広島からの平和外交と市民責任

さとうしゅういち

2026年春、広島は再び「世界に向けて声を上げる都市」としての役割を一定程度は果たした。中東情勢が緊迫し、国際秩序が揺らぐ中で、広島市長、広島市議会、そして地元選出の代議士による一連の発信は、地方自治体と市民社会が果たし得る外交的役割の大きさを示している。

◆広島市長のアピール:平和首長会議からの発信

3月16日、平和首長会議議長として広島市長・松井一實氏が発した共同アピールは、米国・イスラエル・イラン間で新たに発生した武力紛争に対し、即時停戦と外交的解決を求める強いメッセージだった。

平和首長会議は世界166の国・地域、約8,600都市が加盟する巨大ネットワークであり、イランは日本以外で最多の1016という加盟都市数を持つ。広島からの発信は、単なる地方都市の声明ではなく、国際社会における市民外交の一翼を担う重みを持つ。

◆広島市議会の決議:国連憲章に基づく姿勢の明確化

3月26日、広島市議会は「中東地域における人道危機の平和的解決を求める決議案」を全会一致で可決した。米国とイスラエルによるイラン攻撃、そしてイランの報復攻撃により、多くの市民が犠牲となった現状を踏まえ、国連憲章第2条第4項に反する武力行使を明確に非難した。ホルムズ海峡の緊張が世界経済に与える影響にも言及し、外交努力の徹底を求める姿勢は、被爆地としての責任を体現している。

◆岸田文雄代議士の動き:議員外交の可能性

同じく3月26日、爆心地である広島1区選出の代議士である岸田文雄さんがイラン大使と会談した。政府が米国との関係に配慮し動きづらい局面でも、議員外交という形で対話の窓口を開こうとする姿勢は、広島の政治家として評価される動きである。こうした多層的な外交努力は、国家レベルの停滞を補完する役割を果たし得る。

◆国内政治の課題:総理の姿勢と過激支持層の影響

一方で、現在の総理による外交姿勢は大問題だ。米国の意向を過度に忖度し、中国や中東への対応が偏る傾向が指摘されている。特に、総理が、台湾有事発言で悪化した対中関係を米国大統領にとりなしてもらおうとして、中東政策での忖度が強まっているのではないか。

また、総理の過激な支持層が中東外交に手腕を持つ穏健保守の議員をネット上で攻撃し、萎縮させている現状は、外交の多様性と理性を損なう危険な兆候である。

さらに、24日発生の陸上自衛隊青年将校による中国大使館侵入事件に対し、政府としての正式な謝罪が28日現在も行われていないことは、国際社会の信頼を損なう重大な問題である。こうした問題を放置すれば、広島からの誠実な発信の効果も相殺されかねない。一方で、多数の市民が中国大使館に対してネット上で政府に代わって謝罪をしていることにはほっとさせられるが、総理の責任を免じるものではない。

◆医療現場への影響:中東危機が突きつける現実

中東情勢の悪化はエネルギー供給や物流に影響し、医療現場では資材・備品不足が予測されている。こうした国内の危機にこそ、総理が率先して対応すべきであり、外交だけでなく生活インフラへの責任が問われている。

◆広島からの市民外交:あきらめず声を上げ続ける

広島は、戦争の惨禍を経験した街として、平和の尊さを世界に発信し続ける使命を持つ。市長、市議会、議員外交、市民による自主的な謝罪や対話──これらはすべて「広島発の市民外交」を構成する重要な要素である。

2027年の広島市長選挙を前に、平和行政の軸をどう再構築するかが問われている。広島からの声は、あきらめずに続けることで国際社会に届く。ヒロシマの心をもって、理性ある対話と責任ある行動を求め続けたい。

原爆ドームと広島市役所(筆者撮影)

◆決議案第7号 中東地域における人道危機の平和的解決を求める決議案

2月28日、米国及びイスラエルによるイランへの攻撃が行われ、これに対しイランは中東地域の米軍基地等への攻撃を実行した。報道によれば、こどもを含む多くの犠牲者が出ており、情勢は極めて深刻かつ緊迫した状況にある。

イランの核兵器開発問題は、核協議と外交的手段によって解決されるべきものである。しかし、一連の攻撃は、国連安全保障理事会における脅威認定も得ておらず、また、主権国家に対する威嚇及び武力行使は、戦争を否定した国連憲章第2条第4項に明確に違反する行為であり、断じて看過も容認もできない。

また、今回の緊張の高まりの中で、世界のエネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡の航行の安全が脅かされている。同海峡は国際海上交通の重要な要路であり、その封鎖など、航行の自由を妨げる行為は、我が国を含む世界経済及び国際社会に深刻な影響を及ぼしかねない。 今なお、一般市民の生命と安全が重大な危険にさらされている。

ヒロシマの心である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を願う本市議会は、関係国政府に対し、国連及び国際社会と緊密に連携し、事態の解決に向けたあらゆる外交努力を尽くすことを強く求める。

以上、決議する。

3月26日 広島市議会

◆平和首長会議共同アピール

現在、世界では多くの武力紛争が続いており、世界の安全保障が深刻な危機に瀕しています。ロシアによるウクライナ侵攻は5年目を迎えますが、終息の兆しは見えません。今回さらに、米国、イスラエル、イランの間で新たな武力紛争が勃発し、市民を含む多くの人々が殺害されるとともに、重要なインフラも破壊されています。報復が報復を呼び、ますます多くの国の施設への攻撃にエスカレートしており、中東地域だけでなく、世界全体の政治・経済安全保障に深刻な影響をもたらしています。

その上、私たちは国連憲章を含む法の支配を蔑ろにすることにより、さらなる武力紛争につながることを懸念しています。武力紛争に関与する全ての国に対し、直ちに停戦し、平和と安定を回復するよう強く求めます。

平和首長会議は、世界166の国・地域の約8,600の都市が加盟する、市民の安全と安心を守ることに尽力する地方自治体の首長で構成する世界的なネットワークです。私たちは、国際紛争が対話による外交努力をもって解決されることを強く求めます。武力行使は、いかなる国に対するものであっても、何の罪のない市民の命を奪うものであり、断じて許されません。

平和首長会議を代表して、私たちは、世界中の平和を希求する全ての人々と共に、世界恒久平和と核兵器廃絶の実現に向けて、あらゆる努力を尽くすことをここに改めて宣言します。

2026年3月16日
平和首長会議会長 広島市長 松井一實
     副会長 長崎市長 鈴木史朗

さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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《4月のことば》花 雨ニモマケズ 風ニモマケズ

鹿砦社代表 松岡利康

《4月のことば》花 雨ニモマケズ 風ニモマケズ(鹿砦社カレンダー2026より。龍一郎揮毫)

4月、新年度になりました。

2026年も早3カ月が経ちました。つい先日正月を迎えたようで、やはり「1月は去(い)ぬ、2月は逃げる、3月は去る」でした。

ここ甲子園では、春の到来を告げるセンバツ高校野球も終わり、春本番です。新年度となり、心機一転、長引く苦境打破に向け気持ちを引き締め邁進しなければなりません。

まだ花は咲いてはいませんが、冬の時代を耐え抜きましたので、必ず花は咲くと信じています。私たちはまだ諦めてはいません。生半端な気持ちで、この世界に入ってはいませんし、「名誉毀損」に名を借りた出版弾圧で逮捕‐勾留を強いられ解体的情況に打ちのめされても生き延びることができましたので、〈原点〉に立ち返り、さらに奮闘します。

