのが、国民の実感ではないでしょうか。プロ意識がなさすぎます。

そこで、横田さんは吉村知事に訊いてみた。「クラウドファンディングを検討してみたらどうか」と。吉村知事の回答は開き直りとすり替えでした。そして維新の化けの皮がはがれたのでした。

そもそも酒の席で始まったのが、大阪万博だった(松井一郎が安倍晋三にお酌しながら提案)というのには驚かされました。まさに最高権力者にすり寄って、寄生虫のように利権に群がる、維新政治の終りが始まったというべきでしょう。

◆ドミノ崩壊する岸田政権

もう大変ですね、岸田文雄さん。支持率が20%台の前半と危険水域におちいり、安倍派を切らざるをえない政権危機です。総選挙に打って出る専権事項も、いまやれば大敗が目に見えています。いや、その前に岸田おろしに遭うでしょう。

山田厚俊氏のレポートは、まさに崩壊過程にはいった岸田政権、およびポスト岸田の女性議員たちを論評したものです。政局では久しぶりに小泉進次郎がポスト岸田に浮上しているとか。山田さんも自民党の下野を提案するひとり。なかなかおもしろくなってきました。

◆「週刊金曜日」創刊30周年に、弁護士の腕章をした警備が……

『紙の爆弾』1月号の増刊で脱原発季刊雑誌『季節』2023年冬号に、久しぶりに板坂剛のレポートが掲載されました。さすがに作家さんの文章はよみやすく、感性にあふれた躍動感があります。というのも、それが「週刊金曜日」の創刊30周年記念集会の現場レポートを含んでいるからです。

「週刊金曜日」のような雑誌にはありがちな、読者や批評者の異見を封じるために、質問を封じる文章がプログラムに印刷され、その中には「司会進行の妨げになる行為は、ご遠慮いただきますようお願いします」とあったそうです。

そして物理的にも、弁護士と書かれた腕章をした男が、不気味なオーラを発しながら立っていたというのです。

じつは筆者も「週刊金曜日」とは因縁浅からぬ仲で、かの『買ってはいけない』が200万部の大ヒットをしたときに、批判本『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房=40万部)を出版し、それが機縁で当時の松尾編集長から取材の仕事を仰せつかったものです。

その頃は、週刊金曜日主催の集会といえば、会場が満席(つねに1000~2000)でした。ところが、板坂さんのレポートでは、一ツ橋ホールの会場(定員802人)の席が半分も埋まっていなかったようです。

『買ってはいけない』で得られたファンド(推定10億円)が枯渇し、社員が賃下げに応じるだとか、事務所移転を余儀なくされるとか、昨今は芳しい話が聴けません。鹿砦社の広告を不掲載(裏返しの原論封じ)については、すでに批判しましたが、腐っても鯛の心意気で、頑張ってほしいものです。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年1月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年冬号

12月10日(日)集い処「はな」で「和歌山カレー事件は冤罪だ!」と題した緊急学習会を開催した。

林眞須美さんの長男がX(twitter)で、先日、都島の大阪拘置所に母親眞須美さんに面会に行った際、面会部屋がいつもと違ったり、初めての刑務官が同席するなど異例の出来事があり、不安を覚えたと呟いていた。眞須美さんの第二次再審は、新たな弁護人が一人で取り組んでいるが先が見通せない。そうした中、先のようなことがあったため、和歌山カレー事件を風化させてはいけないと緊急学習会をやることになった。

◆保険金詐欺の共犯者が眞須美さんの被害者に?

講師に、和歌山カレー事件の取材を最も多く行っているノンフィクションライターの片岡健さんをお招きした。私自身、8年前にお聞きして「目から鱗」だったお話をして頂いた。

それはカレー事件発生当時、林家に同居していた二人の男性についての話だ。その一人Iさんは、当時無職で林家に居候し、健治さんと麻雀をしたり、運転手をしたりしながら面倒を見てもらっていた。その間眞須美さんの調理した食事を食べ、何度もヒ素中毒症状や意識消失に陥り入院していた。とはいえIさんは入院中、病院を抜け出し飲みに行ったり、麻雀したり、楽しそうにしていた様子だったという。つまり、Iさんは眞須美さん、健治さんの保険金詐欺事件の共犯者であったのだ。

ノンフィクションライターの片岡健さん(右)と眞須美さんの長男さん(12月10日集い処「はな」にて)

そうするうち、1998年7月25日、園部地区の夏祭り会場で提供されたカレーを食べた人のうち67人が急性ヒ素中毒症状を発症、4人が死亡するカレー事件が発生。しかし、カレー事件に唯一関わっているとされるのは、カレー鍋の見張り番に関わった眞須美さんだけだ。捜査が進展しないなか、林家の過去の保険金詐欺事件を知った警察、検察は、あれだけ酷い保険金詐欺事件を「主導」した眞須美だから、カレー事件もやったに違いない、というストーリーを作っていった。

Iさんは、カレー事件発生間もない頃から、眞須美さん、健治さんが逮捕・起訴されるまでの約4ケ月間、警察により和歌山の山奥の警察官舎に匿われた。表向きは「マスコミから守るため」との理由だが、そこで警察と寝食を共にし「眞須美にヒ素入りの食事を食べさせられた」と、保険金詐欺事件の被害者にされていった。

裁判で、Iさんが、被告の弁護団に厳しく追及される場面があった。

弁護人「そんな何ってよ、そのたびに疑いもせんと同じような被害にあうかい!」。証人「………」。(デジタル鹿砦社通信 2017年10月10日 片岡健「和歌山カレー事件 弁護人に叱責された『疑惑に被害者』」より)

もう一人の同居人Dさんは元会社経営者で、眞須美さんと保険の外交員と客として知り合い、健治さんの麻雀仲間として林家に出入りするようになった。ある時、Dさんは眞須美さんに睡眠薬入りアイスコーヒーを飲まされ、自損事故を起こしたとされた。Dさんの会社は事件当時休業中だったが、林家の保険金の多くはDさんの会社名義で契約されていた。もちろんDさんも承知の上だし、Dさんは眞須美さんが火傷で保険金詐取した際には、その無茶なストーリーの口裏合わせに協力してもいた。Dさんも健治さん、眞須美さんの保険金詐欺事件の共犯者であることは明らかだ。 

◆眞須美さんにカレー事件の動機はない

眞須美さんが夏祭りで住民に無料で提供するカレーにヒ素を入れ、無差別大量殺人を行う動機は何もない。健治さんがいうように「眞須美は金にならんことはやらん」のだから。カレー事件は、金にならないばかりか、下手すれば自分の子どもたちも被害者になったかもしれない。

事件当日、健治さんは予定していた麻雀が中止になったため、夕方急きょ健治さん、眞須美さん、長男、次女の4人でカラオケに行くことになった。長女は幼い三女の子守りで家に残ったが、その際、健治さんは長女に小遣い1万円を渡している。長女にはこの1万円で好きなものを買って食べることも出来たし、祭り会場で無料のカレーを食べることもできた。眞須美さんは「祭りに行くな」と止めてもいないからだ。

カラオケから深夜遅くタクシーで自宅に戻ってきた眞須美さんら家族は、祭り会場には人が大勢いるのを見ている。警察の捜索が続いていたのだ。眞須美さんが犯人なら、その様子を見て尋常ではいられないはずだ。しかし、長男は、車の中で眞須美さんがのんびりとこう呟いたことを覚えている。「まだやっているのねえ」。

◆保険金詐欺事件の共犯者はほかにも……

保険金詐欺事件について、健治さんは二審から、自分が主導したと主張した。しかし、それは「眞須美を庇うため」と否定された。後述するが、逮捕後、眞須美さん犯人の決定打がないなか、大阪地検から派遣された検事が、健治さんに「眞須美にやられたと言ってくれ」と懇願したことがあった。もちろん健治さんは応じていないし、そういわれ健治さんは眞須美さんの無実を一層確信したそうだ。

