社会主義体制が敷かれていた約30年前のミャンマー(ビルマ)では、アメリカやヨーロッパの映画を観る機会があまりなかった。ミャンマー人の夫が育ったミャンマー第四の都市、ラカイン州シットウエーでは、町に1つしかない海外映画が観られる映画館で、「インディ・ジョーンズ」や「007」などの上映が決まると、そこに住民が大勢やってきた。映画館入口で、われ先に入場すべしと、押し合いへし合いの大喧嘩をする。
あまりに住民がもめるので、映画館に警察官が出てくる。チケット売り場で整列しない住民を、警察官が自分のズボンのベルトを腰から抜いて、鞭代わりにして叩く。映画を観たい人々は、叩かれても、必死で映画館に入ろうとする。
テレビが普及しておらず、また世界中の情報から隔絶した社会主義国のなかで、国民はわずかな娯楽を得ようとしていたのだ。

それから30年後の2012年、ヤンゴンの映画館では、住民が喧嘩をする必要もなく、映画を観ることができる。映画館入口は、ヤンゴンではめずらしい西洋風カフェになっていて、外国人がのんびりとコーヒーを飲む姿があった。
またヤンゴンの夫の実家では、DVDプレーヤーでアメリカの映画やドラマを見ることができる。義妹の長男(5歳)と長女(2歳)は、アメリカの実写版「パワーレンジャー」の大ファンだ。
パワーレンジャーとは、若い男女5人が赤、青、黄、ピンク、緑の5色のヒーロー・ヒロインに変身して、ワルと戦う戦隊ドラマだ。もともと日本で放映されていたドラマだが、アメリカ人が日本人アドバイザーを雇い、英語版を作った。
おそらくインターネットにアップされていた動画をDVDにして、ミャンマーで販売しているのだろう。ひどく画面が荒い。だが、甥も姪も一向に気にしない。ヒーローになりきって、英語のセリフを真似しながら、飛び蹴りや変身ポーズを何度も繰り返す。
ところが、彼らの娯楽の時間は、長く続かない。
「いいかげん、バカみたいなテレビを見るのを止めなさい!」
こうした娯楽作品とほぼ無縁の社会主義体制下で育った義妹が、甥と姪を怒鳴りつける。義妹は自分になじみのないドラマや、ラジオで流れるラップなどの最新カルチャーを、「理解できない」と全否定する。甥と姪はしかたなくDVDを消し、小さく飛び蹴りなどをして遊ぶ。

ミャンマーでは、数十年前に比べると娯楽が増えた。特にヤンゴンでは、スーパーなどで物が溢れ、人々の生活が物質的に不足ないように見える。しかし実際は、ミャンマーの富裕層のほとんどがヤンゴンに集中して住んでいて、彼らや、生活に少し余裕のある人々がスーパーを利用しているだけだ。私は『民主化』後に、生活が豊かになったミャンマー人の話を聞いたことがない。
その一例として、つい最近、義父の元・同僚が餓死した。ミャンマー政府の役人だった義父と元・同僚は、同じように給与をもらい、退職後はわずかな年金も得ていた。なのになぜ、彼だけ餓死したのか。
その人は、賄賂を全く受け取らない洗練潔白な人物だった。だから、生活が全然豊かにならなかった。
「当時の役人の給与だけで、家族を養えるわけがない」
義父はこう言う。事実、義父は役人だけが特権として得られるさまざまなものを、私の夫や義妹に与え、家族を養っていた。
不運なことに、彼の子どもは、父の面倒を見なかった。ついに蓄えが尽きた彼は、一日の食事が、白米一杯と砂糖一つまみ分だけになった。そして餓死したという知らせが、義父のもとに届いた。
「普通に正しいことを貫くと、人生は貧乏なままだ。他人の金をズルして自分のものにした人間だけが、豊かに生きられる」
いまだに、自国民にこう表現されるミャンマー。ここで真の民主化を最も待ちわびているのは、洗練潔白でいたくても、生活のために賄賂を受け取って生きる、一般的なミャンマー人かもしれない。
(続く)

(深山沙衣子)

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