私たちの〈原点〉とは何か? 振り返れば、1980年代半ば、10年間のサラリーマン生活を思い切って辞め、徒手空拳で出版の世界に飛び込んだ時に、編集スキルの面では鬼才・府川充男さんに教えられ、また歴史家の小山弘健先生に次の言葉を教えていただいたことは、すでに昨年来申し述べていますが、あらためてこの言葉を噛みしめたいと思います。

「われわれの出版の目的は、一、二年で忘れ去られることのない本を作ることである」(クラウゼヴィッツ)

残り少なくなった私の出版人生、まだまだ私(たち)は、「一、二年で忘れ去られることのない本」を作っていかなければなりません。もうひと花、咲かせたいです。今しばらく皆様のお力をお貸しください。

「戦争トラウマ」を描いた映画『父と家族とわたしのこと』

尾﨑美代子

3月28日(土)、十三の七芸で上映が始まった『父と家族とわたしのこと』を観てきました。父や祖父が戦争で見ず知らずの罪もない人たちを殺害しなければならないという、過酷な戦闘現場で精神をやられ、復員後アルコール中毒や家族への暴力などさまざまな形ででてくる「戦争トラウマ」を描いた映画。

映画には、藤岡美千代さん、市原和彦さん、佐藤ゆなさん(仮名)という3人の方が登場する。藤岡さん、市原さんはお父さんに、30代の佐藤さんは、祖父の虐待を受けた実の母親に「支配」で複雑性PTSDを抱えている。

実は私は藤岡さんのパートナーさんは知っていたが藤岡さんとは会ったことがなかった。でもフェイスブックではいつも笑ってるイメージだった。そのフェイスブックで藤岡さんが復員兵のお父さんから受けた暴力で苦しめられてきたこと、そのお父さんが亡くなった時、思わず「万歳!」したことを知った。戦争トラウマは、「野火」や「ほかげ」など戦争作品を撮った塚本晋也監督の作品でも触れられている。しかし、現実がこんなにむごいとは……。

ネタバレになるのでここいらで止めておく。実は私は藤岡さんのそんな話を聞きたくて、一度私の店で話してもらったことがあるし、「ルポ 戦争トラウマ」も読ませてもらった。しかし、映画になるとまた違った迫力があった。

藤岡美千代さんと島田監督。美千代さん、お父さんの写真と共に登壇

市原さん、佐藤さんからもこれでもかこれでもかと辛い告白が続く。市原さんの父親は皆で旅行に行くバスの中、酒が入ると突然母親に「この淫売女!」と叫び暴行したという。佐藤さんは、母親の歪んだ「支配下」に置かれ、時には母親の性器を触らせられたりしたという。が、しかし監督は、そんな辛い当事者の告白を相手が話したいときにしか聞かなかったという。そんな優しい監督だからこそ、こんなに素晴らしい作品が撮れたのだと思う。これでもかこれでもかと辛い告白は続くが映画はこれだけでは終わらない。自分が被害者なら、加害者のことをしらなくてはならない。これは、私が冤罪だけでなく、実際にあった凶悪事件を追い続ける理由と同じだ。人間、「オギャー」と産まれたときは誰も犯罪者、殺人鬼ではなかったのだもの。彼・彼女を凶悪な犯人にさせた背景には、社会的な政治的なものがあるはず。私はそれをさぐりたいといつも思っている。

藤岡さんら3人も次の一歩として、そうしてきた。市原さんも父親の軍歴を取り寄せた。父親は満州鉄道の仕事をしていたため、日本人全員を日本へ返し、自分は最後に日本へ戻ってきた。そのため帰国がほかの人よりうんと遅かった。母親は父の生死も知らされぬなか、一時期別の男性と暮らしていた。その事実が父親の脳裏にこびりついて、酒が入るたび、母親を「淫売女」するようになったのだろう。「仕方ないですよね」。そうつぶやく市原さん。市原さんはそうして、父と住んでいた故郷を訪ねる旅にでる。

藤岡さんの故郷を訪ねる旅、更には父親が最後にいたロシアを訪ねる旅で、表情がどんどん変わっていくのがわかる。

映画終了後の島田陽磨督とのトークショーで、藤岡さんはロシアへ行った時の話をされて、帰りの汽車から見えた白樺の木々が兵士に見えたという。延々と並ぶ兵士たちのような白樺の木々を見ながら、初めて嗚咽をもらした藤岡さん、そして絞り出すように出たひとこと。それは内緒。

島田監督のお話。ロシアで訪れた小さな村、でも既に何人もの若者がウクライナで亡くなっている。僻地から戦争に駆り出される人が多い(と、聞こえたような)。島田監督は3.11後の福島を撮った「生きて、生きて、生きろ」も撮った。戦争も原発もいつも弱い者に一層矛盾を押し付ける気がする
「胡桃澤さん、来てるでしょ」と美千代さんのムチャぶりでステージに上げさせられた劇作家で精神科医の胡桃澤伸さん

この映画を一人でも多くの方に見て欲しい。世界中で痛ましい紛争が続き、毎日大量の人たちが殺されている今だからこそ、私たちは二度と戦争に加担してはならない……そんな思いを強く心に刻んで欲しい。

この映画、配給会社を入れず独自に宣伝活動をやっているとのこと。チラシ配布や自主上映などで映画を広めるお手伝いをしたい。

『父と家族とわたしのこと』https://chichito.ndn-news.co.jp/

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

資料で見る「カウンター大学院生リンチ事件(別称『しばき隊リンチ事件』)」〈3〉村八分、セカンド・リンチ、支援者への恫喝・誹謗中傷

鹿砦社代表 松岡利康

この大学院生リンチ事件の推移を見てくると、いろいろなことが感じられます。社会運動とか反差別運動といわれる運動の内部における暴力の問題は、かつて内ゲバとか内部粛清で多数の死者をも出し、運動は解体状態に陥り、私たちは痛苦な反省をしたはずでした。よって、運動内部の暴力は、ほとんどなくなっていたと思い込んでいましたが、とんだ思い違いでした。このリンチ事件を知った時、水面下では「まだこんなことをやっているのか」と時代が逆戻りしたと思いました。

これに対して、「反差別」や「人権」など耳障りのいい言葉を遣い、マスコミも持て囃し、その裏ではこんな凄惨な集団リンチなどやっているとは……。それも、著名な作家やジャーナリストらは知っていて隠蔽に加担していました。この中には、私たちが講演に呼んだ安田浩一、池田香代子らもいました。

これは「知らなかった」ではすまされないと思いました。すぐに被害者支援、真相究明にあたることにしました。それが、加害者につながる者らが言うように「デマ」だったら、すぐに自己批判、謝罪し撤退するつもりでした。

しかし、リンチは事実でした。そして、こぞって被害者M君に対する村八分(排除)とセカンド・リンチを浴びせていました。私たちの元に被害者が駆け込んでくるまで1年余り、彼は心ある少数の支援者と共に激しい攻撃を浴び続け孤立していました。趙博や阿久沢悦子(当時、大阪朝日社会部記者)ら裏切者も現れ、精神的にもかなりきつかったと推認できました。おそらく、僭越ながら私たちが支援‐反撃しなければ、この事件は「十三ベース事件」などという都市伝説として語られるにとどまり世間に明るみに出なかったでしょう。