眞須美さん、健治さんの保険金詐欺事件の共犯者はIさんやDさんだけではない。嘘の診断書を書いた医師らも共犯者だ。医師免状はく奪の危険性を犯してまで共犯者になる医師などそういないだろうと私は思っていた。しかし、健治さんは、7人もの医師らが大方30万~50万で虚偽の診断書を書いてくれたと言い、次々とその病院名と医師名をあげていった。しかし、警察は病院と医師らの責任を追及してはいない。保険金詐欺事件での逮捕が、カレー事件で眞須美さん、健治さんを逮捕するための別件逮捕であるからだ。

以前、健治さんにお聞きした話 ──「入院したら、しばらくは大人しくしているんや。そのうち担当の医師が『林さん、気になることはありませんか?』と聞いてくる。ワシは『小さい子含めて4人も子どもがいる。毎日の生活のことが心配です』と話す。医師が『保険入っていませんか?』と聞いてくる。ワシは大きな保険に入っていると話す。そして不安そうに『治るんですか?』と尋ねる。『今の医学ではちょっと無理ですね』と医師がいうたら、そこが勝負どころや。医学書を読み漁り、どうしたらいいかじっくり考える。腕がどこまで曲がるかとかが重要なんや。必死で『ここまでしか曲がりませんわ』と演技する。『先生、なんとか上手く診断書を書いてもらえんやろか。お礼はしますが…」と持ちかける。ここまできたら、もう楽勝や。『給料が安いので買えないが、ゴルフのアイアンが欲しい』『パソコン欲しい』『松阪牛が食べたい』とか言うてくるで。それ叶えてやると、皆、簡単に嘘の診断書書いてくれたで」。

健治さん、眞須美さんの保険金詐欺事件は許されない行為だ。しかし、その罪はもう十分に償っている。問題なのは、保険金詐欺事件を行うような人物だから、カレー事件の犯人であるに違いないといういうきめつけは許されないということだ。(つづく)

12月24日大阪「冤罪と司法を考える集い」

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

◆高市早苗を野に放てなかった岸田政権

上半期の国会では、政局と税制をめぐる官庁間の争闘が噴出した。高市早苗(経安相)の総務大臣時代の放送法の解釈問題(見直し)である。総務省の文書が流出し、大臣レクのほか、高市と安倍晋三元総理の電話内容まで記されたものだった。

この文書の真偽をめぐって、予算委員会は紛糾する。

「総務省の4文書は捏造です」「この文書が捏造でなければ、大臣も議員も辞めます」と啖呵をきり、はては「わたしの答弁を信じられないのなら、質問をしないでください!」などと、高市は答弁拒否にまでいたった。答弁拒否については、のちに予算委員長の注意をうけて撤回する。

けっきょく、文書の真偽は闇にまぎれた。リークした総務官僚は名を名乗らなかったし、高市も、かりに機密漏洩や捏造であっても公訴時効であるという趣旨の発言をして幕を引いた。

論戦を観ている者には、まことに消化不良の結末となったが、事態の本質は、政局と税制をめぐる官庁間の争闘であろうと、われわれは解釈した。

高市はあいかわらず、極右政治家として総理候補のひとりである。国民的人気では河野太郎に劣るものの、ポスト岸田の最右翼といっていいだろう。岸田は高市を野に放てないのである。

財務省の逆襲 どうなる? 高市早苗経済安全保障担当相更迭(2023年3月22日)

◆経産省と財務省の争闘

もうひとつの隠された論軸は、増税反対の論陣を張ってきた高市に狙いをさだめた、財務省の逆襲ではないかと指摘してきた。震源はいうまでもなく、増税派の麻生太郎である。金利の見直しをつうじて、財務省は経産省主導のアベノミクスの「是正」にかかってきた。その標的にされたのが、増税反対論者の高市だったという構図である。

政権の経済政策を俯瞰するとき、ケインジアン(有効需要政策)の流れをくむ経産省(経済企画庁・通産省)と、古典派経済学(経済需給の見えざる手)を背景にした財務省(大蔵省)の争闘が、その底流にあるのを見るとわかりやすい。またそれは、経済政策をめぐる永遠のテーマなのかもしれない。

◆自民党支持者に岸田政権が不人気な理由

さて、その不人気な岸田政権である。筆者が知る自民党支持者の何人かが、安倍元総理を惜しみつつ、岸田には批判的である。上記の記事を掲載した8月下旬段階で、岸田政権の支持率は30%前後、そしていまは20%台である。一般に支持率20%は危険水域とされている。

自民党支持者に不人気なのは、理由がハッキリしている。

安倍晋三ほど自民党の党是(憲法改正)を前面に立てず、アベノミクスに比べて岸田の「新しい資本主義」は、サッパリ内容がわからない。口を衝くのは「賃上げ」だが、具体策があるわけではない。

マイナンバーの対応で、保険証リンクの不備問題が支持率低下を決定づけた。記事から核心部を引用しておこう。

そもそも60年代の住民基本台帳法、70年代の国民総背番号制、そして今回のマイナンバーカードと、国民をデジタル管理すること自体が無理なのだ。なぜならば国民がデジタルに馴染まなかったにもかかわらず、無理を要求しているからだ。自治体がマイナンバー受付指導をしなければならない実態、すなわち個人のPCやスマホでは受け容れてくれないソフトしか作れない技術力に原因がある。

支持率続落の岸田内閣 ── 秋の改造内閣を展望する(2023年8月23日)

統一地方選・補選総括 政局と政党再編を占う(2023年5月2日)

◆岸田政権の右派シフト

けっきょく、岸田文雄は高市を切れなかった。秋の内閣改造である。
記事の冒頭から引用して、岸田政権の右派シフトを俯瞰しておこう。

岸田第三次改造内閣 ── 木原稔の防衛相、高市早苗経安相留任にみる右派シフト(2023年9月15日)

さてその改造内閣だが、女性5人を入れる「変化」を目玉にしているが、右派議員の就任が目立つ。いま失っている岩盤保守層の支持回復がその狙いであるのは言うまでもない。その目玉が木原稔の防衛大臣起用、高市早苗の留任である。とりわけ木原は右派中の右派ともいえる、再軍備論者・改憲論者である。その過去の言動をお伝えしよう。

木原は自民党青年局長時代の2015年6月に、文化芸術懇話会なる団体を立ち上げ、党内の右派系議員を結集したが、講師に読んだのが百田直樹だった。参加者たちの言動がすさまじい。記事から引用しよう。

これを受けた参加者の発言には、愕くべきものがあった。大西英男衆院議員(東京16区)「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番。政治家には言えないことで、安倍晋三首相も言えないことだが、不買運動じゃないが、日本を過つ企業に広告料を支払うなんてとんでもないと、経団連などに働きかけしてほしい」

井上貴博衆院議員(福岡1区)「福岡の青年会議所理事長の時、マスコミをたたいたことがある。日本全体でやらなきゃいけないことだが、スポンサーにならないことが一番(マスコミは)こたえることが分かった」

長尾敬衆院議員(比例近畿)「沖縄の特殊なメディア構造をつくったのは戦後保守の堕落だ。先生なら沖縄のゆがんだ世論を正しい方向に持っていくために、どのようなアクションを起こすか。左翼勢力に完全に乗っ取られている」

まさに

高市早苗の総務相時代のメディア統制発言と双璧の、広告によるメディアの締め上げ戦略である。

木原はまた、明文改憲への意欲をみせている。

木原「私の理想は2012年の自民党改憲草案、二項を削除する改憲案だ」

「安倍総理が、二項を残すという決断をされました。それは、いろいろなことを慮ってのことです。選挙は勝たなければいけません。国民投票も勝たないと意味がない。改正もされない」

