尾﨑美代子
拙著『日本の冤罪』発行以降、大勢の方から「私も冤罪です」という内容の手紙を頂いた。多くは現在服役中の刑務所からだ。その一人Aさんは青木恵子さんに手紙と事件に関連したノートを送ってきた方だ。青木さんは多くの冤罪犠牲者の支援活動をしているが、裁判資料など読むのが大変だということで、私に「読んで」と回ってきた。
ノートには、非常に几帳面な字で事件の概要が書かれていた。ある男性の殺害事件で、Aさんが首謀者として逮捕されたのは事件から数年後だった。ほかに逮捕された数人は口裏をあわせてAさんが首謀者だと供述。彼らの刑は首謀者Aさんの半分以下だ。
ノートには唐突に「遺体を骨と肉にわけ、ある日、家族と行った別荘で、バーベキュー用のコンロでバーベキュー用の炭で火をおこし、その火で焼き、バーベキュー用のトングで骨を粉々にした」というような内容が書かれていた。私は「そんなことできるかよ」と突っ込みながら読み進めたが、さらにその粉々にした骨などを、別荘に行ったのだったら遠い山奥に廃棄すればいいものを、自宅のある都内に持ち帰ったと書いてある。
ちょうど、埼玉愛犬家殺人事件をテーマにした中村明監督の映画「生きし」(https://ikisi-movie.com/)の上映が十三の七芸で始まり、私がトークショーに呼ばれたこともあって、以前読んだ埼玉愛犬家連続殺人事件の本を読み直した。ご存じのように、この事件の犯人は、殺害した遺体をドラム缶で相当強い火力で焼いていた。バーベキュー用のコンロや炭では到底無理だろう、何言ってんだと考えながら、Aさんと手紙のやりとりが続いた。

私が質問し、Aさんが答える形でやりとりは10数通に及んだが、7、8通目でその謎がようやく溶けた。男性がいなくなったのち、男性の周辺にいたAさんらが疑われたが、確固たる証拠がなかった。男性の遺体すら発見されていなかった。しかし、男性は、警察の捜査で、失踪したのち全く行方がつかめないこともわかった。多分殺害されているだろうと考えた警察は、当時周辺にいたAさんらに目をつけ、Aさんらがその数年の間に、何をしたか探る。その間、確かにAさんは家族と別荘に行き、そこでバーベキューをしていた。バーベキュー用のコンロや炭を購入したこと、別荘を借りたことなどは、領収書や家族の供述などで証明できるのだろう。そこで警察はみつかっていない遺体の処分は、その別荘でバーベキューをやったときに実施したというストーリーを組み立てたのだろう。「●年、●月●日、お前は家族と●●に行ったな?」と聞けばAさんも「イエス」と答えるしかない。
しかし、何度もいうが、バーベキュー用コンロと炭で遺体の肉、骨を焼き、トングで粉々にはできないだろう。
Aさんが首謀者として、殺害も遺体の損壊も実行したというほかのB、Cの証言、供述調書がある。しかし、これは裁判には出ていないという。何故か? 信用するに値しないからか?
その調書をAさんは私に読んで欲しいという。私は裁判資料を読むのは好きだから、というか、供述調書や裁判の証言記録を読むと「おいおい、本当かよ」と思える箇所がよくあるし、それが彼の無実を晴らすことにつながればと思って読むからだ。
実はAさんのノートを丹念に読んでみたら、男性が殺害された日、その時刻に、Aさんは殺害現場にはいれなかったのではないかと思える箇所があり、そこには直接証拠も存在するではないか。それをAさんに手紙で示した。Aさんは「そうなんですよ。何度言っても誰にも信じてもらえないんですよ」と書いてきた。そりゃそうだ。Aさんは首謀者とされたのだから。
そしてAさんは、その殺害現場でAさんが中心となり、男性を殺害したという生生しい場面を、ほかのB、Cが供述した調書を、私に読んで欲しいという。調書自体やコピーを私に送ることは無理(違法?)なので、調書を丸々ノートに書き写し送るという。それはすでに上に申請し許可が下りたという。そしてA4ノート一冊分に関係者の調書を書き写したものが送られてきた。
関係者Bによれば、殺害した際、もう怖くて怖くて何があったか、頭が真っ白で覚えてないといいながら、そのあと、非常に詳細にAさんがどうやって殺害したかを述べている。Aさんがどのように遺体を損壊したかなど極めて詳細に書かれている。「あなた、頭真っ白じゃなかった?」。しかも初めての殺害、さらに「なぜ男性を殺すに至ったかについて、うっすら金銭関係とは思うが、怖くてAさんに聞けなかった」といいながら、男性の足を持ったりしてAの殺害行為に加担している……。
B、Cが述べる殺人鬼Aさんはものすごい凶暴な人と書かれている。しかし、私にはそう思えない。何人もの冤罪を訴える人と手紙のやりとりをしているが、文章にはその人の特性が表れてくる。中には多少ずうずうしい方もいる。自分をよく思われたいと、盛ったであろう内容を書いてくる人もいる。もちろんだから彼らを信じないのではないが。
Aさんで気づいた点がある。私が出した手紙には、私の店の住所の郵便番号(557-0002)が書いてあった(ちなみに手紙は読みやすいようにパソコンで書く)が、Aさんの返信には私の郵便番号が書いてなかった。「なぜ書かないのかな?」と不思議に思っていたところ、ある時の手紙の最後に「尾崎さん、すみません、尾崎さんの住所の郵便番号を教えてくれませんか? ちょっと読めなくて看守の人に見せても読めないと言われましたので」と書き、「本当にすみません」と詫びているのだ。まあ、私の字が下手くそだったということだが、「読めません」とずっと言えないような人だったのだ。私が怒ってしまうと思ったからなのか、それはわかりかねるが、「僕もあまり字が綺麗なほうではないので……」とめっちゃ綺麗な字で書いてきた。A4ノート一冊に毎日コツコツコツコツと調書を書き写したAさんの思いを、私も必死に受け止めたい。
▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