私たちがこの件に関わり始めてちょうど10年、最後の訴訟(対リンチの主要実行犯エル金こと金良平との訴訟上告審)が最終局面にある現在、この事件を整理─総括する作業の一環として、この連載を始めましたが、振り返れば振り返るほど酷い話です。

この事件に対し、私たちは複数回、多くの「知識人」といわれる作家、メディア人、ジャーナリスト、弁護士らに質問書を送りましたが、それなりに回答してきた者はわずかで、ほとんどが〈見ざる、言わざる、聞かざる〉の態度に終始しました。いつも言っている「暴力反対」とは何ですか? 私たちが地を這うような調査・取材を元に編集・発行した6冊のムック本、さらに一時は私たちと共同歩調を取りながらも義絶した田中宏和の2冊の著書(『SEALsの真実──SEALDsとしばき隊の分析と解剖』『しばき隊の真実──左翼の劣化と暴力化』。両書共絶版)、その都度その都度私たちの意見や主張を申し述べて来た「デジタル鹿砦社通信」などで可能な限り発信してきました。こうしたことによって、それまで闇の中にあったリンチ事件の真実への針の一穴、二穴が開けてきたと認識しています。僭越ながら、このような私たちの言論・出版活動によって、少なくとも我が国の社会運動、反差別運動の最大の汚点となった大学院生リンチ事件が、隠蔽から解き放たれたと考えています。リンチの最中の音声データや直後の被害者の変形した顔写真、この連載でも掲載しているような数々の資料などによって、いまだに「デマ」だと言うしか能がない者らの、人間としての良心を疑わざるを得ません。

私たちが当初から何度も言っているように、事実は事実と認め、きちんと社会的に謝罪し、被害者への最低限の保障をすべきで、そうであれば、将来への糧になると考えてきました。特に在日コリアンの連絡組織「コリアNGOセンター」が絡み、本来ならこれがヘゲモニーを持って責任ある対処をすべきなのに、この体たらく、こうした非常事態に何の役に立たないことが証明されました。

前置きが長くなりましたが、このまで2回の連載で、リンチ発生からの混乱、「謝罪」、活動自粛を経て、被害者を無視しての突然の「活動再開」後、加害者と、これに繋がる者らは、被害者側の支援者の力が弱く、マスメディアも抑え込んだ自信からか、被害者への村八分(村八分は差別です!)、セカンド・リンチ、支援者(鹿砦社含む)への恫喝や誹謗中傷を、四方八方から行います。これを見てM君に同情的だった人たちも沈黙を強いられ、表だって加害者らに心ある忠告も批判も抑え込まれます。

表立って、名を出して異議を申し立てた人は、山口正紀(元読売社会部記者。故人)、黒薮哲哉(ジャーナリスト)、寺澤有(ジャーナリスト)、尾﨑美代子(西成で居酒屋経営の傍ら冤罪問題に取り組む)、森奈津子(作家)、合田夏樹(会社経営者)ら少数でした。特に合田に対する攻撃は激しく、会社経営と障害児を持つという弱みを衝いて会社や自宅への直接的攻撃の的となりました。それも現職の国会議員の車を使ってです。

以下、代表的なものとして挙げておきます。  (敬称略)

◇    ◇     ◇     ◇     ◇

【18】「エル金は友達」祭り

【18】「エル金は友達」祭り-1
【18】「エル金は友達」祭り-2
【18】「エル金は友達」祭り-3

まず村八分として挙げられるもので、M君もこれには精神的にかなり参ったと言っていました。開始の音頭を執ったのは、当時「カウンター」「しばき隊」のたむろ場所になっていた「あらい商店」(その後閉店。現ピンナ食堂)の朴敏用です。まさに寄ってたかってМ君を排除し村八分にするという作戦です。ここに名が出ている者らに対しては、今でもこのリンチ事件について問い質していきたいぐらいです。

【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ

【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-1
【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-2
【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-3

幾つか挙げておきます。いちいち解説は不要でしょう。
なお、金明秀は関西学院大学教授で、他にも暴力事件を起こしています(和解)。このツイートもあって、M君の彼女は去っていきました。

【20】加害者・李信恵、金良平によるM君に同情的な者や支援者に対する攻撃

【20】加害者・李信恵、金良平によるM君に同情的な者や支援者に対する攻撃

凄いの一言です。これも解説不要。

【21】リンチの場に連座した伊藤大介によるM君支援者・合田夏樹への攻撃

【21】リンチの場に連座した伊藤大介によるM君支援者・合田夏樹への攻撃

これも解説不要でしょうが、重要なのは、現職の国会議員(有田芳生)の車を使って攻撃を行ったということでしょう。リンチ本第2弾『反差別と暴力の正体』に寺澤有が詳しくレポートしていますので、ぜひご一読ください。

【22】同じく伊藤大介による鹿砦社への恫喝、誹謗中傷

【22】同じく伊藤大介による鹿砦社への恫喝、誹謗中傷

私(松岡)が「諸悪の根源」だって! 伊藤はその後、深夜右翼活動家を呼び出し襲撃し、傷害事件を起こし有罪判決が確定しますが、M君リンチ事件と併せ、この男こそ、反差別運動、社会運動にとって「諸悪の根源」でしょう。

【23】呉光現による鹿砦社への誹謗

【23】呉光現による鹿砦社への誹謗

当時、鹿砦社は創業50周年を前にしていましたが、それなりの歴史を持つ出版社に対する許しがたい発言です。「文句あったら言ってこいやあ」なんて言うから、当然、私たちは直接本人を問い質し、しどろもどろし、根性なしの彼はすぐ撤回、おそらく我が身が可愛かったということでしょう。撤回しなければ、次は彼が所属する聖公会に取材に行こうと思ったほどです。

呉光現という人物は、「在日本済州四・三犠牲者遺族会会長」「聖公会生野センター総主事」の肩書を持ち、韓国政府から勲章までもらっています。在日コリアンの中でも、それなりの位置に在る人物です。

また、彼はキリスト教徒ということですが、ならば、人ひとりが傷つき苦しんでいるわけですから、もっと人間らしい対応ができなかったのでしょうか。

【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷

【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-1
【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-2
【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-3

鈴木は、ビアンコジャパン(本社・京都)という優良企業に所属し役員でもありましたが、加害者らと昵懇の関係ということからか、被害者や支援者らに口汚い誹謗中傷を浴びせています。ここではリンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』に掲載されたものを転載させていただきます。

あまりにも取材対象者が膨大だったこともあって、鈴木への取材が後回しになっていましたが、ようやく2022年になって取材の機会を得ました。これは「デジタル鹿砦社通信」2022年6月7日号6月9日号6月14日号をご参照ください。

鈴木によれば鹿砦社は「極左崩れの企業ゴロ」「反社出版社」ということらしいですが、現代社会において、はっきりした証拠もなしに「反社」を規定するのは明確な名誉毀損です。「反社」という言葉の持つ意味を考えろ!