「もし、憲法改正は一回しかできないという法律なら、二項削除で戦うしかないと思っています。しかし、憲法改正は何回でもできる。一度、改正に成功したら、国民のハードルはグッと下がると思います。そして、一回目の改正を成功させたあとに、二回目の改正、三回目の改正と、積み重ねていけばいいと思っています。最終的には前文も当然、改正しなければいけない」

憲法を尊重できない政治家に、自衛隊のトップが務まるのかという、初歩的な疑問を国民は考えてみる必要上がるだろう。木原には沖縄でのデマ(主催者が参加者をして、安倍総理にヤジを飛ばさせた)、旧統一教会との関係(寄付金・ピースロードの実行委員、日韓トンネルへの関りなど)が指摘されるところだ。危険な政治家の動きを注視していきたい。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年1月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年冬号

◆試合前の重要事項

キックボクサー達の過酷な減量とトレーニングを経て、試合に臨む前に立ちはだかる計量。それともう一つ立ちはだかるのはドクターによる検診があります。健康診断的にキツイ、辛いものではないので不安材料が無い限り心配する選手は少ないでしょう。

プロボクシングでは前日計量時において、計量の前に検診が義務付けられています。検診をパスしないと計量器に乗れないのが規定です。キックボクシングでは主催者・団体によりますが、プロボクシングと同様か、計量は前日、検診は当日会場入り後と別々が多いと見受けられます。

計量時の昔ながらの血圧測定(1982年1月4日)

主な診断は、心拍数、体温、血圧、瞳孔検査、問診など簡易的診察といった範疇でしょう。コロナ禍では簡易PCR検査も行われていましたが、現在はおそらく行なうところは少なく、平常に戻ったようです。

昭和や平成初期頃までのキックボクサーは、現在の一般人が熱中症に罹り易い暑さの中でもジムワークと減量をしていて、今でも一般人が入院するような環境でも体調を崩さず、あるジム会長は「現在でも普通の人が熱中症に掛かるほどの、ちょっと無理しても俺らの時代の者は問題無いよ!」と言うほど免疫ある頑丈な肉体が多いようです。

聴診器で心音を聞く、一般人と変わらない診察(1982年1月4日)

◆検診の幅

その昭和時代は、検診という時点でも試合出場可能とする許容範囲は広かったと考えられます。実際には高熱でドクターストップが掛かった選手もいましたが、例え高い数値が計測されても選手は上手く言い包め、「38度以上熱があっても、試合前に嘔吐するような状態でも試合をしたこともありました。」という例や、骨折していてもドクターに悟られないよう、無理して出場といった場合も多かったと言われます。

タイでは現在、ラジャダムナンスタジアムなど、法的に標準規定を満たしている厳格なスタジアムは朝計量前に検診があり、基本の身体測定の他、足の爪が伸びていれば、日本でも同様ながら注意されるようです。また夕方のスタジアム入りした際にも簡易的に検診があるようで朝夕の二重検診になっているようです。

これは計量後にも体調を崩してないかの検診で、薬物を盛られてないかの確認があるようです。計量後に何者かに薬を盛られて尿が止まらないといった事態や、意識朦朧となって倒れてしまう例もあるようです。

アメリカでは各州が義務付けるアスレチックコミッションの厳格な検診があり、身体測定の他、通常の検診に加え、眼科医による眼の精密検査、歯医者による歯の状態まで診られる様子で、これは他の原因で失った歯を試合のせいにして保険金を騙し取る手口があった為と言われます。アメリカでは訴訟の国と言われるほど弁護費用が安く、些細なことでも訴えると言われているだけのことはあるという感じです。

チェンマイでの検診の一部、主要スタジアムやテレビ放映があるビッグマッチでは堅実に検診は行なわれるムエタイ(1995年1月29日)

◆ドーピング検査は進まない

オリンピックでは必要不可欠となっているドーピング検査は、プロ競技ではなかなか難しい問題のようです。日本ではプロボクシング世界戦のみドーピング検査が行われていますが、以前は簡易的な検査で、日本においては2020年大晦日の井岡一翔選手の故意ではないながらも物議を醸す事態が発生したことは記憶に残るところでしょう。

まずキックボクシングにおいてドーピング検査実現に至らないのは、公的な分析機関に依頼するとなると費用が高額という点に尽きるでしょう。更には疑念を持たれる結果が出易い点。風邪薬などの市販薬でも陽性となる点は仕方無いとしても、種類によっては食品やサプリメントからも陽性が出るものがあるとなると、詳細に禁止薬物、食品を区分けしなくてはならない難しい問題となってしまいます。この基準が決定し難いと、故意ではなくても違反者が続出し、出場停止となったら小規模で運営される団体は、コロナ禍より興行数減少が起こり得るでしょう。

現状はダメージを軽減するとか、疲れない体質を保つなどの、覚せい剤などのよほど強い薬を使わなければ試合を優位に導く効果は薄く、反面、副作用も現れる身体への負担があります。これがどうしても勝たねばならない、多くの群衆に注目されるレベルの世界戦などの最高峰の戦いになれば「どんな手を使ってでも勝つ!」という発言も意味深になってきますが、勝ってもすぐビッグマッチへ繋がり難い細分化した団体の、ランカー以下の戦いでは、ドーピングする意味が無いと考えられ、「ドーピングしたとしても顎でも打たれたら倒れるだろうし、効き目が薄くてリスクが高いから現状では殆どやらないでしょう。」という意見は多いようです。

瞳孔検査に選手が並ぶ、バンテージを巻いている点から夕方試合前の光景(1986年6月28日)

◆疾病と検査

1990年代前半から問われ始めたのがエイズ検査でした。更にB型肝炎の検査も注目され始め、近年ではこれらも検査が進んでいるようで、頭部のCTスキャンを含めた一つの例としては、ジャパンキックボクシング協会では年一度のライセンス更新時に検査を義務付けて、試合出場認可という診断書を受けている様子です。他団体等でも検査項目や手順は違っていても実施は進んでいる様子です(選手負担が一般的)。

一般的に報道されることが少なくなると感染者は減少したかに錯覚し易い、これらの疾病は幾らか感染報告はあるようで、今後も検査の重要性も増していくでしょう。

スポーツマンシップに反する薬物使用はやる奴はやるのでしょうが、違法薬物は長期に渡って精神をも蝕む恐れがあるので、最初から手を出さない方が賢明です。

禁止薬物と食品に及ぶ複雑さや検査すべき疾病も増えて来た現在、今何をすべきかは解らないにしても、他のメジャー競技の動向を参考としながらも、今後も新たな展開を注視したいものです。

コロナ禍では前日計量時に簡易PCR検査が行われた(2020年9月26日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年1月号

前回、「無色透明のごちゃまぜケア」と記した。これは、松永氏いわく、「医療と介護と福祉、地域が一体となって、みんなでそこに暮らしているお年寄りを支えるという意味」とのこと。そして、その先にある最期のために必要といわれているのがACP(Advance Care Planning)と呼ばれるもので、「人生会議」「終活」ともいわれる。

そのために松永氏が施設に入っている人や容態の急変があり得る高齢者に確認する1つ目のことが、人生の最期を過ごしたい場所だ。そして2つ目が、心臓マッサージや人工呼吸器、ECMO(エクモ)などによる治療を望むかどうか。3つ目が、経管栄養法を望むかどうかだという。

 

松永平太『笑って、食べて、愛されて 南房総、在宅看取り奮闘記』(幻冬舎)

◆最高の最期の迎え方

その場合、わたしなら動けなくなる直前までは自宅、動けなくなる直前に田畑を手がけている農地の向こうにある山の奥深くに移動し、最期を迎えたい。経管栄養法はもちろん、無理のある治療も受けたくない。このようなことは誰か、特に医師に伝えておかなければ実現しないだろう。普通は伝えておいても実現しないかもしれない。そもそも山の中で死なせてもらうことは難しそうだが。

松永氏は、高齢者本人の意思を最大限にくみ取ろうとする。これは、医師にとっても本人にとっても家族にとっても重要だが、困難が伴うものだろう。また一般的に家族などには、できるだけ生命を維持してほしいと感じがちなので、本当に難しい問題だ。ただし松永氏がいうには老衰の場合には点滴などの医療介入をしなければ苦しまないとのことなので、これは広く知られるとよいだろう。

また、松永氏は、「QOLを上げてQOD(Quality of death)を求める」という。現在では家で最期を迎えることが珍しいものになってしまったが、本人・家族に「家で看取る・看取られる覚悟」があれば可能だと述べる。また、子どもが都会に暮らしていても、最期は家族全員を呼び出すそうだ。

「最後の1週間で親孝行をほどよく楽しみながらやり切って、思い出に囲まれたなかで親を看取る、これができれば最高」「地域医療とは、優しく地域へ突き返すことでもあります」と松永氏はいう。

◆日々の活動から生まれる幸福感

ただし、国連の「World Happiness Report 2023」によれば、幸福度ランキング1位はフィンランド、2位はデンマーク、3位はアイスランド、4位はイスラエル、5位はオランダとなっている。日本は47位だ。

また、内閣府による2023年版の「高齢社会白書」によれば、「総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は29.0%。65~74歳人口は1,687万人、総人口に占める割合は13.5%。75歳以上人口は1,936万人、総人口に占める割合は15.5%で、65~74歳人口を上回っている」という。

それでは、どうすれば、地域の高齢者やわたしたちは、幸福感を抱いて暮らしていけるのだろうか。社会をよりよく変えていくことは必要だ。そのいっぽうで、足もとの生活を誰もが「笑って、食べて、愛されて」生きていけるものに変えていくことも、とても大切なこと。できるかぎり人の役に立つことは、人から求められることにも結びつく。助け合い、刺激し合える、つながっていけるシステムを確立することも重要だ。

そのようななか、松永医院のある千葉県南房総市千倉町平舘では、コミュニティ集会所にて「区民の茶の間」という活動が行われ、市の支援を受けながらYouTubeチャンネルを運営したり、「チャンネルの会」を結成して区民の一部が参加費を支払いながら山の整備を行ったり、子ども会や青年会も参加して田植えや稲刈りのイベントも開催している。

さまざまな活動が評価され、「区民の茶の間」は厚生労働省のスマート・ライフ・プロジェクトが運営する2018年の「第7回健康寿命をのばそう!アワード」にて、厚生労働省老健局長 団体部門 優良賞を受賞。

また、公益財団法人 日本国際交流センター主催の「アジア健康長寿イノベーション賞2022」では、南房総市千倉町平舘区、千葉大学医学部附属病院患者支援部、松永医院、富浦エコミューゼ研究会(千葉県)の「高齢者が主役!受け継ぐ地域の活力」という活動が最優秀事例の1つに選ばれた。アジア健康長寿イノベーション賞」においては、都内で授賞式が開催された後日、受賞者を中心とする訪問団が平舘区を訪れ、歓迎会に参加し、地域の農地などもまわったのだ。

受賞は決して重要ではなく、ゴールでもないが、地域の多くの人がそこに参加しているという実績が評価されたものだろう。

◆地域の魅力を未来に引き継ぐための、100年後、500年後からの逆算

個人的には、松永氏が口にするような、医療を産業として捉えることには反対だが、医療や介護の制度を持続可能なものとするため、必要なことは多々あるだろう。彼は「100年経っても生き残っている地域にしなければならない」というが、先日、大山千枚田保存会の20年記念イベントに参加した際にも、後継者問題は待ったなしという全国に広がる問題に触れずに進行されることはなかった。松永醫院では今後、看護小規模多機能サービスの施設開業の計画もあるそうだ。

今後、地方にとって必要なことは、やはり地域の魅力を守りながら経済とは別の文脈で可能性を拡大するような移住者を増加させること。そして、家制度の外側に、ゆるやかで心地よいつながりからなる助け合いのコミュニティを育むことが大切であるように思う。

わたしは農地を次々と引き継いでいるので、それを「農暮らし寺子屋 コモンズ名戸川原(地域にある田園エリアの名)」という形で発展させることを計画しようとしている。また、地域からのリクエストのあった八百屋、配食サービスを実現するため、キッチンカー事業の開業も予定しているのだ。そこで、移住や暮らし、パソコンや国語・日本語の悩みを解決するための駆け込み寺としても機能させることを考えている。

とりあえず、都会から訪れる会員さんの滞在先として隣の行政区の空き家を管理し、地域の人とも交流してもらっている。また、支援のサービスを手がけたい移住希望の若い夫妻、反対に2人の支援が必要な子どもを育てる移住希望のシングルマザーなどの支援も継続中。個人的に重視していることは、助け合いシステムの確立だ。それが未来の自分を救うことにもつながるだろう。

特に、Uターンや移住者は、あえて地域を世界一大切にしたい場所と考えて移り住んでいる。そのなかには、さまざまな活動に携わる仲間も多くいるのだ。その1人ひとりがそれぞれの専門性も生かしつつ、地域の高齢者も、将来の自分たちも心地よく暮らし、自然な形でここを去ることができるよう、わたしたちがつながってできることは、いろいろあるはずだ。

個人的に内房エリアのオリーブ栽培にも時々、参加しているのだが、オリーブも樹齢500年の木が世界に多くあるという。わたしも500年後の未来に地域の魅力を引き継いでいけるよう、そこから逆算した活動を重ね、日々を送りたいと常々考えている。(完)

◎地域医療の最先端モデルに学ぶ ──《書評》松永平太著『笑って、食べて、愛されて 南房総、在宅看取り奮闘記』

〈1〉笑顔で自分らしく生き、自宅で人生の最期を迎えるための地域医療
〈2〉命を輝かせ、独りぼっちにさせないための施設と取り組み
〈3〉看護師の言葉から辿る実践の「奇跡」
〈4〉それぞれの専門性や活動によって切り拓く未来

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター。現在、自然農に近い畑、不耕起栽培から多年草化を目指す田んぼを手がける。また、食と農の問題に関し、継続的に調査中。月刊誌『紙の爆弾』12月号に、「放射線育種米から誕生した『あきたこまちR』が開く 食と農業の悲劇的な最終幕」寄稿。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年1月号

◆「気候危機」対策の現況と評価

① COP26合意の背景

2021年11月、英国グラスゴーで開催されたCOP26会議で、産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えることで合意、2050年までに世界のCO2排出量を実質ゼロにすることが世界目標となった。この決定プロセスについて、朝日新聞編集委員原真人氏は、以下のように書いている。

 ここ数年、世界を脱炭素の急進路線に一気にかじを切らせた立役者はおそらくグレタ・トゥンベリさんや環境NGOではなく、世界の金融ネットワークである。
 いま欧米金融界を中心に機関投資家、資産運用会社、投資コンサルティング会社などがこぞって脱炭素をめぐる国際的な指針づくりを進めている。企業が脱炭素にどれだけ熱心か情報を詳しく開示させ、市場で適正に評価するためだ。脱炭素市場に巨額の投資を呼び込もうという思惑である。仕掛け人は米投資銀行出身でカナダと英国の中央銀行総裁を歴任し、いまは国連の気候変動問題担当特使を務めるマーク・カーニー氏だ。同氏が提唱して発足した金融・投資家連合は「脱炭素に30年間で100兆ドルを投資しうる」と宣言している。狙うは化石燃料を利用する発電所やガソリン車を排し、代わって再生可能エネルギーや電気自動車への転換を1気に進めること。総とっかえの投資ブームを金融からの強力な締め付けで実現しようというのだ。(中略)
 かつて地球温暖化外交で日本政府の交渉官を務めた有馬純・東大特任教授は「いまや温暖化そのものが巨大ビジネスになった。金融や再エネ業者、環境NGO、学者、そしてメディアも含めて1種の気候産業複合体、『温暖化ムラ』とも言えるような1大勢力ができている」と指摘する。
 世界経済は1970年代はインフレで、80年代以降は政府や民間の借金積み上げで成長を遂げてきた。それも行き詰まり、昨今は中央銀行のお金のばらまきが頼りだ。それでも低成長から脱せないことに危機感を抱く金融・投資家連合が、次なる成長エンジンとして見込んだのが脱炭素マネーということか。(『朝日新聞』2021年12月22日付)