今鈴木は、あれだけ頻繁に行っていたSNSでの発信がここ1年以上休止し、またビアンコジャパンの役員欄からも名が消えました。同社のHPを見ると立派な会社です。彼は、誰憚ることなく堂々と日々名誉毀損、人格破壊のSNSを発信していましたので、経営陣からすれば、会社が立派であればあるほど、目障りだったはずです。おそらく解任されたのではないでしょうか。どなたか鈴木の消息をご存知の方はお知らせください。

◇    ◇     ◇     ◇     ◇

今回挙げた資料(村八分、セカンド・リンチ、恫喝・誹謗中傷)は、ほんの一部ですが、採り上げた人物の言動は、どこか倒錯していると思います。人としていかがでしょうか? みなさんはどう思われますか? 本来なら、人間的に優れた人物がヘゲモニーを持って事態の収拾、解決にあたるべきところ、そうした人物がいなかったことは悲劇でした。

この意味で、特にコリアNGOセンターの当時の事務局長・金光敏や、「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長の岸政彦(当時龍谷大学教授。その後、立命館大学教授を経て現京都大学教授。岸は、加害者・李信恵、金良平、凡に対するコリアNGOセンターの事情聴取に立ち会っているが、私たちの直撃取材後同会事務局長を辞し、うまく立ち振る舞い現在の地位を獲得、一方のМ君はいまだPTSDに苦しみ研究活動を再開できずにいることに反省はないのか!?)、野間易通(しばき隊ボス)、中沢けい(作家)、辛淑玉(コンサルタント)、上瀧浩子(弁護士)、師岡康子(同)らの責任は極めて重いと言わざるをえません。彼らが、事件の隠蔽や被害者、支援者らに対するセカンド・リンチ、恫喝、誹謗中傷を行ったエネルギーを、人間の心を持って被害者を慮り、事件の本質的解決に向けておれば、もっと良い方向に進んだのではないかと思いますし、彼らの社会的評価も格段にアップしたでしょう。事件直後の対応に、どこかで“ボタンの掛け違え”があったのではないですか? その“ボタンの掛け違え”によって、在日コリアンに対する見方が悪化したのではないですか? 

思うに、人間、ここぞという時に、どういう態度をとるのかに、その人の人間性が現れます。このリンチ事件では、普段立派なことを口にする者が、集団リンチという場面に直面し、これを知っておきながら、日和見的な態度をとり逃げたり沈黙に終始したりしました。呆れ果てます。M君の無念を顧みると満腔の怒りを禁じえません。

今回、資料を整理していく過程で、ますます怒りが込み上げてきましたので、今回はこれでひとまずお終いにいたします。(了)

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

《しばき隊リンチ事件》https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

野田正彰著『過ぎし日の映え』、注文殺到! やはり腐っても朝日、影響力は大きいことを、あらためて実感!

鹿砦社代表 松岡利康

野田正彰著『過ぎし日の映え』が2月22日付けの朝日新聞の野田先生インタビュー記事の冒頭で引用され、この5日間(2・24~3・2の営業日)で200冊超の注文が殺到しています! 

本書は、著者の出身地の高知新聞に連載されたものを単行本化したものですが、地方紙のせいか、知られざる事実も多いです。特に、『夜と霧』の著者として有名なフランクルに会い、インタビューした記事内容は衝撃的でした。著者自身が驚いたそうです。「この本(『夜と霧』)では、すべてがアウシュヴィッツでの体験のように読める。ところが、私が移送の行程を順々に聞いていったとき、フランクルは、アウシュヴィッツにいたのは『3日2晩』と答えた。私は驚いて問い直したが、彼は続けて話した。」

あとは本書を読んでいただきたいが、驚いたのは野田先生だけではありません。”通説”とはまったく異なると感じました。2日間に及んだ、この「フランクルとの対話」だけでも本書の価値があります。池田香代子(新版『夜と霧』を翻訳。大学院生リンチ事件では「見ざる、言わざる、聞かざる」の姿勢を貫いた)、聞いとるか!?

もうひとつ付言しておきます。本書を読んで強い感銘を受けた、ある方は、なんと100冊お買い上げになり、友人、知人にプレゼントされました。有り難い話ですが、これほどまでに人を感銘させる本だということでしょう。

掛け値なしに一人でも多くの方に読んでいただきたい一冊です。

鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000782

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KICK Insist.26は瀧澤博人と睦雅の揃い踏み 細田昇吾も追走!

堀田春樹

瀧澤博人、世界王座戴冠後初戦は技量不足と戦略足りなかった敗戦。
睦雅はパワー勝ちで連敗から脱出。更なる上位へ意欲を見せた。
馬渡亮太は見事なボディブロー一発ノックアウト勝利。
細田昇吾も圧力掛けたアグレッシブな展開で大差判定勝利。

◎KICK Insist.26 / 3月15日(日)後楽園ホール17:15~21:02
主催:VICTORY SPIRITS / 認定:ジャパンキックボクシング協会(JKA) 

前日計量は14日水道橋内海ビルにて14時より行われ、一人を除いて一回でパス。
戦績はプログラムを参照にこの日の結果を加えています。

◆第13試合 57.2㎏契約3回戦   

WMO世界フェザー級チャンピオン.瀧澤博人(ビクトリー/ 57.2kg)
46戦29勝(16KO)13敗4分
        VS
タイ国R・W・Sフェザー級7位.モンコンレック・プンナコーン(タイ/ 57.0kg)
76戦58勝15敗3分
勝者:モンコンレック・プンナコーン / 判定0-3
主審:西村洋
副審:椎名28-30. 中山27-30. 勝本27-30

モンコンレックはラジャダムナンスタジアム・ワールドシリーズのランカー。瀧澤博人は2025年11月23日、王座決定戦となる世界再挑戦でチャイトーン ウォー・ウラチャー(タイ)をヒジ打ちで倒すTKO勝利でWMO世界フェザー級王座戴冠してからの初戦。

初回の距離を保っての牽制は瀧澤博人のいつもの突き刺す左ジャブが少ない。モンコンレックも長身で時折伸び有るハイキックを繰り出して来る。序盤の攻防には大差無い中でもモンコンレックの上手さが光る。

モンコンレックのハイキックを辛うじて躱した瀧澤博人

第2ラウンドには首相撲に移るとモンコンレックがウェイトを掛け、振り回すように瀧澤のバランスを崩し、ヒザ蹴りも難なく加える一層の実力発揮。モンコンレックは距離を上手く使いヒジ打ちも見せ、試合運びで優る展開。ラストまで瀧澤は巻き返すに至らず、大差判定負けとなった。長身同士では瀧澤もやり難さがあったかもしれない。

ヒジ打ちの相打ちも互いにクリーンヒットはせず

◆第12試合 62.5㎏契約3回戦

ジャパンキック協会ライト級チャンピオン.睦雅(=瀬戸睦雅/ビクトリー/ 62.5kg)
33戦24勝(14KO)7敗2分
        VS
タイMuaysiam東部ライト級チャンピオン.センタウィー・JF・プンパンムアン(タイ/ 62.2kg)76戦51勝23敗2分
勝者:睦雅 / 判定3-0
主審:少白竜
副審:椎名30-28. 中山30-27. 西村30-27

睦雅はWMOインターナショナル・スーパーライト級チャンピオンでもあり、昨年11月23日、WMO世界スーパーライト級王座決定戦はペッダム・ペッティンディーアカデミーに判定負けで王座獲得成らず。今年1月、ルンピニースタジアムでのONE FridayFightでチョー・スワー・ウィン(ミャンマー)にTKO負けで2連敗中。