この記事は現代世界における脱炭素の位置付けを的確に描写している。1997年の京都議定書で設けられた排出権取引制度を通じてCO2の金融商品化が進んだことも、欧米金融界が脱炭素を後押しする大きな動機になっていると思われる。

欧州では月間10億~15億トンの排出権が売買され、月間500億~750億ユーロ(約6・5兆~9・8兆円)の巨大市場を形成している(『週刊東洋経済』2021年7月31日号 高井裕之「脱炭素で活況呈するEU排出権市場」)。「気候危機」論が普及し脱炭素対策が進めばこの排出権市場が拡大し、金融資本家にとっての利潤獲得機会が増大する。

脱炭素は、欧米金融資本の利潤獲得に貢献するものである。

② グレタ・トゥーンベリ氏の原発への態度

2021年7月18日にBS朝日から「グレタ・トゥーンベリ気候変動の最前線をゆく」という番組が放映された。この番組は英国BBCが18歳を迎えた彼女が大学を休学して世界中を旅した1年間に密着取材したドキュメンタリーを再構成したものである。

この番組の中でトゥーンベリ氏はポーランドの火力発電所を視察し、それに続いて廃坑になった炭坑を訪れ元炭鉱労働者たちと交流する。その後、その体験を踏まえてダボス会議(2020年1月21日)で演説し以下のように言う。

「先週私は職を失ったポーランドの炭坑労働者の方々と会いました。彼らでさえ諦めていませんでした。むしろ変わらなければならないという事実をあなた達以上に理解していました。」

この発言にはトゥーンベリ氏の原発容認姿勢が表れている。彼女が訪れたポーランドでは、再生エネルギーに加えて代替主力電源として原発の建設が進められており、将来的には代替電源の約5割を原発でまかなう予定になっている。その事実と考え合わせると、彼女の発言は「CO2削減のためには原発を使ってもよい」という主張に他ならない。

彼女は2022年10月、ドイツ公共放送ARDのインタビューで、気候保護のために原発は現時点でよい選択かと問われ、「それは場合による。すでに(原発が)稼働しているのであれば、それを停止して石炭に変えるのは間違いだと思う」と答え(『毎日新聞』電子版2022年10月14日付)、原発容認の姿勢をより明確に打ち出している。 

③ IPCCの原発への肯定的評価

IPCCが2022年4月に発表した第6次評価報告書第3作業部会報告書には「原子力は、低炭素エネルギーを大規模に供給することができる(高い確信度)」と書かれている。

しかしこの認識自体、事実に照らせば誤りである。原発がCO2を出さないのは発電場面のみであり、ウラン燃料の採掘・精錬・運搬、施設の建設、運転終了後の廃炉作業、使用済み核燃料の保管・処理まで含めれば、膨大な量のCO2を排出する。

IPCCが提唱するCO2の排出削減という目的に照らしても、原発は極めて不合理な選択である。IPPCがそのような不合理な主張をしているという事実を見過ごしてはならない。

◆むすび 脱炭素から脱却し本来の環境保護を

メディアはグレタ・トゥーンベリ氏を環境活動家と呼んでいる。しかし、先に見たようにトゥーンベリ氏は「気候危機」対策としての原発を容認している。言うまでもなく原発こそが最悪の環境破壊の元凶であり、それを容認するような運動を環境運動と呼ぶことは適切ではない。「気候危機」論と環境保護を同1視すべきではないのである。

石燃料の無制限な使用が環境に悪いことは誰も否定しえない。化石燃料の資源は有限であり、その使用は大気汚染をはじめ各種の環境汚染の発生を伴う。従って、「化石燃料の使用を抑制しよう」という「気候危機」論のテーゼは、環境保護と共通点がある。

しかし、CO2の排出が気候に悪影響を与えるため脱炭素を進めよう、という点において、「気候危機」論は環境保護とは別物である。CO2自体は汚染物質ではなく植物の生長に必須の物質である。しかし「気候危機」論においてはCO2を出すもの=悪、CO2を出さないもの=善という2項対立が作り出され、実際には環境に最も悪い原発が推進される。

欧米金融資本は脱炭素に利潤の源泉を見出し、強力に脱炭素を後押しし、各種国際機関、各国政府も脱炭素を推進する政策を打ち出している。しかし脱炭素は原発推進を促すため結果として深刻な環境破壊をもたらす。

原発以外の手段で脱炭素を進めればよいという議論もある。しかし化石燃料を一挙に再生可能エネルギーに置き換えることは困難なため、脱炭素を是認すれば「足りない分は原発で」という論理によって原発推進に道が開かれてしまう。そもそも「気候危機」論自体が科学的に不確かな議論である以上、脱炭素に同調すべきではないのである。

脱炭素は端的に言えば資本の論理である。われわれは資本主義社会に生活している以上、それに順応した生活形態を余儀なくされる。例えば生活の糧を得るために営利企業に労働力を提供し賃金を得る必要がある。しかし、だからと言ってわれわれ市民に資本主義体制を強化する義務はない。同様に、市民には脱炭素に加担する義務はないのである。 

市民は、IPCCの見解やそれに追随し無闇に危機感を煽るメディアの報道を額面通り受け取ることをやめ、脱炭素から距離を置くべきであろう。市民は真に環境によいことは何かを自分の頭で考え、大気、水、土地の汚染を防止し自然の植生を守り育てるという、環境保護本来の理念に立ち返るべきである。そうした環境保護の着実な活動こそ、今日の社会で求められている運動だと言える。その意味で、原発の廃絶=脱原発が最優先の課題であることは言うまでもない。(完)
           
◎「気候危機」論とは何か
〈前編〉二酸化炭素の人為排出は本当に気候に甚大な悪影響を与えているのか?
〈後編〉最優先の課題は、原発の廃絶=脱原発である

本稿は『季節』2023年夏号(2023年6月11日発売号)掲載の「『気候危機』論についての一考察」を本通信用に再編集した全2回の連載記事です。

▼原田弘三(はらだ・こうぞう)
翻訳者。学生時代から環境問題に関心を持ち、環境・人権についての市民運動に参加し活動している。

『季節』2023年冬号

〈原発なき社会〉を求めて集う
不屈の〈脱原発〉季刊誌
『季節』2023年冬号

通巻『NO NUKES voice』Vol.38
紙の爆弾2024年1月増刊
2023年12月11日発行 770円(本体700円)

2024年の大転換〈脱原発〉が実る社会へ

《グラビア》
「東海第二原発の再稼働を許さない」11・18首都圏大集会(編集部)
福島浪江「請戸川河口テントひろば」への道(石上健二)

《インタビュー》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
必要なことは資本主義的生産様式の廃止
エネルギー過剰消費社会を総点検する

《インタビュー》井戸謙一(元裁判官/弁護士)
「子ども脱被ばく裁判」と「311子ども甲状腺がん裁判」
法廷で明らかにされた「被ばく強制」 山下俊一証言のウソ

《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
【検証】日本の原子力政策 何が間違っているのか〈1〉
無責任な「原発回帰」が孕む過酷事故の危険性

《報告》木原省治(「原発ごめんだ ヒロシマ市民の会」代表)
瀬戸内の海に「核のゴミ」はいらない
関電、中電が山口・上関町に長年仕掛けてきたまやかし

《報告》山崎隆敏(元越前市議)
関電「使用済燃料対策ロードマップ」の嘘八百 ── 自縄自縛の負の連鎖 

《インタビュー》水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
反原発を闘う水戸喜世子は、徹底した反権力、反差別の人であった
[手記]原発と人権侵害が息絶える日まで
       
《インタビュー》堀江みゆき(京都訴訟原告)
なぜ国と東電に賠償を求めるのか
原発事故避難者として、私が本人尋問に立つ理由

《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
原発賠償関西訴訟 提訴から10年
本人調書を一部公開 ── 法廷で私は何を訴えたか?

《報告》平宮康広(元技術者)
放射能汚染水の海洋投棄に反対する理由〈前編〉

《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
「核のゴミ」をめぐる根本問題 日本で「地層処分」は不可能だ

《報告》原田弘三(翻訳者)
「気候危機」論の起源を検証する

《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
汚染水海洋放出に対する闘いとその展望

《報告》佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
フクシマ放射能汚染水の海洋廃棄をめぐる2つの話題
映画になった仏アレバ社のテロリズムと『トリチウムの危険性探究』報告書

《報告》板坂 剛(作家・舞踊家)
再び ジャニーズよ永遠なれと叫ぶ!

《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈22〉
甲山事件50年目を迎えるにあたり
誰にでも起きうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか〈上〉

再稼働阻止全国ネットワーク
岸田原発推進に全国各地で反撃中!
沸騰水型の再稼働NO! 島根2号、女川2号、東海第二
《東海第二》小張佐恵子(福島応援プロジェクト茨城事務局長/とめよう!東海第二原発首都圏連絡会世話人)
《福島》黒田節子(原発いらね!ふくしま女と仲間たち/「ひろば」共同代表)
《東京》柳田 真(たんぽぽ舎共同代表)
《浜岡原発》沖 基幸(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
《志賀原発》藤岡彰弘(命のネットワーク)
《関西電力》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《島根原発》芦原康江(さよなら島根原発ネットワーク)
《中国電力》高島美登里(上関の自然を守る会共同代表)
《川内原発》向原祥隆(川内原発二〇年延長を問う県民投票の会事務局長)
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)

反原発川柳(乱鬼龍 選)

書=龍一郎

龍一郎揮毫

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◆はじめに

この一年を回顧する時期がやって来た。ウクライナ戦争が二年目を迎え、パレスチナ紛争は本格的な「内戦」、シオニズムとパレスチナとの戦争状態(ジェノサイド)に入った。この一年を顧みながら、われわれがどのような世界を生き、どのような時代にいるのかを確認しておきたい。

ウクライナ戦争は6月からウクライナが反転攻勢に出たことで、長期化は必至となった。ベトナム戦争が反仏独立闘争からアメリカの本格介入、そして1975年のサイゴン解放まで30年、ソ連のアフガニスタン侵攻が終結するまで10年、アメリカのアフガン介入が20年、そしてパレスチナ紛争が75年という長いタームを持っていることを考えるとき、ウクライナ戦争は数年、数十年単位の長期化が予想される。いや、すでにドンバス戦争・ロシアのクリミア併合から10年が経っているのだ。

さて、ウクライナの反転攻勢という事態のなかで、われわれが注目してきたのはブリゴジンのワグネルだった。ワグネルという名称は、ヒトラーが好きだったリヒャルト・ワーグナーに由来するという。

勇者たちは地獄に堕ちるのか? ロシアの民間軍事企業「ワグネル」創設者プリゴジンはプーチンに粛清されるかもしれない(2023年5月27日)

今年の5月段階で、ブリゴジンは国防相と参謀総長を激しく批判した。この兆候がロシア軍の崩壊の序曲ではないかと、ナチスドイツのヒトラーとエルンスト・レームの関係になぞらえたのが、この記事である。反乱は起きるであろう。国防軍とナチス突撃隊の関係と同様に、ロシア軍とワグネルは、どちらかが生き残り相手をせん滅するしかない、矛盾した存在だったのである。

そして独裁者は、たとい友情をつちかった盟友であっても、ナンバー2になろうとする者をゆるさない。ましてや国軍を批判する民間軍事組織は、叛乱のファクターとして排除するであろうと、記事で指摘してきた。

あにはからんや、われわれの予測は的中した。ブリゴジンが反乱を起こしたのである。

スターリン流の粛清劇がはじまる プリゴジンの反乱 ── 熾烈な権力闘争の行方(2023年6月28日)

クレムリンで何が起きているのか? 飛び交うプリゴジン死亡説とプーチン逮捕の可能性(2023年7月21日)

◆プリゴジンの反乱 粛清か、政治危機の深化か。熾烈な権力闘争

われわれがブリゴジンとワグネルに注目してきたのは、かれらがロシアの伝統的な人海戦術を体現していたからだ。すなわち、スターリン時代のロシア陸軍(ソ連軍)は、戦車のハッチをハンダ付けすることで乗員の脱出を禁じ、徹底的に戦うことを強要したのである。今回の戦争で、ワグネルはウクライナ兵の位置を知るために丸腰で最前線の標的にされたという(懲役囚捕虜の証言)。

そしてその証言にみられるように、旧ソ連軍が懲役囚を最前線に送り込んだのと同じ動員構造、労働編成であることがわかる。

この構造が崩壊したときに、おそらくロシア軍は組織的に崩壊するであろう。日本でもガダルカナル島の飛行場建設には、この動員構造が用いられた。その後、陸軍組織そのものが崩壊したのだった。

さて、ブリゴジンとワグネルは、われわれが予測したとおり反乱を起こした。

ワグネルの宿営地がロシア正規軍のミサイル攻撃を受け、プリゴジンは報復としてロシアのヘリコプターを撃墜して13名を殺害した。そしてプリゴジンは軍幹部の粛清をもとめて、モスクワ進軍を開始したのだった。

その過程で、ブリゴジンは地域の政治集会を開催し、政治的支持を取り付けることを怠っていない。単なる軍事的反乱ではなく、政治的反乱すなわちクーデターの企てだった。

記事から引用しよう。

このワグネルの「行進」がムッソリーニのローマ進軍(国王エマニエーレ3世による総理指名)、ヒトラーのミュンヘン一揆(失敗・投獄)に倣い、政変をめざしたのは明らかだったが、プーチンに「裏切り」と断じられ、検察当局が捜査を開始した段階で、部下に撤退を命じた。クーデターは未遂におわり、プリゴジンはベラルーシに「亡命」したと伝えられている。

この「亡命」劇は、ただちに粛清に乗り出せないプーチンが、盟友ルカシェンコ(ベラルーシ大統領)と相談の上、収拾策に出たものだ。プーチンの政治力の低下を指摘する声は多い(西側首脳)が、軍事衝突を回避した手腕は独裁者の冷徹を感じさせる。プーチンは政治危機を脱したのだ。

しかし、上記の記事でも明らかにしておいたとおり、独裁者はけっして反乱をゆるさない。血の粛正がいつ、いかなる形で行われるのかが焦点となった。そして、その時がやってきた。

《緊急報》プーチンがプリゴジンを爆殺 やはり独裁者は裏切りを赦さなかった(2023年8月25日)

もはやわれわれは、事実関係を報じた記事において、事件の本質を知ることになる。

モスクワの北西部にあるトベリ州で23日、ビジネスジェットが墜落した。

このビジネスジェットは、ロシアの民間軍事会社ワグネル創設者エフゲニー・プリゴジンの所有で、タス通信はロシア連邦航空局の情報として、乗客名簿にプリゴジン氏の名前があったと伝えた。

また緊急事態省によると、ジェット機には乗員3人を含む10人が搭乗していたが、全員が死亡したとみられる。連邦航空局の発表は事件の一時間後であり、事前に知っていたかクレムリンからの情報と考えられる。通常、連邦航空局は事件を実地調査しないかぎり、発表しないからだ。

独立系メディアによると、ジェット機はモスクワ郊外から飛行していた。高度8500メートルを飛行中、突然墜落したという。ということは、間違いなくミサイル攻撃である。

このミサイル攻撃という過酷な粛正劇は、政治ドラマの一幕を観ているような気分だった。ヒトラーの「長い夜」を称賛したスターリン。そのスターリンを称賛するプーチンにおいて、現代のナチス政治、ヒトラーの政治手法が再現されたのである。世界史を目撃するとは、こういうことなのだろう。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年1月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年冬号