初回、アグレッシブな両者だが、睦雅が右ストレート、ボディブローを重ねて主導権支配していく。センタウィーのパンチを躱し、終盤はラッシュ掛けた睦雅。

勢いに乗れば飛びこと多い睦雅は今回も飛びヒザ蹴りを見せた

第2ラウンドはセンタウィーが前進も睦雅は冷静に対抗。多少被弾してもそれ以上に睦雅がセンタウィーの顔を歪ませるようなクリーンヒットを続け、打っても蹴っても睦雅が優っていく。ラストラウンドも一層睦雅がアグレッシブに攻める中、終盤はセンタウィーをコーナーに追い込んで圧倒。ほぼフルマークの判定勝利。連敗を脱出した。センタウィーはしぶとく打たれ強かったが、睦雅がセンタウィーに優るパンチをヒットさせた。

打ち合いでは睦雅のヒットが目立ったがセンタウィーもタフだった

◆第11試合 スーパーフェザー級3回戦

WMOインターナショナル・スーパーバンタム級チャンピオン.馬渡亮太(治政館/ 58.9kg)
46戦33勝(17KO)11敗2分
        VS
タイ国Muaysiam中部フェザー級チャンピオン
ジョーンビックペット・ギャットペット(タイ/ 57.5kg)76戦50勝23敗3分
勝者:馬渡亮太 / KO 1ラウンド 2分18秒
主審:勝本剛司

馬渡亮太は上下の蹴りで牽制。ジョーンビックペットも前進し上下の蹴りで馬渡以上に圧力を掛けて来る。ジョーンビックペットの接近した際のヒジ打ちは危なかったが、馬渡が左ボディーブロー一発でジョーンビックペットは悶絶のノックダウン。レフェリーがテンカウントを数えるノックアウト勝利。圧され気味の展開に反省の言葉を残した馬渡だった。

馬渡亮太のハイキックをブロックするジョーンビックペット
馬渡亮太の一発で仕留めたボディブロー。経験値の技である

◆54.0㎏契約3回戦

JKAフライ級チャンピオン.西原茉生(治政館/ 53.9kg)と対戦予定だった乙津陸(クロスポイント大泉/ 55.35→55.2→55.15kg)は1.15kgオーバーで計量失格により試合中止。西原茉央は計量パスしており勝者扱い。

◆第10試合 52.7㎏契約3回戦 

タイ国ジットムアンノンスタジアム・スーパーフライ級チャンピオン.
細田昇吾(ビクトリー/ 52.5kg)27戦18勝(6KO)7敗2分
        VS
ペットセリタイ・ルーククロンタン(タイ/ 52.3kg)84戦61勝21敗2分
勝者:細田昇吾 / 判定3-0
主審:椎名利一
副審:中山30-28. 少白竜30-28. 勝本30-28

初回、ペットセリタイの延びる蹴りが細田昇吾の前進を阻むも、徐々に細田がローキック中心にリズムを作り出して行った。

第2ラウンドには細田がローキックで攻め、ペットセリタイの動きを読み、スピーディーに先手を打つ攻勢を保った。

ラストラウンドも細田が勢いを増して出る。ペットセリタイのスピードは落ち、蹴って出ても細田は怯むことなく攻めて出た。後は倒せるかの勝負も、ペットセリタイの逃げの体勢に阻まれたが、細田が大差判定勝利。

細田昇吾の右ストレートで顔が歪むペットセリタイ

◆第9試合 65.5㎏契約3回戦

ペップンミー・ビクトリージム(タイ/ 65.1kg)
69戦53勝(16KO)16敗
        VS
ピラポン・Re generation(タイ/ 65.4kg)80戦59勝18敗3分
勝者:ピラポン・Re generation / 判定0-3
主審:西村洋
副審:椎名28-29. 中山28-29. 勝本28-29

ピラポンが第2ラウンドに接近戦での左ヒジ打ちでノックダウン奪って攻勢を維持して判定勝利。

◆第8試合 63.5㎏契約3回戦

ジャパンキック協会ライト級2位.菊地拓人(市原/ 63.2kg)10戦6勝(3KO)3敗1分
        VS
折戸アトム(PHOENIX/ 63.5kg)9戦6勝(1KO)2敗1分
引分け 0-0
主審:少白竜
副審:椎名29-29. 中山29-29. 西村29-29

折戸アトムの蹴りとパンチで上下の攻めの勢いがあったが、菊地拓人も前進し要所要所で打ち返した。一進一退の攻防は第2ラウンドがやや折戸が優勢。ラストラウンドは菊地がやや優勢も大差は無い展開となって引分け。

◆第7試合 ウェルター級3回戦

ジャパンキック協会ウェルター級2位.我謝真人(E.D.O/ 66.6kg)18戦6勝(3KO)10敗2分
        VS
ソムプラユン・ヒロキ(DANGER/ 66.3kg)11戦3勝(2KO)8敗
勝者:我謝真人 / KO 2ラウンド 1分50秒
主審:勝本剛司

初回に我謝真人の右ストレートで2度ノックダウン喫したソムブラユン・ヒロキ。第2ラウンドも我謝は連打と右ストレートで3ノックダウン奪ってノックアウト勝利。何度か倒れても立ち上がり頑張ったソムブラユン・ヒロキだった。

KO勝利のひとり、我謝真人は右ストレートでソムブラユン・ヒロキを倒した

◆第6試合 フェザー級3回戦

ジャパンキック協会フェザー級3位.海士(ビクトリー/ 57.0kg)8戦6勝2敗
        VS
同級7位.BANKI(=竹森万輝/治政館/ 56.8kg)4戦3勝(1KO)1敗
勝者:海士 / 判定2-0
主審:中山宏美
副審:少白竜30-29. 勝本29-29. 西村30-29

BANKIは得意の右ハイキックが繰り出されるも、海士の小刻みに動いての蹴りの勢いに圧されてしまった。両者好戦的に鬩ぎ合うも、海士がBANKIのリズム狂わす試合運びで際どいながら判定勝利。

◆第5試合 バンタム級3回戦

ジャパンキック協会バンタム級3位.花澤一成(市原/ 53.4kg)13戦3勝(3KO)7敗3分
        VS
斉藤力毅(武心豪術会/ 52.9kg)4戦3勝(1KO)1敗
勝者:斉藤力毅 / TKO 1ラウンド 2分23秒
主審:椎名利一

開始早々は花澤一成のキレある蹴りがリズム掴みかけたが、接近した際の偶然のバッティングで花澤の左側頭部に当たったダメージが残ってその後、斎藤力毅のパンチ連打にノックダウンし、再開後更に左アッパーから右ストレートフォローで花澤はカウント中にレフェリーストップ。斎藤力毅のノックアウト勝利。

斉藤力毅はバッティングが運命を変えたが、花澤一成をパンチでKO

◆第4試合 ウェルター級3回戦

梅沢遼太郎(白山道場/ 66.1kg)11戦4勝(3KO)3敗4分
        VS
佐藤大稀(湘南格闘倶楽部/ 66.3kg)8戦7勝(3KO)1敗
勝者:佐藤大稀 / KO 2ラウンド 2分2秒
主審:西村洋    

初回、パンチとローキックのアグレッシブな交錯から佐藤大稀のパンチ連打で梅沢遼太郎がノックダウン。第2ラウンドもアグレッシブに攻めた両者だったが、佐藤大稀が連打で3ノックダウン奪ってノックアウト勝利。   

佐藤大稀は連打でノックダウン奪って梅沢遼太郎をKO

◆第3試合 バンタム級3回戦

西澤将太(ラジャサクレックムエタイ/ 53.52kg)3戦3勝(1KO)
          VS
早川曜平(ケーアクティブ/ 53.15kg)5戦2勝2敗1分
勝者:西澤将太 / 判定3-0 (29-28. 30-28. 30-28)