平和都市・広島の市長はとんでもない方でした。

広島市の松井一實(かずみ)市長が就任翌年の2012年から「教育勅語」の一部を新人研修の資料に使っていたことが、中国新聞の取材で明らかになりました。そして、さらに今後も使う考えを示されたということで二度びっくり仰天しました。

この資料は、「先輩が作り上げたもので良いものはしっかりと受け止め、後輩につなぐことが重要」とし、教育勅語のうち、

「爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ」(第二十六 教育に關する勅語)

という部分を引用し、英訳付きで掲載したということです。

松井市長は新人職員に対する講義でこの資料を、2022年、2023年と使っており、このたび、中国新聞の取材で2012年から使っていたことが明らかになりました

新人職員にとり、そうはいっても、入庁早々の市長のお言葉は大変ありがたいものです。良くも悪くも、洗脳されてしまいがちです。筆者自身でさえ、広島県庁に入庁した当初の知事(故人)のお言葉はそれなりに感動した記憶があります。

◆「ナチスも良いことをした」論と似ている市長の開き直り

さて、その教育勅語自体は1948年6月19日に日本国憲法下の国会が排除または失効を確認する決議をしています。国権の最高機関でそのように否定されたのです。

そもそもが、この教育勅語自体が、軍国主義に利用されてしまいました。松井市長は「全体を画一的に捉えて良い悪いと判断するのではなく、中身を見て多面的に物事を捉えることが重要。その一例として教育勅語を紹介した」と開き直っておられます。

だが、市長のこの開き直りのコメントは「ナチスも良いことをした」というのと似た暴論ではないでしょうか? 例えば、ナチスは確かに積極財政で景気を回復させたとされています。しかし、類似の政策は米国のニューディール政策、日本の高橋是清による積極財政など同時代に例はあります。あの時代であればだれが為政者でもだいたい、そういう方向の政策を取ったであろうということであって、取り立ててナチスをほめる話ではありません。ましてや、そのことを挙げて、ナチスによる数々の蛮行を正当化するわけにはいきません。

「教育勅語」も、結局、大日本帝国によるアジア侵略、軍国主義の悪用されていったわけです。その時点でアウトです。 

◆例に出すなら日本国憲法第15条の2であるべき

そもそも公務員には憲法遵守義務があります。もし、市長が公務員としての心構えを説くのであれば、日本国憲法から該当する条文を抜き出せば良いではありませんか? 例えば「公益」を説くなら憲法第15条の2の方が適切でしょう。

日本国憲法第15条
2.すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

そもそも教育勅語の「臣民」というフレーズは日本国憲法の「主権在民」に反します。主権者は国民であり、地方自治体である広島市なら市民です。そして、その市民に奉仕するのが、広島市長を筆頭に広島市役所に勤務するものの義務です。戦前の天皇に仕える「官吏」ではないのです。正直、元厚労官僚の松井さんは、市民ではなく、天皇とまではいかずとも、日本国中央政府を向いている、と言わざるを得ません。

◆米国忖度ネオリベ都市「HIROSHIMA」+戦前「廣島」=平和都市ヒロシマの否定

結局、松井市長がされていることは、平和都市「ヒロシマ」の否定ということではないでしょうか? 松井市長は、既報の通り、G7広島サミットを契機に〈原爆投下の反省無き〉米国政府を相手方とする「平和記念公園とパールハーバー」の「姉妹協定」を、議会や市民に相談もなく締結してしまいました。また、はだしのゲン・第五福竜丸の平和教材からの削除も市教委に強行させています。これは、どちらかといえば、〈米国忖度〉ということです。また、中央図書館の駅前デパートへの移転や学童保育の有料化など、アメリカンな新自由主義政策を市民の意見を聴かずに進めておられます。

一方で、今回の教育勅語は、どちらかと言えば〈戦前・戦中回帰〉です。両者は一見矛盾するように思えますが、共通点があります。すなわち「平和都市ヒロシマ」の否定です。外には米国に忖度しつつ、内には新自由主義を推進し、古い権威主義を温存。米国による原爆投下を批判し、米国も含む核政策を批判してきたヒロシマ。少なくとも1990年代くらいまでは保守地盤の中でもそれなりの運動で、それなりの教育・福祉の充実をしてきたヒロシマ。それとは対極にあるということです。

広島の歴史を簡単に振り返ると以下のようになります。

1.1894年~1945年 軍都廣島

1894年に広島に大本営がおかれ、明治帝や伊藤博文総理、国会も広島に移転し広島は「臨時首都」になりました。その後は、広島市は陸軍の、呉市は海軍のそれぞれ軍都としての地位を確立させ、1945年の原爆投下、敗戦を迎えます。

2.1946年~2011年? 平和都市ヒロシマ

原爆投下で壊滅した広島は、日本国憲法制定、1949年の平和記念都市建設法を経て平和都市として再出発します。正直、広島には軍国主義の町内会長から平和主義の議員に「豹変」した「はだしのゲン」のキャラ「鮫島伝次郎」のような側面が大いにあったのも事実です。また、1991年に当時の平岡敬市長が日本の加害責任に触れるまでは、軍都廣島も加担した日本の加害責任が左派の間でもあまり意識されてこなかったのも事実です。

ただ、それでも「もう、誰にも同じ思いをさせたくない」という被爆者の思いを建前としており、曲がりなりにも平和都市「ヒロシマ」と言えたと思います。広島市民は、国政選挙や県議選では自民党を圧勝させまくる一方で、広島市長については非自民・非中央官僚系の人物を選ぶというバランス感覚を働かしてきたのです。

3.2011年~2023年 平和都市ヒロシマの解体準備期間

しかし、2011年、秋葉忠利前市長の勇退を受けての広島市長選挙では、自民党が推薦する中央官僚が初めて広島市長になりました。松井一実さんです。今にして思えば、この直後から、松井さんが教育勅語を使用して、徐々に若手職員を洗脳していったわけです。筆者の友人の一人は「近しい人が市職員で、なんでこんな右傾化したのかなって不思議だったけど、納得。哀しい。」とこぼしていました。それだけ、松井さんはこの3期12年の間に準備していたのです。

また、ほぼ同時期に県知事を務めた湯崎英彦さんは、アメリカンな新自由主義行政を進めました。これらが相まって、そして、米国忖度・ネオリベと権威主義(中央政府や市長に逆らわない)のハイブリッドの広島の在り方を徐々に固めていったのです。

◆選挙上手の「強敵」松井市長だが、何としても打倒しなければならない

そして、G7広島サミットを契機に、広島は一挙に危ない方向に変質しようとしています。「今後も教育勅語を使用します」と開き直る松井市長。平和都市解体への下準備をほぼ完成させ、どこまで暴走するのか?空恐ろしい限りです。筆者は主には、当面は、2025年11月に任期切れを迎える広島県知事の湯崎英彦さんの打倒で広島を県民の手に取りもどす「ヒロシマ庶民革命」を目指しています。

しかし、2027年4月が任期切れの松井一実市長についても打倒しなければならない。そして、中央政府のためではなく、市民のための市役所を取り戻さなければならない。

松井さんは、地域のイベントにわざとラフな格好で参加し、人々に親しみを持たせるなど「選挙上手」で手ごわいものがあります。それでも「打倒松井」をあきらめてはいけないし、広島の政治に緊張感を持たせなければならない。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年1月号

多くの事件で、犯人でない、罪のない人を犯人に仕立てるための「汚れ役」を担わされる人がいる。冤罪と言えるかどうか、先ごろ私の住む釜ヶ崎で、監視カメラにゴム手袋などを被せた件で、釜ヶ崎地域合同労組委員長稲垣浩ら4人が「威力業務妨害」で逮捕・起訴され、一審で有罪判決が下された事案でも、そういう人物がいた。一審で、原告・大阪府側の証人として証言しながら、控訴審の逆転無罪判決で、その証言がほぼウソだったと認定された芝博基氏(当時、大阪府商工労働部参事、以下芝証人)である。

2019年4月、労働者や野宿者らの寄り所であった「あいりん総合センター」が強制閉鎖されたのち、支援者、野宿者らが寄り合いや共同炊事をするために作った団結小屋に、ある日突然、逆方向を向いていた監視カメラの向きが変えられた。

釜ヶ崎周辺の監視カメラについては1990年、稲垣氏らが大阪府を被告として、監視カメラ15台の撤去と慰謝料の支払いを求めて提訴し、1994年大阪地裁が原告らのプライバシーを侵害する恐れがあるなどとして、組合事務所前の監視カメラ1台の撤去を命じる判決を言い渡し、撤去させた実績がある。今回も、稲垣氏と支援者らは同様の理由で、監視カメラのカメラにゴム手袋やレジ袋で被せた。この件でのべ6人が逮捕、4人が起訴された。被告4人は裁判で、この行為はプライバシーや団結権を守るための非暴力的・非破壊的な行為で正当防衛だと主張していた。

一方、芝証人は、カメラの向きを変えた理由について、数日前、センター西側の団結小屋付近と東側でボヤが発生したため防災目的であり、団結小屋に出入りする人たちを監視する意図は全くなかったと証言した。当時、センターは閉鎖したが、上階の「大阪社会医療センター」(以下、医療センター)が業務を続けていたため、再びボヤが起き、「医療センターへの延焼や有毒ガスの発生により入院患者らの生命、身体に対する危険が生じかねない」と、防犯対策の必要性を強調した。

しかし、芝証人は、団結小屋のある西側の防犯対策には必死になったが、玄関や窓がありボヤが起きたら西側より一層患者に危険が及びかねない東側のボヤについては、検証すらまともに行わなかった。そればかりか、カメラに映った犯人がその後どうなったかなどの捜査状況を、西成警察署に問い合わせてもいない。犯人を逮捕する気などさらさらなかったのだ。更に芝証人は、カメラの新設も考えたが「ほかに良い場所がなかったため」、南海電鉄高架下のセンター仮庁舎前の駐車場に向けられていたカメラの向きを、仕方なく団結小屋側に向けるしかなかったと証言した。

一審有罪判決に対して被告3人が控訴したが、稲垣氏の弁護人・後藤貞人弁護士が「控訴趣意書」で、先の芝証言について「芝のこのような供述は虚偽であるか、さもなければ完全に間が抜けている」と厳しく非難した。「新設するのであれば、最も適切な場所は目の前にあると。つまり本件の監視カメラが設置されているポールそのものである。1本のポールに複数のカメラが設置できることは素人にもわかる」と。「控訴審の勝ち負けは95%控訴趣意書で決まります。この控訴趣意書は私が書いたこれまでの中でも3本の中に入ります」と後藤弁護士。その「控訴趣意書」で「間が抜けている」とマヌケ認定された芝証人だが、「汚れ役」をやり遂げたのち、出世したという。

このような「汚れ役」を担う人物が冤罪事件でも良く登場する。拙著「日本の冤罪」から何人か紹介したい。姫路の花田郵便局で2人組のナイジェリア人による強盗事件が発生した事件では、ジュリアスさんがその1人として逮捕・起訴され、有罪判決で服役した。事件後、自首した犯人の1人は、共犯の男はジュリアスではなく、別の男と供述していた。

しかし、ジュリアスさんを逮捕した警察もあとに引けない。裁判では、郵便局から押収したカメラ画像が公表された。郵便局を立ち去る際、犯人の1人が目出し帽を思わず脱ごうとする場面がある。しかし、その瞬間の数秒間にはノイズ(砂嵐)が入っており、ジュリアスではない真犯人の顔はわからなかった。専門家によれば、そのような短時間にノイズが入ることは通常考えられないという。不可解なノイズを作為したのは、ジュリアスが犯人でないことを必死に隠したい警察、検察の仕業ではないのかと疑ってしまう。しかし、法廷で検察は、郵便局から押収した時からノイズが入っていたと説明、「マスクを取ろうとした直後に砂嵐が入って(筆者注・犯人の顔は)映っていませんでした。それでとても残念だったことを覚えています」と白々しく証言した。
 
泉大津コンビニ窃盗事件は、コンビニのレジから1万円札を盗んだとして逮捕、起訴された土井さんが、店から逃走する際ドアをこじ開けたが、ドア右側に土井さんの左手の指の指紋がついたとされた。普通なら左手で左側ドアを開ければよいのではないか。指紋は土井さんの指紋ではあったが、土井さんが良く通うその店に別の日についた可能性がある。にもかかわらず、警察、検察は、事件当日土井さんがつけたものと強弁。しかし、その後、弁護団が事件前のコンビニ入口のビデオ映像を証拠提出させ、そこから土井さんの母親が必死探し、指紋は5日前につけたものであることを発見した。

弁護団は、それを証拠に再度無罪を主張。それでも検察は、犯人が、わざわざ盗んだ1万円札を掴む左手で、身体を無理やりひねって右側のドアをこじ開けるという噴飯もので幼稚な再現実験を法廷でやってのけた。その後土井さんは無罪を勝ち取った。

こうした恥ずかしい「汚れ役」を担う裁判長もいた。神戸質店事件で、質店店主を殺害したとして逮捕、起訴された緒方英彦さんは、一審で無罪判決が下されたが、控訴審で追加証拠もなしに「無期懲役」の逆転有罪判決を下された。大阪高裁の裁判長・小倉正三氏の法廷は「小倉コート(法廷)」と呼ばれている。「裁判官の品格」などの著書があるジャーナリスト池添徳明氏は「非常に形式的でろくすっぽ証拠調べもしない。検察が起訴したんだから有罪だと決め打ちする”小倉コートにひっかかったらもうダメ、それが大阪の弁護士たちの共通認識だった」と痛烈に批判している。そんな小倉には、退任後、旧勲二等にあたる勲章が授与されている。

東金女児殺害事件で逮捕、起訴された知的障害を持つ勝木さんは、担当検事と「金子さん、金子さん」と呼ぶほどの親しい関係になった。そのため裁判では、検事らのいいなりで証言させられ、有罪判決が下された。金子達也検事は、その後栃木県宇都宮地検の次席検事に出世、「今市事件」に関わり、台湾出身で日本語に不慣れな勝又拓哉さんを、同じく女児殺害の容疑で逮捕、起訴し、無期懲役の有罪判決を下した。その後、2017年の福岡高検刑事部長時代、セクハラ行為で減給処分を下されたが、自ら依願退職。今では「ヤメ検弁護士」として活躍しているようだ。

冤罪がなくならないのは、上記のように堂々と冤罪を作った警察や検察が何の罪にも問われないからでもある。警察についていえば、東住吉事件の国賠で、青木恵子さんを逮捕時取り調べた大阪府警元刑事の坂本氏が証人にたった。青木さんに「坂本さん、今でも私を犯人と思っていますか?」と問われ、坂本氏は堂々と「はい、そう思っています」と証言、その理由を「あんた、自供所を自分で書いたでしょ。ほら、きれいな字で」と近所のおっさんのような口調で証言し、裁判長に注意を受ける場面があった。

同じく、再審を勝ち取ったのち、国と滋賀県を訴えた西山美香さんの湖東記念病院事件の国賠では、滋賀県(滋賀県警)側はなんと西山美香さんを犯人視する準備書面を提出してきた。弁護団が猛烈に非難し、撤回はさせたものの、こうした全く反省する気のない警察、検察、そして裁判所を罰せない限り、冤罪は決してなくならないだろう。

12月24日大阪「冤罪と司法を考える集い」

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

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