◆第2試合 61.0㎏契約3回戦

日本猿サトルJSK(治政館/ 61.0kg)4戦3勝1敗
        VS
浪岡浩之(ヒロ/ 59.8kg)4戦2勝(1KO)2敗
勝者:日本猿サトルJSK / 判定3-0 (30-26. 30-26. 30-26)

◆第1試合 フェザー級3回戦

西山天晴(治政館/ 57.15kg)3戦1勝(1KO)2敗
        VS
尾島将悟(モリタキックボクシング/ 57.0kg)3戦3勝(1KO)
勝者:尾島将悟 / 判定0-3 (27-29. 27-29. 27-30)

◆オープニングファイト JKAアマチュア・フライ級タイトルマッチ2回戦(2分制)

佐藤紫虎(湘南格闘倶楽部/-50.8kg)vs桜臥(MIYABI/-50.8kg)
勝者:佐藤紫虎 / 旗判定3-0

《取材戦記》

馬渡亮太はプログラム上もリングアナウンスでも“WMOインターナショナル・スーパーバンタム級チャンピオン”という肩書きだった。つまりは昨年7月のWMO世界スーパーフェザー級王座決定戦では、世界王座は奪取していないことになります。WMOが明確な声明を出していないことも不可解な事態です。

西原茉央は乙津陸のウェイトオーバー1.15kgによって協議の結果、試合は中止されましたが、「生前の長江国政会長だったら試合やらせていただろうな!」という業界関係者の声もありました。昭和50年代までなら一階級差(スーパークラスの無い正規階級)があっても試合が組まれた時代でした。

今月よりジャパンキックボクシング協会に二つのジムの加盟が発表されました。
ラジャサクレックムエタイジムは23年前、ラジャサクレック氏が日本に来てから、長江国政会長により沢山の試合出場させて頂いたという縁で加盟に繋がったという発言がありました。

白山道場・萱原秀哉会長は、「これまで20年に渡りフリーの立場で試合参戦して参りましたが、この度この協会に加盟させて頂く理由は只一つであります。“本物のキックボクシング”が存在するからであります。本物のキックボクシングを見せる、ジャパンキックボクシング協会の升席に置いて頂き、これからも貢献して参りますので、白山道場並びに今日敗れましたが、梅沢遼太郎をお見知り置き頂き、宜しくお願い致します。」という力強い御挨拶。

“キックボクシング”と言い切る部分に深い意味がありそうな御挨拶でした。フリーが良いか、団体加盟が良いかの決断もあったでしょう。

ジャパンキックボクシング協会次回興行は5月24日(日)に恒例の市原ジム興行が市原臨海体育館に於いて行われます。3月20日時点でカードは未定。チャンピオンクラスがメインイベントとなるのが恒例の市原興行。昨年はJKAフェザー級チャンピオン勇成(Formed)が務め、一昨年は当時のチャンピオン、皆川裕哉(KickBox)が務めました。市原ジムのエース格、菊地拓人はまだ王座に届かずだが、陣営は来年までに戴冠させたいだろう。

堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

創価学会・公明党の目的とは「公明票」にみる中道改革連合の敗因

大山友樹(紙の爆弾2026年4月号掲載)

◆中道改革結成における公明党の目的

2026年2月8日投開票で行なわれた衆議院総選挙で、自民党は衆院の3分の2の議席を単独で超える316議席と圧勝。連立政権を組む日本維新の会の36議席を加えると、与党で352議席と4分の3を占める圧倒的勢力となった。

一方、総選挙直前に立憲民主党と公明党の衆院議員が合流して結成された新党・中道改革連合は、172議席から49議席へと123議席を失う大惨敗。初の女性首相としての高い人気を背景に、大義なき自己都合解散という大博打に打って出た高市首相に対し、立憲民主党と公明党も新党結成という大博打で迎え撃ったが一敗地に塗れる形となった。

この選挙結果に当事者である中道改革が大きなショックを受けているのは当然だが、公明党の組織母体で、中道改革の結集軸ないしは立・公の紐帯として両者の合流を推進した創価学会も深刻なダメージを受けている。

というのも、今回の新党結成については、政界やメディアさらには有権者においても、高市首相の突然の解散に対抗するための選挙目当ての結党と見る傾向が強い。たしかに野党の準備不足を狙った奇襲への緊急避難的な対抗策という側面があることは事実だろう。

しかし水面下では、公明党なかんずく創価学会が中・長期的な政治戦略の一環として、中道勢力の結集による政界再編を企図していた事実もあった。ところが今回の選挙結果はそうした創価学会・公明党の思惑を、それこそ完膚なく挫くものとなったからである。

少し時間を遡ってみよう。今を去る2年半前の2023年11月15日、創価学会の3代会長で公明党の創立者である池田大作氏が95歳で死去した。その死に際して公明党は、次のような追悼の意を込めた決意表明を行っている。

「創立者は、公明党が衆院選に初挑戦した1967年1月、党のビジョンを明らかにされた。『中道政治で平和と繁栄の新社会』の建設をモットーとして、第一に『清潔な民主政治の確立』を掲げ、内政面では『大衆福祉で豊かな生活』、外交面では『戦争のない平和な世界』をめざすとした内容だ。この未来像を現実の政治の世界で具体化していくことは、公明党の使命である。その自覚をもって、人間主義=中道主義の政治にまい進したい」(公明新聞11月20日付「主張」)。

党創立者の死という節目で、公明党は自らの原点が「中道政治」であることを再確認。「清潔な民主政治」「大衆福祉」「戦争のない平和な世界」を現実世界で具現化することを自らの「使命」であるとして、あらためて「中道主義の政治にまい進」することを鮮明化したのである。

これは公明党の決意であると同時に、一体不可分の関係にある創価学会の決意でもあった。

もっとも現実を見れば、自公連立政権下にあって公明党は、ここに書かれているような池田氏が示した政治的理念やビジョンとは、大きく乖離・矛盾する政治行動を続け、自民党に追随する「下駄の雪」と化して自民党政治を補完・扶翼し続けた。

その最大の要因は、皮肉にもこうした理念やビジョンを提唱した池田氏と創価学会を、政治やマスコミ、さらには世間の批判や攻撃から守るためであった。

具体的には自らが引き起こした言論出版妨害事件(1970年?71年)や、さまざまな違法行為や不法行為が問題となり、宗教法人としての適格性が問われた宗教法人法改正(1995年)を巡る国会の攻防の渦中で取り沙汰された池田証人喚問の阻止や、矢野絢也元公明党委員長が著書『乱脈経理』(講談社)で暴露した国税庁の創価学会に対する税務調査の妨害などが示す通り、政権や政治的影響力を盾にして創価学会や池田氏を防衛する政治戦略にほかならなかった。

だがそうした自家撞着に満ちた政治姿勢は、有権者はもとより学会員の不信と反発をも招くこととなり、創価学会が自らの勢力を計る「広宣流布のバロメーター」と位置づける国政選挙での公明党比例区票は、2005年の小泉郵政選挙での898万票をピークに下落の一途をたどり、昨年7月の参院選では521万票にまで落ち込んでいる。
 
この521万という数字は、公明党結党(1964年)翌年の参院選全国区での得票数510万とほとんど変わらない。しかも当時は自公の選挙協力はなかったのだから、公明党・創価学会の勢力は、いまや60年前を下回る状況にまで落ち込んでいるといえよう。急速に勢力を後退させている公明党・創価学会にとって、勢力回復は喫緊の最重要課題だったはずだ。

しかし、たとえば「清潔」を標榜していながら、「政治とカネ」の問題で厳しい批判を浴びる自民党と袂を分かつことも、創価学会を守るとの呪縛に囚われてままならず、せいぜいが「同じ穴のムジナではない」と言い訳する程度しかできずに共倒れ。起死回生の妙案はなかったというのが、この時期の公明党そして創価学会であった。

ところが池田氏の死によって、その呪縛が解かれたのである。公明党・創価学会が、自公連立政権から離脱するとともに、政治的原点である「中道」を旗印に、新党の結成にまで踏み切ることを可能にした「肝」はここにある。

◆「中道」が意味する創価学会の〝覚悟〞

さらに公明党ならびに創価学会をして、一連の政治決断に踏み切らせる契機となったのは、本誌2025年12月号で詳述したように、右翼タカ派で軍拡路線の高市早苗首相の登場だった。

いまや穏健保守と位置づけられ、毎年正月に地元の創価学会施設に挨拶に出向く石破茂首相率いる石破政権が続いていれば、おそらく公明党・創価学会は、石破首相の下で「中道主義の政治の実現」を目指すと言いながらも微温的態度で自公連立政権の継続を図ったはずだ。

だが、高市首相のパーソナリティに加え、大の創価学会嫌いを自認する麻生太郎氏を後見役とし、石井啓一元公明党代表に「自公の信頼関係は地に堕ちた」と言わしめた元凶で、「裏金」と「統一教会」に彩られた萩生田光一氏を幹事長代行に起用したことで、連立の道は閉ざされたのである。

連立離脱は創価学会が主導したと伝えられるが、これ以降、公明党は石破前首相をはじめとする自民党の穏健派や立憲民主・国民民主にも中道勢力への参加を呼びかけたことがわかっている。高市首相の登場というエポックを受けて、公明党そして創価学会は、高市政権の対抗軸たらんと組織の存亡を賭けて政界再編に乗り出したのである。

そうした公明党・創価学会の覚悟は、実は、新党の名称に「中道」を用いたことからも窺うことができる。

この「中道」の意味について一般には、左右の政治的対立の中間というように理解されているが、創価学会・公明党にとって「中道」は単なる政治用語ではない。それは「永遠の師匠」(創価学会会憲)である絶対的宗教指導者の池田氏の政治的遺言ともいえる極めて重要な言葉なのである。

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ネタニヤフがハマスと裏取引「カタール疑惑」とは何か イスラエルがイランに戦争を仕掛けた理由

西谷文和(紙の爆弾2026年4月号掲載)

2026年1月、私はイスラエルに入国し、まず最大都市テルアビブに向かった。17日(土)の午後7時、下町の中心に「ハビーマ・シアター」という劇場があって毎土曜日の日没後、この劇場前の広場が「反ネタニヤフ大集会」の会場になる。

この国では金曜の日没から土曜の日没まではシャバット(安息日)で街は静まりかえる。そして夕暮れとともに人々が弾ける。街にネオンがともり、どこからともなく通行人が現れ、大通りは路線バスや自家用車で渋滞する。堰を切ったように「休む」が「動く」に変化するのだ。

広場の正面には「WELCOME BACK HOME」(おかえりなさい)の電光掲示板。ハマスに囚われた人質がユダヤ社会に帰還できたことを祝うメッセージである。

集会参加者が続々と広場に集まってくる。湾岸諸国の一つ、カタールの民族衣装を着た女性がドルの札束を持ってハンドマイクで叫んでいる。

「ネタニヤフはこの金でカタールと一緒にハマスを養っていたのよ!」

女性の隣に「ネタニヤフおじさん」がいる。ウソをつきすぎて鼻が伸びたネタニヤフ、右手に破れかけたイスラエル国旗、左手にはガザの虐殺を象徴する血塗られた赤ちゃんの人形、そしてパンツはカタール国旗だ。

日本でも昨年に公開された映画「ネタニヤフ調書」はイスラエルでは上映禁止。しかし人々は密かにSNSのテレグラムでこの映画を見て、さらにネット経由で「カタール疑惑」に気がつき始めている。

ではカタール疑惑とは何か?

結論から言うと「ネタニヤフ政権はカタールを経由してハマスに資金を送り、テロリストを育ててきた」というとんでもない疑惑である。

歴史的な背景を振り返ってみよう。

1993年9月、ノルウェーの仲介で「オスロ合意」が締結される。アメリカのビル・クリントン大統領を中央に、握手するイスラエルのラビン首相とPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長の姿を思い出す人も多いかと思われる。

合意内容は①PLOはイスラエルを国家として承認し、イスラエルはPLOをパレスチナ自治政府の代表と認める②イスラエルは占領地から撤退し、5年の間に和平に関する詳細を決める、というもの。これは世界中の人々を大いに喜ばせ、ラビン首相とアラファト議長は翌年のノーベル平和賞に輝いた。

しかし現実は厳しかった。イスラエルとパレスチナ双方に「和平反対勢力」がいた。その代表格がネタニヤフとハマスだった。

「イスラエル全土はすべてユダヤ人のものだ。アラブ人に領土を渡してはならない」。

エルサレムのシオン広場でネタニヤフがこう演説した直後の1995年11月、ユダヤの過激派青年によってラビン首相が暗殺される。

一方、パレスチナ側も自治が進まず、相変わらずイスラエル占領軍に民間人が殺害されていく中、怒った民衆が石投げ、つまり第一次インティファーダという抵抗運動が始まり、広がっていく。

やがてガザでハマスが台頭。「西岸のファタハ=アラファトは生ぬるい、自爆テロで対抗せよ」。この頃からハマスの自爆テロでユダヤ人が殺されていくようになる。

ネタニヤフへの抗議に集まったイスラエルの人々

◆「ハマスと裏取引」その目的

イスラエルでは「左派の労働党(ラビンとその後継者)ではダメ、ここは強硬右派のリクード党に治安を任せよう」という機運が広がって、1996年5月にネタニヤフが首相に就任する。

この時、ネタニヤフは何を考えていたのか?

地図を見てわかるようにパレスチナの土地は分割されている。

ヨルダン川西岸はPLOの主勢力、アラファトのファタハが抑えている。ガザでは台頭するハマスとファタハが主導権を争っている。このままガザもファタハが主導権を握ればパレスチナは団結を維持し、イスラエルにとって手強い相手になる。

ここはハマスに資金を投入し、ハマスを育ててパレスチナを分断すればイスラエルにとって好都合だ……。極右リクード党は典型的な分断統治を行なっていたのだ。
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自民と旧公明「改憲勢力」大幅伸長 仕組まれた高市自民圧勝

植草一秀(紙の爆弾2026年4月号掲載)

◆究極の「自己都合解散」

2025年2月8日投開票の衆院選で自民党が大勝し、2月18日に第2次高市内閣が発足しました。この選挙について、さまざまな見解が語られています。

まず総選挙そのものについて述べておくと、一般に衆院解散は首相の専権事項とされていますが、そのような規定は日本国憲法にはありません。憲法上で、衆院解散について書かれた7条と69条のうち、まず69条は、
〈内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。〉

つまり内閣不信任案が可決された場合に、内閣は衆院解散の選択肢を持つと解釈できます。もう一つの7条は天皇の国事行為を十項目で規定したもので、その一つに衆院の解散があります。

しかしこれは、69条により解散する時に、天皇が国事行為としてその手続きを行なうことを指しているにすぎず、憲法は基本的に「69条解散」しか想定していないと考えるべきです。ところが、天皇の国事行為が「内閣の助言と承認」によって行なわれると規定(第3条)していることから、内閣が天皇の国事行為を助言、承認し、都合の良いタイミングで衆院を解散できるとのいわゆる「7条解散」が、吉田茂内閣(1948年)以降、踏襲されてきました。

ここから明らかなように、首相に衆議解散の「専権」があるというのは一種の俗説であり、権力の濫用にほかなりません。

特に第一次高市内閣は発足してまだ3カ月にすぎず、しかも予算審議を行なわず、気候条件においても投開票日がまさにそうであったように、北海道・東北ほか日本海側の各地で大雪が降り続いて選挙費用が800億円とかさんだだけでなく、国民の参政権(なかでも高齢者の参政権)が侵害されかねない状況でした。

その意味でも「自己都合解散」であり、加えて背景に通常国会で統一教会との関係に始まる多種多様な疑惑に加え、昨年11月7日の「台湾有事発言」以降の経済的損害の責任を追及されることが想定されていたことから「疑惑隠し解散」ともいわれています。

これほど正当性のない衆院解散はなかったという根本的な問題は、いまだ残っています。

◆高市体制誕生をめぐるフェイク

そもそも、昨年10月に高市内閣が生まれた経緯を振り返ると、最大の背景は「政治とカネ」問題です。この問題を受けて2024年の総選挙で自民党が惨敗。翌2025年7月の参院選も、石破茂内閣がその対応を避けたために大敗し、自民党内で石破退陣の動きが強まったことで、9月に総裁選が行なわれました。

総裁選に際して、自民党は「解党的出直し」を掲げました。解党的出直しとは、特に政治とカネ問題について抜本的な取り組みを行なうことを指していたはずですが、高市新総裁が、公明党が提案した最低限の企業・団体献金規制強化すら拒絶した結果、同党が連立政権から離脱します。

こうして、日本維新の会を取り込みつつ政治とカネ問題を放り投げ、議員定数削減にすり替えて発足したのが第一次高市内閣です。私が本誌2025年12月号で「自維金権腐敗政権」と指摘したとおり、この経緯を見れば、メディアが高市新内閣に対し、まず政治とカネ問題を全面的に追及すべき局面であったことは、誰が見ても明らかです。

ところが、なぜかメディアは一切触れず、むしろ礼賛に徹したために高支持率が生まれました。この状況を利用し、高市首相が解散・総選挙を決定したことを踏まえれば、高市自民が大勝する懸念はこの時点ですでにあったといえます。

現行の選挙制度の下では、小選挙区の勝敗が選挙結果を左右します。それゆえ立憲民主党が、離脱した公明を味方につければ小選挙区で勝算が生まれると考え、中道改革連合を結成したのは、戦術としてはあり得たと思います。

ただし、そこには複数の問題がありました。まず、立公合流に際しての綱領と基本政策において、従来の立民の主張がほとんど封じられ、公明主導の内容になった点です。

また、ここ数年間、若年層の票を取り込むことが選挙の要諦となってきたことを考えれば、「中道改革連合」という党名がふさわしいとは思えません。同じ理由で、各党が女性や若い党首を前面に押し立てる中、野田佳彦・斉藤鉄夫両党共同代表はじめ「5G(爺)」というオールドフェイスを並べたのは若者・女性票を捨てる行為に映ります。

これら戦術上のミスがあったとはいえ、高市自民に有利な情報空間が創作されたことが、結果を左右したといえるでしょう。

前述のように政権発足時点で一丁目一番地の「政治とカネ」をメディアが追及していれば、そもそも高市内閣の高支持率スタートがなかったかもしれません。選挙中も高市新体制を持ち上げる報道が続き、中道に対しては発足した瞬間から全面否定するような報道が展開されました。

実は、類似した状況が、2001年の小泉純一郎政権、2012年の第二次安倍晋三政権でも発生しています。2001年から03年にかけて、日本経済は金融恐慌に突入するかの事態にあり、小泉政権はいつ崩壊してもおかしくない状況でした。その間の02年に人々の関心を逸らす形で北朝鮮から拉致被害者が帰国していますが、小泉政権が終了する2006年までの日本の情報空間は小泉支援一色でした。

第二次安倍政権においても、2013年7月の参院選ではメディアが「自民党が再び勝てば衆参ねじれが解消される」と強調し、安倍全面支援の方向性を打ち出しました。それを振り返ると今回の選挙における情報空間には非常に強い既視感を覚えます。

なにより、小泉・安倍・高市の三者に共通するのが、いずれも米国にとって都合の良い首相だということです。それゆえに、日本のメディアが誰に支配されているのかに着目すべきでしょう。

中道=シン・公明党という本質

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「因果応報」 鹿砦社弾圧の張本人=アルゼ(現ユニバーサルエンタテインメント)創業者・岡田和生の悲惨なその後がYouTubeで公開されていた!

鹿砦社代表 松岡利康

20年余り前の2005年7月12日、月刊『紙の爆弾』を創刊して3カ月ほど経った日の早朝、神戸地検特別刑事部の一群が、兵庫県西宮市甲子園球場のすぐ傍にある私の自宅を襲いました。何度もこの欄で記述しているので、みなさんご存知のことと思います。私たちが言う「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件です。

首謀者は、パチンコ業界の雄・岡田和生(アルゼ[現ユニバーサルエンタテインメント]創業者)、神戸地検特別刑事部長・大坪弘道、同主任検事・宮本健志らです。

この事件によって鹿砦社は一時壊滅的打撃を被りましたが、出版業界で奇跡の復活といわれるように再起し現在に至っています。

この後、首謀者らの人生は大きく狂います。「鹿砦社の祟り、松岡の呪い」といわれる所以です。

大坪は、東京地検特捜部長に栄転し、しかし厚労省郵便不正事件で証拠隠滅に手を染め逮捕、有罪判決を受け失脚します。宮本は、徳島地検次席検事に栄転し、ある日の深夜、泥酔し暴れ、市民の車を傷つけ検挙、平検事に降格の懲戒処分を受けます。本来なら逮捕・有罪案件のところ必死に和解工作に努め和解が成立、なんとか首の皮一枚、生き残ります。しかし、実弟がストーカー殺人事件を犯し実刑20年の判決を受けています。文春オンラインなどで報じられていますが、実兄との関係は伏せられています。今、宮本健志は関西のある地でひっそりと公証人をやっています。宮本健志にとっては、泥酔事件よりも遙かにショックな事件でしょう。

そうして岡田和生です。彼はその後、フィリピンでのカジノホテル建設に精を出し、東京の本社を子飼いの社員らに任せ、先方に居ついて活動し、時折政府高官に賄賂を贈った記事が報じられていました。その間に、子飼いの社員や息子、娘、後妻らによるクーデターが進捗し、岡田和生は追放されます。

こうしたことを詳しく報じるYouTubeチャンネルを発見しました。ほぼ正確だと思われます。

ぜひともご覧いただきたいと思います。「因果応報」、人を嵌めた者は、みずからも嵌められるということです。

【衝撃】息子に全てを奪われた…長者番付1位から無一文への転落|パチンコ王狂気の人生|岡田和生―